10『祝宴の夜』
レイドの靴音が、焦げた鉄の床に響いた。
黒煙がまだ薄く立ちこめる工場の中、焼け落ちた瓦礫の隙間から、外のランプの光が赤く差し込んでいる。
「シュカ!お前、この中どうした!?」
焦りの色を浮かべたレイドが、崩れた鉄材を軽々と飛び越え、駆け寄る。
彼の視線は、あたり一面の惨状へと移った。
溶けた銃身、焦げた床、倒れ伏す男たち。
そして――その中央に座り込む、煤と灰にまみれたシュカの姿。
「……シュカ!誰にやられた?」
レイドはそう言いながら、シュカの肩を掴んだ。
だが返ってきたのは――小さな首振りだった。
「ち、違うんだ……!襲われたのは僕じゃない……!」
「……じゃあ、この惨状は……?」
レイドが眉を寄せる。
彼の眼光が自然と辺りの焦げ跡へと走った。
どこを見ても爆破の痕跡ばかりだ。外部からの侵入じゃない。
――内側から燃え広がったのだ。
「……僕のせい、かも……しれない」
シュカの声は震えていた。
けれどその瞳の奥には、確かな覚悟があった。
「僕……子供たちを助けようとして……それで、気づいたら……炎が出てて……!」
「炎?」
レイドの表情が固まる。
「おい待て、それって……まさか“特殊能力”が……?」
シュカは小さく震えながら、焦げ跡に目を落とした。
「怖かった。でも、守りたかったんだ。子供たちが……泣いてたから……」
その言葉に、レイドはしばし沈黙した。
彼の瞳が、いつもの軽口の色を失っていた。
やがて――ふっと息を吐き、頭をぐしゃぐしゃと掻く。
「はぁ〜……マジかよ。初覚醒でここまでやる奴、そうそういねぇぞ」
「え……怒ってないの?」
「怒るかよ。むしろ褒めてやるよ。流石はこの俺の相棒だぜ!よくやったな」
その瞬間、シュカの表情が驚きに変わった。
しかし、次の瞬間――
「……でも、」
レイドの指がシュカの額を軽く弾いた。
パチン、と乾いた音。
「いたぁっ!」
「無茶すんなっての。相手は犯罪組織だぞ?お前が死んでたらどうすんだ。俺が泣くぞ?」
「……泣くの?」
「泣くに決まってんだろ。仲間が死ぬのは、もうこりごりだ」
レイドの声が一瞬だけ、低く、重く響いた。
その背に宿る影を、シュカは感じ取ったが、言葉にはしなかった。
少しの沈黙のあと、レイドは笑って肩を叩いた。
「とにかく――無事でよかった。シュカが助けた子たちは外にいる。泣きながら『カッコイイお兄ちゃんが守ってくれた』って騒いでたぞ」
「そ、そんな……僕はただ……」
「“ただ”守った。それで十分だ。な?」
そう言って、レイドは歩き出す。
扉の外では、子供たちがこちらを見ていた。
煙の中を抜けながら、レイドはふと呟く。
「……それにしても、炎の特殊能力か。やべぇ名前つけられそうだな。アステリアの“炎童子”とか呼ばれるぞ?」
「や、やめてよ……!」
「じゃあ“紅焔坊”は?」
「もっとダサい!」
二人の笑い声が、黒煙の向こうに消えていく。
焼け落ちた工場の中で、まだ橙の残光がゆらゆらと揺れていた。
それはまるで――新しい力の誕生を祝う、祝火のように。
✻✻✻
アステリア旅団に戻ってからは、更に騒がしかった。
レイドが、既に拘束済みだった男たちをまとめて転移させ、アステリア旅団本拠地にてルーガンに一件の報告を済ませた後、すぐにシュカの初仕事と、特殊能力の覚醒を祝した宴が行われることになった。
呑めや騒げやの勢いで、次々と運ばれてくるご馳走とお酒に、シュカは瞳をきらきらと輝かせた。
エデンでは厳しく規制されていたお酒だが、ゲヘナでは厳しい制限がなく、シュカはルーガンに勧められて、一口だけジョッキに口をつける。
『アステリアにカンパーイ!!』
一口飲んでみたシュカは、ルーガンがチョイスしたお酒が好みにハマったのか、止まらず浴びるようにジョッキを空にし続けた。
ルーガンもなかなかの酒豪で、二人は周りに囃し立てられながら、清々しいほどの呑みっぷりを披露していた。
「シュカ、お前……なかなかやるなァ!」
「え〜?へへ、ルーガンさんもですよ〜」
二人が楽しそうに呑み続けること五時間。
その時には、ほとんどが酔い潰れて各自の部屋に戻り眠っていた。
レイドに関しては、シュカが呑むなら、と初めてお酒を口にしたのだが、シュカとは違い下戸だったようで、一口でダウンしていた。
ダウンした自分を抱えて、部屋へと運ぼうとしていたシェリンの服に、お酒が口からこんにちはしたレイドは、明日の朝日が拝めるのだろうか。
空になったジョッキをテーブルに置いたルーガンは、シュカへ問いかける。
「なぁシュカ。力を使った感想はどうだ?」
ルーガンの問いに、シュカは少し考えるようにグラスの中を覗き込み、琥珀色の酒に映る自分の顔を見た。
ほんのりと赤い頬、少しの照れ、そしてどこかに混じる不安。
「……怖かった、です。けど、それよりも――助けたいって思ったんです。あの子たちが、泣いてて……」
「なるほどな。シュカらしいな」
ルーガンは穏やかに笑い、ジョッキを傾けた。
氷がカランと音を立て、少しの間、沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは、シュカのほうだった。
「ルーガンさん。あのとき……黒いローブの人がいたんです」
「……黒いローブ?」
「僕が倒れかけた時に、急に現れて。あの人が敵を……拘束してくれたんです。何か、すごい力で……。でも、なぜか――怖いとかじゃなくて。懐かしい、って思ったんです」
その言葉に、ルーガンの目が一瞬だけ細くなる。
笑みの形を保ったまま、しかしその瞳だけが鋭く光った。
「……ほぉ、あいつが姿を見せたのか。白髪に、赤い瞳の?」
「え?知ってるんですか?……あ、確かあの人も、ルーガンさんのことを」
「いや、なんでもねぇよ」
ルーガンはわざと軽く笑って、グラスを置いた。
だがその指先は、わずかに震えていた。
「……あいつは、簡単に他人の前に姿を現すタイプじゃねぇ。シュカ、お前……どうやら面白ぇもんを引き寄せる体質みてぇだな」
「面白いって……怖い意味ですか、それ?」
「いや、褒め言葉だ。安心しろ。――あいつがお前の前に現れたってことは、お前が“そういう存在”になったってことだ」
「そういう存在……?」
「さぁな。だが、悪い話じゃねぇさ」
ルーガンは立ち上がり、肩を軽く叩いた。
その瞳の奥には、かすかな興味と、わずかな警戒が混じっていた。
「――ま、今日のところはもう寝ろ。今日は潰れたから問題ねぇが、レイドのやつ、シュカと相部屋で浮かれっぱなしだから、ちゃんと寝れるか分かんねーしな」
「はは……そうかもですね」
笑い合いながら、二人は宴の残り香が漂う廊下を歩き出す。
しかしシュカと別れて背を向けたルーガンの表情は、もう笑ってはいなかった。
ルーガンは、シュカを見つけたあの日のことを思い返すと同時に、あの日感じた、凄まじい魂の震えを思い返した。
そして、その震えに導かれるままに向かった先で、シュカと出会った。
「……はは、面白くなってきたな。俺だけじゃなく、『ゼーレ』まで呼び寄せたか」
その低いつぶやきは、酒場のざわめきにかき消された。
現実の世界の良い子達は、お酒は成人してから飲みましょうね!!!!わたしはカシオレが大好きです。炭酸飲めるようになりたいな~。




