悲報 リストラされて無敵な無職のおじさん 死ぬ前に英雄になろうとしてわからせられてしまう 1
足元に己の影が見える、春の明るい月夜の晩。三つ巴の人影が足早に歩いている。
小柄な身体に似合わない大きな制服とバッグを背負いずれる眼鏡の位置を直しながら地面に映る己の影だけを追う少女。見たところ入学したばかりの女子中学生。
その子供という言葉が似あう少女を挟むようにして歩く咥えたばこの二人の男。
少女の頭に進学のお祝いにと与えられたスマートホンの画面が浮かぶ。
『塾はどうだった?』
『お仕事で迎えにいけなくなっちゃった』
『お守りのお金でタクシー使って』
『お金よりもあんたのほうが大切なんだからね』
そして、人気のキャラクターとハートマークのユーモラスなスタンプ画像
女手一つで自分を育てるために保険の営業をしている母。寝床から見た保険について勉強している母の後ろ姿が思い出される。少女は徒歩で帰ることを選んだ。
夜道の恐怖から目を逸らすためにスマートホンの画面を見ながら歩いていた。街灯が点いていない通りを歩いていることに気が付いた。すでに背後に男たちが立っていた。気が付いたのは視界に現れた黒い影にスマートホンを奪われてからだった。
思い出した。学校で噂になっていた。破壊された街灯や防犯カメラが放置されている理由だ。クラスの男子達が教室で謎解きの能力をを競うように大声で喋っていた。
『知事が裏では犯罪者を利用しているからあえて修理させてないんじゃね? 俺、そういう映画観たことあるし』
『いや、単なるバカっしょ? この動画観ろよ、集団で踊って動画って…… いい大人がはしゃぎすぎだべ?』
『ちっげーよ、それ。会社が外国人を雇えば税金から金がもらえるんだってよ。で、知事の親の会社も外人を集めてるんだって。キレイごと言って税金として奪った金を仲間内でネコババしてんだよ。こいつら』
『へー あったまいいな、お前。でもなんで踊ってんだ? こいつら。いい大人が』
『う~ん…… 宗教、カルト、ドラッグ……?』
『あと、あれだよ、あれ。忠誠を試すってやつ。最近観た映画であったし。楽しいなら笑えって無理くり笑わせるやつ』
『ふ~ん。だったら知事とか大人とか言ってもシャバすぎだな』
『だな!』
うるさくて幼稚な男子達に懐かしさを感じる日が来ることなど想像もしていなかった。このまま追憶と想像の世界に逃げ込みたかった。
だが漂う臭いが現実逃避を許さない。背後の男が握りこんだ筒から白煙となった甘くてねばりつく香りが体臭と絡み合いながらも一つになることなくそれぞれがそれぞれの存在の主張をしていた。
もう一人の男は尻ポケットに入れた短銃の柄を握り取り出す場所と間を見計らっていた。二人はいずれも身長こそ大柄ではないが骨太で筋肉質だった。半袖シャツの袖口がその太い二の腕をぴたりと包んでいる。
「ダイジョブ。ボク、ニホンゴワカルヨ。ドライブタノシイヨ。クルマ、フェラーリ。ダイコクイコウヨ。トモダチイッパイ」
「ウチラトモダチ。イインチョウ、センセイ、チジ、ショキチョウ、ミンナトモダチ。オカネイッパイ。ケーサツモボクラノイイナリ」
男は少女に近づきから取り上げたスマートホンの画面を光らせながら振って見せる。少女はただうつむき歩を早める。だが駆け出すことはできない。膝がこわばり呼吸が荒いことは自覚していた。駈け出したら転ぶ。
そして、駆け出せば全てが始まってしまう。そう思っていた。違った。理不尽は突然やって来る。
肩を掴まれ、言われた。
「ムシカヨ? ビッチ。ヤリマン。サセコ。シヌマデオカス。カンタン。バレナイ。バレテモヘーキ。ツカマラナイ。オマエクセーシ、ブサイク。ダレモタスケニナンカコネーカラッ」
身がすくんだ。声をあげることなんてできない。ガチガチと歯が鳴る音が頭に響く。
「ラチル? ココデヤル? ミンナヨブ?」
もう一人の男が尋ねる。そして少女を見てニヤニヤと笑っている。あえて日本語で少女に聞かせ反応を楽しんでいた。
「お、お、お母さん、助けて」
少女の鳴き声が、懸命の命乞いが男たちの耳に入った。
「オカーサーン、ギャハハハ。ミンナソーイウ」
「デモミンナ、ケムリクダサイ、アレクダサイ。ニホンノオンナミンナキタナーイ」
少女の膝から力が抜けた。座り込む。アスファルトガ冷たい。意識が戻ってくる。
「ギャハハハ、モラシテルゼ。クルマノセルノヤダカラヤードニツレテコウ」
「キコエタダロ? ホラ。タテヨ。ジブンデアルケヨ」
男の一人が少女に腕を伸ばしたその瞬間だった。
「ちょっと待ったー」
第三の男の声が路地に響いた。男が息を切らして走ってくる。くたびれたスーツを着た中肉中背のこれといって特徴が見当たらない、混雑した駅構内でよく見かけるタイプの中年男だ。男は呼吸を整えるのもどかしそうに言った。
「いや…… マジ、ねるとんじゃ……ないんだから…… ほら…… 子供が はぁはぁ…… 倒されて…… はぁはぁ っと、えっと犯罪でしょ? 暴力…… だから…… 動けるでしょ? ほら、ポリスメン…… 来るから……」
中年男はスマートホンの画面を見せつけた。その画面には最寄りの警察署の名前とスピーカーホン状態であることを示すマークが映し出されていた。
スマートホンから声が響く。
「安岡さぁん、困りますよ。我々にはあなたの声しか聞こえてませんから」
「いや、だから現場に来てくださいって。今、私の目の前で子供が倒れてるんですからっ。外国人二人組がその子を倒したんですよ? ああ、っていうか話してるうちにあいつらどっか行っちゃいましたよ」
「それでしたらまずは119番へお願いします。仮にあなたのお話が本当だったとして、我々がうかがったとしてあなたとそのお子さんしかいないのでしたらあなたが真っ先に疑われますよ?」
「いや、なんでだよ。とにかく協力するんで逮捕とか職質とかしてくださいよ。この町じゃ外人が好き放題に犯罪してるってネットで見ましたよ」
「安岡さん。それは差別ですよ。これであなたの言こと聞いて我々が動いたら差別になっちゃうんですよ。わかってくださいよ。子供が倒れてるなら119番してください。あなたの言ってることが本当なら」
「本当だって。いい加減にしてくださいよ。そんなんだからあんたらストーカー殺人事件とかを防げなかったんじゃないですか? この子だってスマホ盗られてるんですよ? スマホだけならまだしもそこから個人情報抜かれたら何されるかわかんないでしょ?」
「何か起きてから連絡してください。それに安岡さんの話が事実だとしてあなたは何もせずにいたんですか?」
「だから動画送るって。証拠撮ってたんだって。暗くてわかりにくいけどっていうかこの会話もネットにあげてもいいんですよ?」
「どうぞ。でもお気を付けください。動画の証拠は証明できないし、妄想にとらわれた安岡さんが差別主義者として世界に知られるということになるかも知れませんよ?」
「そんな……」
「それは大げさだとは思いますがこれ以上、我々の業務の妨害をすることでほかに助けられるべき人が助けられなくなったらあなたの責任ですよ。いいんですか?」
「あっ、あっ、あの。おじさんはほんとのこと言ってます」
少女が立ち上がって安岡のスマートホンに向かって訴えた。
「プー プー プー」
安岡と少女の目線の間。信号音が立ち消えていった。




