まばたきでスクショができたらいいのに
「あのさ、ヤマ。……俺、デートがしたい」
柊生さんが『俺は別に……、お前が、どんな格好してても可愛いと思う』と恥じらいながら言った言葉に、第二の私がまだ脳内で大暴れしている最中に、目の前で柊生さんがポツリとそう口にしてきた。
「……でーとですか?」
「ああ」
おうむ返しで問い返す私に、柊生さんが上目遣いで「……ダメか?」と聞いてくる。
………………!
うっ…………!
もう、一瞬一瞬が尊すぎて、なんでまばたきでシャッターが切れないのかと人体の構造に不満さえ覚えるが、それは私の都合なので一旦無視して、デートをしたいと告げてくる柊生さんに慎重に答えた。
「……友達なのに、デートってしますか?」
「……するだろ、別に。友達でも」
うう〜〜〜ん……。
本当にそうなのだろうか?
ものすごくグレーな言い分だという気もするけれど。
でもそれで、頑なに拒んで『じゃあ他で、適当な女とデートする』とか言われても困るしなあ……。
「デートという名目がひっかかるなら、単に息抜きに付き合ってほしいって言えばいいのか?」
「それなら……、別にいいですけど……」
デート、と銘打たれると抵抗があるが、息抜きであれば友達でもありえる。
それでなくても仕事仕事で忙しい柊生さんのことだ。
息が詰まるから息抜きしたいという気持ちは誰よりもわかる。
でも――。
「いいですけど。でも、条件があります」
「……なんだ」
「絶対に、マスコミにバレない、健全で内密なやつにできるなら」
そう。
どんなに柊生さんが可愛かろうが尊かろうが。
私の信念が曲ることはない。
●春? フ●イデー? パパラッチ? ノーサンキュー!
私の最優先希望はあくまでも柊生さんの今後の展望が明るいことなのだ。
逆を言えば、それさえ守れるのならば、モチベーションを上げるお手伝いくらいはいくらでもします!
という上での回答です、はい。
「バレなければ、別に外でもいいんだな」
「え……、はい。バレなければ」
「わかった」
そう言うと柊生さんは、「遅い時間に長居して悪かったな」と言って立ち上がる。
「え、帰るんですか?」
「ああ」
私の言葉に短く答えた柊生さんは、かけていたコートを手に取って羽織り、帰り支度を始めた。
かと思うと、
「……ハグしていいか?」
と私に向かって聞いてくる。
その言葉に、一瞬逡巡した私だったが、結局は一度も二度も変わらないかと思って(本人も友達のハグだと言い張るし)、「……友達のハグなら」と言って、柊生さんに向かって両手を広げて見せた。
「……」
私の答えを受けて。
柊生さんは黙って私のそばまで歩いてきたかと思うと、そのまま何も言わずにぎゅっと私を抱きしめてきた。
――柊生さんのにおいがする。
そう思いながら、私は彼が満足するまでされるがままに抱きしめられていた。
「今度の土曜日だったら俺、多分大丈夫だと思う」
おそらく、その日ならオフになりそうだと言いたいのだろう。
「……無理そうだったら、諦めて仕事してくださいね」
私のために無理して休みを作らなくてもいいのだと釘を刺すと「バカか。何が何でもくるわ」と言って小さく笑った。
そうして、柊生さんは休日デートの約束を取り付けると、それで満足したのか、嬉しそうな様子で帰っていった。
◇
――さて。
いざ、デート当日の日となりまして。
改めてよく考えると私、これが人生初のデートになるな……?
あれ、服何着て行こう?
そういえば、柊生さんってどんな服装の女の子が好きなんだっけ?
とか。
昨晩、散々悩みに悩んだのだが、結局自分の好きな服装をしていくことにしました。
待ち合わせ時間は13時。
上野公園で待ち合わせと言われたので、指定通りの時間の指定通りの場所に、早めを心がけてえっちらおっちらと出向くと。
おお……、いるわ。
帽子とメガネとマスクで変装をしてはいるが、座っていても長身だってわかりますねモデルですか? という感じのイケてるお兄さんが。
さすがに、完全防備の変装をしているから、ちょっとやそっとじゃ誰かまではわからないけど。
でもなんか……、こうして見ると、この人ほんっとオーラあるな……!
なんでこの人が、よりにもよって私じゃないと嫌だ見たいな駄々をこねてるのかほんとに不思議だし……。
これがヒロイン補正ってやつなのかな?
しかし原作にも恋愛要素ないんだけどな、とかどうでもいいことを思いながら、木陰のベンチで待つ柊生さんにトコトコと近づいていった。
「お待たせしました」
「……おう」
柊生さんが短く答えると、目の前に立つ私をふい、と見上げた。
う……っ!
変装しててもかっこええってどういうことやあ……!! (絶叫)
あとメガネ。
メガネ可愛すぎるんだけどメガネ……!!
はあ!? なにこれ? 殺しに来てるわけ!?
人体が瞬きでシャッターを切れないことにまたしても悔しみを覚えながらも、今日はこの姿を心のフイルムに死ぬほど焼き付けようと思った。
それにしても。
クールビューティー顔の柊生さんが、メガネというワンクッションを入れることでくっそ可愛くなるという神設定、なぜ原作ゲームで導入してくれなかったのかなあ!? 運営さん!?
……いやっ!? もしかしてあったのに私が見逃してる!?
今日この日。
自分にメガネフェチといういまだ知らなかった性癖を持ち合わせていたことと、新しい扉を開けたことで脳内でメガネ最高祭りを始めていた私だったが。
それはそれとして、そんなことはまったく表には出さずに「じゃあ行きますか」としれっと柊生さんに声をかけた。
「……」
「どうしたんですか?」
柊生さんが、さっきの体勢のままじっと私を見上げていたかと思うと、ふいと俯いて両手で顔を覆いだしたので、何事かと思った私は柊生さんにそう尋ねる。
「いや……、可愛いなと思って……」
ヤマが、俺のためにおしゃれしてきてくれたんだなと思うと――と。
そう言って柊生さんが顔を赤らめるので。
いや!? いやいやいやあ!?
可愛いのはどっちですか……!!
って心の中で絶叫したよね!?
で、一方の私はというと。
「……ひとやすみしてから行きますか?」
って。
……すいませんね……。
かろうじて私が捻り出せた、柊生さんを気遣う言葉がこんなもんしか出てこなくて……。
そんな私の言葉に、柊生さんが「いや、いい」と短く答えると、そのまま「ん」とこちらに向かって手を差し出してきた。
「……友達の息抜きですよ」
「でも、はぐれたら困るだろ」
差し出された手に、私がじとっと指摘したら。
柊生さんが後押しするようにそう言ってきたので。
「それに今日は、俺の息抜きに付き合ってくれる約束だろ」
――本当は、頼まれても、断ろうと思っていたのだ。
●春も、フ●イデーも、パパラッチも怖いし。
でも、どことなく緊張しながら私にそう告げてくる柊生さんの顔が、あまりに普通の男の子の顔に見えて。
普通の、恋する男の子の顔で。
――それを、無碍にしてはいけないと思ったのだ。
そうして、私が差し出された柊生さんの手を取ると。
ほっとしたように柊生さんから、きゅっと手を握り返されたのだった。