言い逃れようもないほどに好きと言われました
――俺が言ったこと、覚えてんだろ?――と。
「俺の言ったこと、って言うのは……?」
柊生さんからの問いかけに対して、とりあえず軽くとぼけてみる。
いやね、本当はそんなのわざわざ柊生さんに聞き返さなくてもわかってるよ?
あの夜、柊生さんが私に向かって告白してきたことでしょうよ!
でも、一応、私の中ではお酒のせいで覚えてない設定にしているからね……!?
そうして、そらっとぼけて逃げることで柊生さんが諦めてくれないかと淡い期待を抱いた私だったのだが。
しかし今度は、柊生さんの方から先手を打って逃げ道を封じてきた。
「いいよ。覚えてないならもう一回言う。俺、ヤマのことが前から好きだった」
あの時、お前にそう伝えたんだ――と。
わ……………………!
うわああああああ!
こんなにはっきりと目の前で『好き』って言われちゃったら、もうこれで『聞いてませんでした』とか言って逃げられなくなっちゃったじゃない…………!
と、心の中で叫び散らしながら、同時に悶絶する。
ぐぬおおおおおおおおおお!
だって今! 目の前でイケメンが! しかも最推しが!
恥じらいながらも私のことを『好き』って言ってきたんだよ……!?
キュンとこないわけがないではないか!
ゲームのスチルにだってこんなキュンとくるシチュエーションなかったよ!
脳内の私が七転八倒しています!
ああ……。やばい……。
原作『UnitE!!!』の、柊生担のみなさま、本当にすみません……!
原作にもなかった『俺、お前のこと前から好きだった』をいただいてしまいました……!
あああ……!
「ヤマ?」
聞いてんのか? と。
一瞬、自分の世界に入り込み、脳内で五体投地して柊生さんファンに懺悔の念を飛ばしまくっていた私を、柊生さんが訝しげに呼び戻してくる。
「あ――、す、すいません」
いかんいかん。
いろいろと情報がオーバーロードして一瞬頭が飛びかけた。
前回と違って、お酒が入ってない分ダイレクトに響いてきたわ……。
正直、内心どきがムネムネしまくっているが、そんなことには気づかぬふりをして、私は柊生さんに向かって言葉を返す。
「あの、せっかくの柊生さんの気持ち、本当に嬉しいんですけど……、私にはその、荷が重いって言うか」
「……どういうことだ?」
「その、私みたいな地味な女と、柊生さんじゃ」
「別に、今は地味な格好してないだろ。それに別に俺、外見でヤマのことを好きになったわけじゃないし」
………………!?
うをををををををををを!?
と、とんでもない爆弾を仕掛けてくるなこの人……!?
この顔に『外見で好きになったんじゃないから』って言われて、ときめかない女がいるだろうか……!?
いやいないでしょ!?
やだー! 天国のお母さん! 尊すぎて私辛い!(涙)
ぐらりと誘惑に負けそうになる心を自ら鬼となって叱咤し『柊生さんの未来のため……、柊生さんの未来のため……』と心の中で何度も繰り返し、なんとか頑張って言葉を捻り出す。
「だって、柊生さんは言っても芸能人じゃないですか。柊生さんだったら、芸能人でもそうでなくても、もっと素敵な女の人と――、なんならもっと柊生さんの価値を高めてくれる女性と一緒になれるし」
「俺はな、ヤマ」
そう言って、柊生さんが。
私が必死に言い訳を言い募っているのを遮って、ぐっとこちらに向かって前のめりになり、私の手を握りながら、真摯な表情で訴えてくる。
「お前が、インターンでうちの会社に入った時から、ずっとお前の働きぶりを見て来た。お前が、『ユナイト!』のメンバー全員にちゃんと仕事が行くようにスケジュールを必死に調整したり、向こうの制作スタッフと交渉したり、一生懸命やりとりして来てるのを、俺はずっと見て来てんだよ。芸能界でこれだけやってきて、いろんな奴らを見て来た俺が、それでもヤマはすごい、ヤマがいいって思って言ってんだ」
そんな俺の言うことを、信じられないのかよ――と。
柊生さんが、私の目を覗き込んで真っ直ぐにそう言った。
――正直、ちょっと、いやかなり。
……グッと来た。
実際、柊生さんの言う通り。マネージャー業を回していくのは本当に大変だった。
なあなあでやればそれなりに回していくこともできたと思う。
でも、そうできなかったのは私の性格だ。
それはわかっている。
どれだけ休みがなくても。
仕事が終わらなすぎて深夜0時越えして泣きそうになっても。
それは自分で決めてやったことなのだからと自分に言い聞かせて、ぐっとこらえてずっと頑張って来た。
でも。
こうして、自分の仕事ぶりを見てくれた人が周りにいて。
ちゃんと自分を評価してくれる人がいると言うことは、本当に嬉しいことなのだと。
まざまざと感じられたのだ。
「柊生さん……」
「な? だから、俺と付き合おう?」
俺も、お前の近くでヤマの頑張りを見られればモチベーションを上げられるし、世間体を人一倍気にするお前とだったらスキャンダルにもならないじゃないか――と。
う……!
ううううう……!!
「でもやっぱそれはダメですう……!」
「なんでだよ!?」
ううっ、と半泣きになりながらそれでも拒否しようとする私に、柊生さんが「嘘だろ!?」と言わんばかりに声を荒げてくる。
「なんでって……。やっぱり私、柊生さんにもっと売れてほしいし」
前にも言った通り、柊生さんはいま恋愛にうつつを抜かしてスキャンダルの種を産むべきではないのだ。
推しだからこそ、好きだからこそ、心を鬼にして売れてほしい。
どうしてもそう言う思いが抜けない自分も、なかなかに頑固だと思うけど――。
「わかった」
と。
そんな私に、ようやく柊生さんが腹を据えたようにこちらに向かって答えてくる。
ああそうか、ようやくわかってくれたのか――、とほっとしたのもつかの間。
「じゃあ俺、ヤマが付き合ってくれないなら、傷心を癒すためにどこか適当なところで適当な相手を探すしかないな」
…………………………。
……は?
「な……、なんでそうなるんですか!?」
「だってそうだろ? 失恋だぞ? 辛すぎて仕事にならないだろ」
しかも初めての失恋なのに。
どこかで傷心を癒してくれる相手を探さないと、毎日が辛くて、仕事も耐えられないだろ――、と。
柊生さんが言葉を重ねてくる。
は、初めての――?
「じゃあな、ヤマ。時間取らせて悪かったな」
「ま……、待ってください……!」
そうやって私は思わず、寂しげな笑顔で立ちあがろうとする柊生さんの裾を掴んで引き止める。
「なんだよ」
「……て、適当な相手って……。ちゃんと、柊生さんのスキャンダルにならないような、ちゃんとした相手にしてくれるんですよね……?」
正直――、柊生さんが本当に好きな相手で、ファンに打撃を与えない程度に恋愛をするなら、私はそれはそれでいいと思っている。
でも――、いるのだ。世の中には。
アイドルと付き合えたことに浮かれて、妙な匂わせやマウントで、相手を落とすサゲ女が。
できれば――、柊生さんのタレントとしての格を落とす相手とは付き合ってほしくない。
しかし、今の私にそんなことまで言う権利もなく、喉元まで出掛かった言葉をぐっと押し込める。
「……俺とは付き合ってくれないヤマには、関係のないことだろ」
……そう、そうだ。
そう言われてしまっては、二の句も告げない。
でも……。
そうやって、私が柊生さんを引き止めながら迷いを見せていると、私に裾を掴まれていた柊生さんが再びこちらに向き直って、「……はあ」と小さく息を吐いてからこう言葉を続けてきた。
「じゃあ、付き合わなくてもいい。俺のモチベーションを保つために、友達として、普段こうやって会うことは許してくれるか?」
「え…………?」
柊生さんの言葉に、思わず俯いていた顔を上げる。
「お前の理想のタレントでいるように頑張る。でも、お前がいなくなった穴を埋めるためには、お前が近くにいてくれるのが一番いいんだよ」
そうしたら、適当な女と付き合うことなんかもやめて、真面目に仕事に向き合うから――と。
そう言われてしまっては、私としては否と言える答えなど持ち合わせていなかった。
だって、タレントとしての努力はし続けてくれて、変な女と付き合って自分をさげるようなこともやめてくれて、私に『付き合ってほしい』というのもやめてくれると言うのだ。
お友達――。
それがどれくらいの付き合いのことを指すのか、不明瞭なのは少し不安だったが、『付き合わなくてもいい』と明言したのであれば、あくまでも健全なお友達関係という認識でいていいだろう。
ならば――。
「……わかりました。と……友達でいいなら」
「…………本当だな」
私の言葉に、柊生さんが歓声を上げる。
「はい。だからあの、友達としての時間だったら作りますから、お願いですから変な女の人とは付き合わないでください……!」
それは、柊生さんの輝かしい未来のためであり、ひいては『ユナイト!』というアイドルユニットの将来のための、私のエゴとも言える切望だった。
「わかった。……友達としてだったら、俺、お前の近くに居てもいいってことだよな?」
「え……? あぁ、はい」
柊生さんに問い返されて、一瞬混乱した私は、それでもこれ以上柊生さんにへそを曲げられるのを恐れて「はい」と返事をする。
「やった……! ヤマ……! 俺、超嬉しい……!」
そうして、私の答えを聞いた柊生さんが、私に向かって心から嬉しそうにぎゅっと抱きしめて来た。
「ちょ……、柊生さん! 友達! 友達ですよ!」
「うん。だからこれ、友達のハグだろ」
そう言って、あくまでも友人としてのハグだ、という主張を貫き通そうとする柊生さんなのだったが。
まあ、友達でもハグはする……か……?
と思いながら、とりあえず私は一旦それを黙って受け入れた。
こうして、柊生さんの奸計にまんまと嵌められてしまった私は。
抱かれたい男ナンバーワンアイドル滝本柊生との、清く正しいお友達からのお付き合いが始まったのだった。