グリアシエ・イナイライ
その日の午後。
「生命と再生の神ルミエリシの恵みをますます感じる新年を前に、アラザール公の御威光、いよいよもって燦然たるものと拝察いたします。
このたび、我が主、コクリコ・イナイライ姫男爵は先代より男爵位を継承いたしました。隣国たるアラザール公国へ、幾久しく親しき交流を乞う次第にございます」
護衛騎士8名を連れて、使者として来訪したグリアシエ・イナイライは姫男爵の実兄である。
実力第一主義のアルフォナム王国では、王位や爵位の継承順位は男子優先でも、長子優先でもなく、兄が妹に仕えるのも取り立てて珍しいことではない。
アラザール側の出席者は、カーマイン公女、デルフト宰相とその側近数名、ジェイド騎士団長とその参謀数名である。
グリアシエの口上が続く。
「このたび、我が主の命により、一幅の絵画を持参いたしました。この絵には、春の訪れとともに天地の理に従い生長するものの姿を描き、両国の未来永らくの隆盛と友誼を祈念したものにございます」
反対側の壁に封邪の鏡と向かい合うように掛けられた額装の絵画から覆いの布が外され、春をつかさどるルミエリシ神の姿が披露される。
「貴国と王国の結びつきが、春のごとく温かく、そして果てしなく続くことを祈念させていただき、これ以上の慶びはございません」
「男爵兄殿下、わざわざのご来訪と丁寧なご口上痛み入ります。コクリコ・イナイライ姫男爵殿下にはご健勝のことと存じます。平和的な国境を共有する間柄として、今後とも御男爵領と公国との末永い友誼を望みます」
一通りの挨拶を済ませたのち、使節団を労って午餐会が執り行われた。友好国同士で外交課題も特になく、この訪問も形式だけのものとなるはずであった。