封邪の鏡
ピオニー女騎士に連れられた優梨は公国宮廷の応接室にいた。
「ここ、あたしたちが最初にアラザールに来たときにカーマイン公女殿下に拝謁した部屋ですよね」
望まぬ異世界転移に怒りの声をあげる同級生たちをカーマイン公女が宥め、状況を説明して謝罪し、協力を依頼したのがここだった。
「そうだ、今日はお前にこれを見せようと思って連れてきた。公国の国宝、封邪の鏡だ」
幅2メートル、高さ3メートルほどの額に収められた邪龍の絵は、東の軍事大国、ナシアシロ帝国がアルフォナム王国の侵略に先んじて放った邪龍を8代目アラザール公爵が封じたものとされている。当時、アラザールの地はアラザール公爵が治める公爵領で、隣のイナイライ男爵領と同じくアルフォナム王国の一部だった。
王国防衛の功績への報奨としてアラザール公爵領はアルフォナム王国から独立したアラザール公国となったが、これにはナシアシロとの緩衝地帯として友好的な第三国を間に持ちたいというアルフォナム王国の思惑もあった。
そうした歴史の鍵ともいえる公国の国宝がこの「封邪の鏡」である。
「ナシアシロ帝国との戦いのなかで封じられた邪龍を描いた絵、というのではなくて、この絵の中に邪龍本体が封じられてるんですね?」
壁に掛けられた「封邪の鏡」の説明文を読んで、優梨は自然な疑問を漏らした。
「その通りですよ」
後ろから突然掛けられた声に驚いた2人が振り向くと、カーマイン公女が微笑んで立っていた。
「公女殿下、前にあたしたち集められたときは、この絵はここにありませんでしたよね?」
「ええ、国境の向こうのイナイライ男爵がこの秋に代替わりしたののご挨拶に、今日のお昼から使節団が来訪するのです。それで、普段はアラザール公の居室にある封邪の鏡をこちらに移したのですよ」