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14 あの寺には近寄らない方がよろしいです


 遣い人の仕事

 狙うのは 大本山印得寺座主 敬寿 part 2


 饅頭や蕎麦などの店が立ち並んでいる印得寺の門前町は、人で賑わっていた。


 和菓子司 'ふじ' は印得寺が開山された時から山門の真ん前に店を構えている、美味しいと評判の店だ。


 店に入り中を覗くと、奥に椅子とテーブルが置いてあり静かに休めそうだったので、美夜は抹茶と和菓子を頂こうと思った。


 ここまで付いてきてくれた竹野を労りたいと思ったのだけれど、竹野は首を左右に振る。


「ご一緒になど滅相もないことでございます!」


「まあ、竹野。そんな事言わないで。

 疲れたし、私も練り切りをいただきたいのよ」


 美夜はそう言って竹野を無理やり座らせ、抹茶と練り切りを頼んだ。


 程なくして現れた店主は、抹茶と練り切りをテーブルに出しながら声を顰めて話し出した。


「先程、敬寿殿が奥様に声をかけた時の事、見ておりました。良い侍女の方が側についておられて、よかったです。

 敬寿殿にはお気をつけられた方が…」


 門前で商いをしている者には、それが精一杯の忠告なのだろう。店主はもう一度お辞儀をして店の奥へと戻って行った。

 

 美夜は抹茶と練り切りをいただきながら、すまし顔の竹野に尋ねた。


「百個あれば足りるかしら?」


「…はい?」


「屋敷の皆に配るの…。

 だって、美味しいんですもの、ここの練り切り。

 たまにはいいと思うのだけど百個で足りるかしら?」


「美夜様。店主を西院七条家にお呼びになるのですね?」


 くすくすと笑った竹野は、考えましたね、と言った。


「練り切りは見た目はよろしいのですが、皆にはもっと腹持ちのする物の方がよろしいかと…。一人に二個づつ、二百個。何が良いか、店主に相談致しましょう。きっと店主の口も軽くなりますよ」


 竹野に呼ばれた店主は注文を聞いて大喜びした。


「大福百個、饅頭百個でよろしければ明日の二時ごろにお届け出来ます」


「必ず店主殿が屋敷に届けに来るのですよ」


 竹野がそう念を押すと、店主は意味を理解したのか大きく頷いた。

 

 美夜は尊へのお土産に練り切り4個を店主に見繕ってもらい、持って帰る事にした。



 

 尊は練り切りの箱を開けて、初夏の花が並んでいるようだねと喜んでくれた。


「菖蒲と藤と…紫陽花、もう一個はなんだろう?なんだかわからないけど…美味しそうだね」


 美夜がふと気づくと、今日の午後は理子と2人でティーとケーキ、その後竹野と2人でお抹茶と練り切り、そして、今また尊と2人でお茶と練り切り…。


「尊さま。私…今日は甘い物を食べてばかりです。これでは太ってしまいます。どうしましょう…」


「どうしましょう…って、食べたいんだろう?

 食べればいいよ。私は美夜が細いのをよく知ってる。でもさ、太ったら美夜の体はもっと柔らかくなるだろう?それも楽しみだよ」


「た、尊さま!」


 尊がそう言って美夜を揶揄い、2人で笑い合ってひと時を過ごした。




 夜、風呂上がりに自室で髪を乾かしてくれる竹野に、そう言えば…と印得寺で敬寿に何を感じたの?と尋ねた。


「はい。印得寺の周りに悪意を感じました。

 特に敬寿の周りはどす黒い靄もやが立ち込めておりました。周りの従者もです。

 美夜様を見てあの者達の靄が一気に色が濃くなり、美夜様の方に流れてきたのです。まるで、美夜様を値踏みするような、襲いかかるような、真っ黒な靄でございました。

 美夜様、事を成す時まであの男達に迂闊に近寄ってはなりません」


 美夜はこくりと頷いた。



 翌日、西院七条家へお菓子を納入しに来た菓子司 'ふじ' の店主は畏れ多いと言いながらも美夜、竹野と茶を飲んだ。

 

 初めの内は慎重に言葉を選んでいた店主は、時間が経つにつれて少しづつ本音を語り出した。


「あの寺は前より賑わってはいるのですが、敬寿様が座主になってから何かがおかしいのでございますよ」


「まぁ、何がおかしいのです?」


 竹野にそう聞かれて、店主は眉を顰めた。


「昔からいた馴染みの僧侶達を急に見かけなくなったんです。どうされたのかと典座さまにお尋ねすると、修行に行ったと言うのです。

 ですが、もう何年もお付き合いのあった僧侶達が誰一人として挨拶もせず、突然いなくなってしまうなんて…おかしいです」


 店主は身を乗り出す様にして、話を続けた。

 

「庫裡に食材を納入している門前町の者たちは、高価な食材の注文を受けています。嬉しいですよ。お金が入ってくるんですからね。

 でも、こんなモノを寺に納めて本当にいいのか、と思う様な注文を受け皆戸惑っているのです。

 …その上…」


 何かを言いかけた店主は、本当に話していいものか、と美夜と竹野の顔を見比べた。


「かまいませんよ。お話しください。

 奥様はあのお寺のことを本当に気にかけていらっしゃるのですから」


 竹野のその言葉を聞いてこくりと頷いた店主は話を続けた。


「あまり大きな声では言えないことでございますが…。女性の叫び声の様な、ケモノの鳴き声の様な、そんな声が庫裡から時々聞こえるのです。それを気味悪がって出入りするのを嫌がる門前町の者も多くなりました」


 美夜は何も言えずに店主を見た。店主は眉を顰めて話し続けた。


「それだけではないのですよ。

 前の奥様たちは、いつの間にか姿を消しておられて…どこに行かれたのやら。それに、寺に詣でた若い女性が姿を消した、などと言う物騒な話も聞きます。

 私は…あの寺の中に入ると何やら変な胸騒ぎのように、心の臓がどきどきとするのでございます。

 奥様、触らぬ神になんとか…でございますよ。

 奥様のように本当にお美しい方はあの寺には近寄らない方がよろしいです」


 まあ、物騒なこと…と美夜は店主の話に相槌を打ち、眉根を寄せた。


 店主は他にもあれやこれやと印得寺の悪い噂などを話し、長居をいたしましたと言いつつ帰って行った。


 敬寿を地獄へと堕とす理由は店主の話でなんとなくわかったが、やはりなぜ千賀もなのか、美夜にはまだ分からなかった。




 美夜は鬼頭家の時三に、会いに来るようにと連絡をした。すると、時三はすぐに現れた。


「時三、参りました。御用は?」


「敬寿と千賀、千賀の実家である河口男爵家を探って欲しいの。なぜ私のお友達の千賀を…ってどうしても腑に落ちないの。

 よろしくお願いね」


 時三は、承知いたしましたと言って消えて行った。


 それから三日経ち、時三が現れて調べた内容を話してくれたが、美夜はその内容を聞いて涙が出た。


(千賀ちゃん。どうしてそんな事に…)


 時三の話を聞いても、千賀までなぜ地獄へと堕とさなければならないのか、美夜には分からなかった。


 美夜は心を決めて、千賀に会うことにした。

 


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