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12 私は美夜様がお辛い思いをされないように心を配ろうと思います


 美夜の乳母、竹野の独白


 桜の花が風に微かに揺れる昼下がりの事でございました。


 まだ疲れやすい尊様がウトウトとし始め、美夜様がそっとお部屋から出ていらっしゃいました。


 私は久しぶりに美夜様とお庭を散歩したくなって美夜様をお誘いしました。


「お庭を少し歩きませんか?

 桜の花ももう終わりでございますよ」


 そう私が申しますと美夜様が頷いて下さって、私達2人は花びらが舞う西院七条家の広大な庭を歩き始めたのです。




 私は早くにお母様を亡くされた美夜様のお側にずっとお仕えしております。


「母親のいない美夜を守って欲しい」


 玉響の長である真様から請われまして、まだ赤ちゃんだった美夜様の乳母になったのが16年前でございます。


 お小さかった美夜様は私に懐いてくださいまして、私の側を離れませんでした。


「たけの」


 と、お父さまや夏夜様の名前よりも先に私の名を呼んでくださいまして、嬉しいやら、ちょっと焦るやら…。

 

 今となっては懐かしい思い出でございます。


 ご結婚された時、私のお役目ももう終わりかと思ったのですが、美夜様が西院七条家に一緒に来て欲しいと言ってくださいました。


 美夜様はお優しい方ですので、私を1人残す事を心配されたのかもしれません。




 私の玉響としての異能は強くはございません。

 ですが、私の異能は少し変わっておりまして、人の悪意を見抜く、という力なのでございます。


 美夜様に近づく男達の下心を見抜き、美夜様をお護りした事は何度もございます。尊様という婚約者がいらっしゃるのですから、いわゆる '悪い虫' がブンブンと言わないようにしたのでございます。


 美夜様は誰でもはっとするぐらいの可愛らしいお方でございますからね。


 


 私にはどうしても分からない事があるのでございます。


 高衣玖皇子は一体どこで我ら玉響の事を知ったのでしょう?美夜様の遣い人としての異能は、鬼頭家でも知りませんでしたのに…。


 不思議な事でございますよ。





 そんな事をあれこれと考えながら、私は美夜様と2人で庭を歩きました。


 昨日は満開だった庭の桜は散り初めて、花びらが1枚2枚、ひらひらと舞っておりました。


 その様子を見ていた私は、思わず昔話をしてしまいました。


「美夜様の子供の頃を思い出しますね。

 満開の桜の下で尊様に抱っこされていた美夜様は、本当に可愛らしかった。ほんの少し頬を染めていらして、尊様がお好きなんだなと微笑ましく思ったのでございますよ。

 尊様もそれはそれは美夜様を大切になさって。

 本当にお互いを想い合っていらっしゃるお姿に、私も嬉しく思っておりました。

 急なことではございましたが、結婚されてお幸せだったのに…なのに…こんな…」


 私は声が詰まってしまいました。


「竹野、心配をかけてしまってごめんなさいね」


「美夜様…お願いですから、無理はなさらないでくださいませ。私は美夜様が心配なのです」


 私は美夜様の手を取りました。


「私は美夜様のお体だけでなく、心の負担が気になるのです。玉響の遣い人の仕事はお辛い事でしょう。

 どうか、どうか、ご無理はなさらないでくださいませ。お願いでございます」


「竹野、いつも優しいあなたに感謝してるのよ。ありがとう。でも、私は大丈夫よ。尊さまのためですもの」


 私達は美夜様と尊様がよくデートされていた四阿まで歩きました。美夜様は四阿の椅子に腰掛けて、ぽつりとおっしゃったのです。


「私、必ず尊さまを元の体に戻してみせるわね。

 あと、もう少しですもの」


 私に美夜様をお助け出来る事は多くはありません。美夜様が無理をなさらないように、お疲れを溜めることがないようにと気を配って差し上げることぐらいです。


 非力な自分を悔しく思うこともございますが、私は私のできる事を精一杯するだけでございます。




 四阿で座った美夜様は目を瞑り、吹く風に気持ちよさそうに全身で受けていました。しばらくそうしていた美夜様は、身を瞑ったまま私にこうお聞きになりました。


「ねぇ、竹野。

 今まで誰にも聞いた事がないのだけれど、お母さまはどんな異能を持っていたの?」


「美夜様の母上は異能は持っていらっしゃいませんでしたよ」 


 つっと目を開けて美夜様は私を見てお聞きになりました。


「なんで私に違い人の異能が現れたのかしら…。

 お兄さまではなくて、なぜ私なのかしらね?」


「それは…。私にはわかりません」


 美夜様はしばらく黙っておられましたが、桜の花びらが1枚手元に舞ってきたのを見て立ち上がりました。


「さあ、そろそろ戻りましょうか。尊さまがお目覚めになる頃合いだわ」


「そうでございますね、戻りましょうか…」


 尊様が美夜様の力にもう少し頼りたいとおっしゃったそうです。その言葉のお陰で美夜様はご自分に自信が持てるようになられたのでしょうね。


 最近では真様や夏夜坊ちゃんが側にいなくても、美夜様は玉響の遣い人になっています。独り立ち…とでもいうのでしょうか?


 私の前を歩く美夜様の後ろ姿が、以前より少し大人に見えました。


 美夜様には幸せになっていただきたい…。


 私はそんな事を考えながら、ひらひらと桜の花びらが舞い散る中を美夜様と歩いたのでございます。




 部屋に戻りますと目覚めておられた尊様が、美夜様に手招きなさいました。


「美夜、こっちに来てごらん、桜の花びらが髪に付いてるよ」


 尊様は美夜様の髪についた桜の花びらを手に取って微笑みました。


「美夜はあの頃のままの可愛い美夜だね。

 ありがとう。こんな私の側にいてくれて…」


「尊さま…。ありがとう、だなんて…。

 私は尊さまのお側にいる事が幸せなのです。だって、こんなに優しくて素敵な尊さまなのですもの」


「…美夜」


 お2人のそんな会話を聞いて、私はそっと部屋を出たのでございます。

 


 この頃には尊様のご様子は、西院七条家の皆にも知らされるようになっておりました。


 尊様はかなり回復しておられましたので、身体を動かさなくてはなりませんからね。お部屋の中に篭ってばかりもいられなくなった…という事でしょうか。


 こちらのお屋敷も鬼頭家と同じく、先祖代々お仕えしている使用人ばかりです。尊様のご様子を外に漏らす者などおりません。



 そんなある日のことでございます。


 尊様は皆に支えられてベッドから降り、自分の足で立つ練習をお始めになりました。


 尊様は皆がいる前にも憚らずにこうおっしゃいました。


「私の愛する美夜に何かあったら、私が美夜を助けに駆けつけるんだ。

 だから頑張るさ!」


「尊さま、きっとですよ。必ず助けてくださいね。でも…」


「…ん。でも…?なんだい?」


「私に何かあった時、どの様に尊さまに知らせましょう?


 ふふん、と尊様は笑いました。


「今、秘密の合言葉を考えた。その言葉を3回言えば私はどこにでも飛んで行くさ」


「…なんと言えば?」

 

 尊様は美夜様の耳元で囁かれたのです。


「カステイラ」


「…もう!尊さまっ!

 そんな冗談を…!」


「愛する美夜を助けるためだ。冗談なんかじゃないよ」


 尊様は美夜様の頬を撫でてキスをされました。美夜様は真っ赤になってしまわれて…。


 周りで尊様を支えていた皆は美夜様がカステイラがお好きなのをよく知っておりますから、笑いを堪えるのに必死になっておりました。


「言ってごらんよ」

「嫌です!」

「言って!」

「…」

「ほら」

「…カステイラ」

「3回言わなきゃ、私は助けに行けないよ?

 どうする?美夜」


「カステイラ!カステイラ、カステイラ!!」


 クスッと笑った尊様は元気よくおっしゃいました。


「さあ!私は頑張るよ!

 美夜、私の側で見ていておくれ!」





       ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢





 そんな事があって数日経った夜の事でございます。

 私が美夜様の寝化粧をお手伝いしておりますと、鬼頭家の時三がすっと現れました。


「我が主人からの伝言でございます。

 次の標的は…大本山印得寺座主 敬寿、妻 千賀。

 二週間以内に…との仰せでございます」


「えっ?

 今なんて?」


 美夜様の言葉が時三に届く前に、時三は消えて行ってしまいました。


「…千賀?あの千賀ちゃんを?」


 しばらく呆然と部屋の真ん中に立ち竦んだ美夜様は、涙を溜めてつぶやいておられました。


「巫女がお友達の千賀ちゃんを?」


 美夜様は尊様のお部屋に入り、黙って尊様のベッドに潜り込んでおられました。私にはお2人の会話が微かに聞こえただけでございます。


「どうしたんだ?何があった?」


 美夜様のお返事は聞こえませんでした。


「美夜。いつだって、私は美夜の味方だ。

 愛してるよ」


 私はそれを聞いて、私のご主人、美夜様はお幸せな方だと思ったのでございます。




 私は自分の部屋に戻ってから、先ほどの時三の言葉を思い返しておりました。


 大本山印得寺座主 敬寿 という名前を聞いたことはございますが詳しくは知りませんでした。


 …ただ、噂は聞いたことがあります。最近、印得寺が大きくなったのは、敬寿という方のお力だそうです。


 千賀様は美夜様の同級生で、何度か鬼頭のお屋敷にも遊びにいらした事がございます。確か、男爵家のお嬢様で、可愛らしく、優しい方でございました。でも、あの千賀様が、お寺に嫁がれたというのは、少し違和感がございました。


 ですが旦那様と夏夜様がこの2人から珠を頂くと決めたのですから、巫女様はご自分のお仕事をなさるでしょう。


 私は美夜様がお辛い思いをされないように心を配ろうと思ったのでございます。


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