婚約破棄されて崖っぷちです。
「シャルノア、今日限りで貴様との婚約を破棄する」
「……え?」
第一王子による祝賀パーティーにて、私は突然の婚約破棄を言い渡された。
王子からの招待に応じ、落ち着いて化粧をし、ドレスで身を包み、彼とのダンスに臨んでいたというのに。
「な、何故ですか、殿下」
「お前が我が妹、ミスリアに対し、陰湿な嫌がらせを行っていると、本人から証言を得たからだ」
「……」
彼の腕の中にいるこの国の第三王女、ミスリア・インフェルノ。
彼女は殿下にもたれるようにして、涙を浮かべて私を見ていた。
「私は彼女を許しますの。ですからお兄様、そのようなことはおっしゃらずに」
と、わざとらしい言葉を殿下に宣っていた。あからさまな言動に、私は流石に唖然としてしまった。いや、終始唖然としている。
「ミスリアが許してもこの私が許さない。シャルノア、自らの行いを反省し、二度と私の前に姿を現さないことをここで誓約せよっ」
女を護る男は威厳に満ちている、とはまさにこのこと。酔いしれているとしか言いようのない風格に、私は愕然とした。
「やはり戦争を仕掛けてきた野蛮な国の姫だな。下品極まりない」
そう言って侮辱を重ねてくる殿下。
「…………」
そも私と殿下が婚約したのは政治的な理由だ。
私の国と殿下の国は戦争真っただ中。停戦協定を結ぶ際に、第一王女たる私が抜擢され、殿下の国に嫁入りし、血縁関係を結ぶことで戦争を終わらせようとしたのだ。互いの戦力や備蓄が底をつき始め、他国の脅威に警戒しなければならなくなった互いの状況。それを解決するための苦肉の策であった。
世界に冠する強国が一対。
セントラル王国とインフェルノ帝国。
ひょんないざこざから戦争にまで発展した私たちの国々。
それを止めるための婚約の儀であったはずなのだ。
停戦協定を完全に結び終わるまで婚約と言う形で、そして協定が結ばれると婚姻の儀を執り行う段取りであったはずなのに、それをこうも短期間で白紙にしてしまうであろう横暴。
ゾッとしてしまう。
「殿下、私どもの婚姻が如何様の意味をお持ちか、ご理解されているかと存じます。ですのでこの公の場でそのような公言は、非常に危うい言動でございま――」
「私は元より貴様のことが気に入らなかったのだ。他国の脅威を収めるために、私の人生を卑しい敵国に売らねばならぬというのが我慢ならんっ。即刻貴様の首を斬り捨てさらし首にしたいところなのだ」
侮辱を越えて宣戦布告。
これではダメだ。焦りが募る。
今回のパーティーは休戦を祝う大事なパーティーである。
それをこのような言動でめちゃくちゃにしてしまっては、すべてが水の泡だ。
「殿下。それ以上のお言葉はお控えください。殿下がそれほどまでに私どもを憎んでおられるのが十二分にご理解できました。だからこそ、本日は祝いの席であるからして、そのお話は一度お伝えし、我が王と貴国の王と再度対談する機会を設けさせていただきますので、どうか怒りをお収めください」
「黙れ売女め。今貴様の命があるのは、ミスリアの許しがあってこそだと知れっ。衛兵、こ奴を牢にぶち込んでおけっ」
そして颯爽と現れる衛兵たち。
私は膝をつき、頭を垂れて一心に改心するよう呼びかけた。
しかし殿下は聞く耳を持たず、私は引き摺られるようにして会場から連れていかれる。扉が閉まる際に見た、ミスリア様のうすら笑いに、私は恐ろしい気持ちで胸がいっぱいになった。
牢の中は冷たい石畳だった。
厠やベッドはなく、毛布の一枚すらない。窓の鉄格子の間から冷たい風が入り込んでくる。
「どうして、こんな……」
民の苦しみを取り除くために、終わらせるために覚悟を決めた取り決め。
なのにこの仕打ち。
これではまた民たちが苦しんでしまう。
檻を掴み、外を見る。
必死に呼びかけるも、誰もいない。誰も聞いていない。
私の叫ぶ声だけが響いていた。
「お願いです……お願いです……」
涙が止まらなかった。
悔しい気持ちで一杯だった。
何より辛いのは、また戦争が起こって、国の民たちが苦しむことだ。
これ以上の血を、私はもう見たくない。
「お願いです……誰か……誰か……」
「ったく、兄者はほんと荒っぽいなあ」
「……あ」
突然目の前に現れた一人の男性。
この国の第二王子、サラビア・インフェルノ。
「サラビア様っ」
「よっ」
「サラビア様ッ、どうか、どうかッ」
「わーってるよ。俺だってもう戦争はこりごりでね」
サラビア様は楽しげに笑っていた。
「俺の女になれ」
「……え?」
思考が止まる。
「初めて見た時からずっとお前が欲しかったんだよ。でも兄者がお前の婿になるって聞いて嫌気が差してたんだ。で、ちょいと入れ知恵をね」
それを聞いて、私はハッとする。
「兄者が溺愛するミスリアに話を持ち掛けてな。あいつもお前が嫌いみたいだったし? 今の状況は俺にはかなり美味しい状況なんだよ」
私は彼を睨む。
「そう怒るなって。俺はお前を手に入れて万歳。お前は平和を手に入れて万歳。どちらにしろ、こうなるのは遅かれ早かれだ。俺ならお前を十二分に可愛がってやれるが、選択肢はないはずだぜ?」
「……解っています」
ニコニコ笑う彼に、私は反吐が出そうだった。
やはり帝国の王子は皆こうなのだろう。
「だからそんな目をするなって。俺は他の兄弟姉妹と違って優しいからな。俺が欲しいのは帝位だ。お前のような聡明な奴がいるとさらに捗るってもんよ」
「……この戦争はあなたが?」
「……ぷふっ、ちょいと違うな。兄者さ。馬鹿みたいに私兵を使ってお前らを挑発して戦争に誘い込んだ」
「あの男……」
怒りで身体が震えた。
「だが乗ったお前らも悪い。でもまあ、俺が帝位に付けば、話は変わってくるってもんよ」
ヘラヘラと笑うサラビア様。
我が国と帝国はあくまで停戦関係だ。いつまた戦争を再起させてもおかしくない。
「……解りました」
やはり選択肢はなかった。
けれど希望がある。
「ははっ、そうこなくっちゃな。やる気のないただの木偶は要らねえからな」
牢が開けられる。
「このばかげた話が親父に届く前に、さっさと行こうぜ。その前に」
牢を出て、ある一室に連れられた。
そして扉を閉めるや否や、彼は私のドレスを思い切り破く。
「きゃあっ」
「女らしい声だな。これなら夜が楽しみだ」
羞恥と怒りの視線を向けたが、彼は平気な顔で、むしろ嗤っていた。
部屋に控えていたメイドたちが新たなドレスを準備している。
「サクッと風呂に入って身支度を整えろ。その薄汚れた姿を綺麗にしないとな」
ものの十数分ほどで完了した。恐るべき速さである。
「こいつらは俺が買った優秀な奴隷だ。裏切らねえ駒は便利でいい」
「あなたは人を何だと思って――」
その言葉を止めた。
言っても無駄だとそう感じたから。
「何でもないわ」
鏡に映る私の姿。
先ほどのドレスに比べて格段と美しく着かざされている。
「兄者は今優雅にダンス中だ。呑気なこって」
執事からの伝令に、彼は笑った。
「さて、それじゃあ謁見でもしに行くとしますか。手続きは取ってるからな」
彼は口笛を吹きながら廊下を歩く。私はその後ろを付いて行った。
正直不安だった。
「捨てる神あれば拾う神ありだ」
「あなたの国教の教えですか」
「ああ。そして俺の気に入ってる言葉でもある。情があっていいだろ?」
「ええ、そうですね」
「んだよその滅入るような覇気はよお。これから王と謁見だぜ? ビビッてどうすんだよ」
「恐れてなどいません。あなたをまだ信用していないだけです」
「どうせすることになる。俺は口だけの男じゃねえからな」
謁見室の前に着いた。
サラビア様はノックもせずにドアを豪快に開けて入っていく。
「親父、時間取らせて悪いな」
「サラビア様、王の前です。言葉を慎みなさい」
臣下のオドルド様が彼をしたためた。
「堅苦しいのは無しだ。建前も前置きも面倒くせえ」
「サラビア様っ」
「よい、我が許す」
陛下の言葉。
重々しく、威厳に満ちた格を感じた。あの時の殿下の様子とは比べ物にならないほどの凄まじい圧を感じる。
だがサラビア様は飄々として、陛下の前のソファにどかっと座った。
「親父、今戦争したくはねえよな?」
「当然だ。今我が帝国は腑抜けたことに国力が低下している。かの姫君の王国とはこれ以上の戦争は利にならない。想像以上の強国であることを再認識している」
その言葉を聞いて、私は自国を誇らしく感じた。
あの帝国の王からこのような言葉を聞けるとは思いもしなかったから。
「お主もそこで突っ立っておらずに座ると良い」
「いえ、私はここで――」
「座れと言ったのだ」
ドッと押しつぶされそうな圧に、私は喉を鳴らした。
「親父、大人気ないぜ? こいつはまだ十六だ」
「もう十六だ。我が十六の時には既に戦場にて敵を殺していた」
「親父の場合は特別だろ? んな強大な魔力を撒き散らしやがって、こいつがそれこそ潰れちまうじゃねえか」
息のできない私を、サラビア様は支えて座らせてくれた。その手つきはひどく優しいものだった。
「して、何が言いたい?」
「兄者がヘマした。こいつとの婚約を切りやがったんだよ。しかも今下で行われてる会場でな」
「ほう?」
先よりもさらに圧が増した。
心臓を握り潰されそうなそれに、だがサラビア様が庇ってくれる。
「あの出来損ないが」
「なんで俺じゃなくあいつにしたんだよ。衰えたか親父?」
「面子を考えてのことだ。第一王女を、それも一人娘を差し出すほどの停戦協定だ。ではそれ相応に応えねばなるまい」
「だがこのざまだ。ミスリアの言動も困ったもんだぜ」
「あやつが何かしでかしたか」
「ああ、困ったもんだ。多分俺がそそのかしたとか言い出すだろうぜ」
「馬鹿なことを」
「こいつが欲しいからな。遅かれ早かれだ。いずれこうなっていたであろうことを早めただけ。繋がりが出来上がった後にこれだともっとひどい。だから初めに壊した」
「お前と言う奴は」
頭を押さえて王は息を吐く。
「まあ良い。過ぎた話だ」
その表情から憂いは消えていた。
「お前が責任を取り、そして成果を作れ。さすれば向こうも口を閉じるだろう」
「解ってるよ。勿論そのつもりだ。俺は帝王になるつもりだからな」
「血の気の多い子ばかりだ。我は嬉しいぞ」
「だろ? この国を世界一の国にする」
それを聞いて不安がよぎる。
「んでもってこいつの国は同盟国だ。誰も手の出せねえ場所まで行ってやるよ」
肩を掴まれて抱き寄せられた。
「では結果を出せ。誰も文句の言えない結果をな」
「勿論だ」
そして会談は終わった。
私とサラビア様は部屋に戻っていた。
「んじゃあ、ちょっくら暗殺でもするか」
気軽に店にでも行くかのような言い方に、私は動揺する。
「な、何を言って」
「公衆でのあの発言は、戦争を是とした発言だ。不敬罪も甚だしい。丁度いいじゃねえか。王位継承の敵が減る。誰がやっても怪しい状況だ。誰も口は出さねえよ」
「きょ、兄弟でしょう?」
「お前のとこは仲良しこよしか? それでよくもまあ大国に成れたもんだな。この世は弱肉強食だ。強い奴だけが勝つ、それだけだ」
それに、と言葉を続けて。
「もう手は打ってある」
「え?」
電気が消えた。
明るかった明かりがすべて消え、真っ暗になる。
そして数秒して明かりが戻る。
「な、何?」
「どうだ?」
スッと現れる黒装束の集団。
私はビクッと震えて彼らを見た。身構える。
けれどサラビア様はそんな私を見て笑っていた。
「任務完了でございます」
「おっけー、ご苦労さん」
そして黒装束たちが消えていった。
「か、彼らは?」
「ん? ただの暗殺部隊」
「あ、暗殺……」
先ほどの言葉を思い出す。
やり口があまりに手際が良すぎる。これでは逆に。
「誰も公言しねえよ。兄者を恨む者は多い。むしろ後始末が面倒だ」
サラビア様はにやりと笑う。
「これで晴れて、お前はまあ、未亡人に成ったわけだが、身元引受人は俺が請け負うわけだ。つまり婚約は継続して引き継がれ、俺がお前の夫になるって寸法よ」
「あ、あなたって人は……」
「これもこの国の発展と繁栄のためだ。兄者もミスリアも喜んで俺を祝福するはずさ」
「い、妹さんまで……」
「因果応報って奴だ。祝ってやれ」
「…………」
全て自分の為でしょう。
その言葉を寸での所で呑み込んだ。
「それじゃあお楽しみといきましょうか」
「え?」
腕を引っ張られ、ベッドに押し倒される。
両手を掴まれて頭の上に。
「脱がしやすい服を選んでやったんだ。感謝しな、シャルノア」
「ちょ、まっ」
キスされた。
強引で、力強いそれに、私は恐怖した。
「男を知らねえって顔だな」
「うう……」
恥ずかしさと恐怖で頭が混乱した。まともに思考するのも憚られるほどに。
「んじゃあこっちはどうだ?」
と、脚の間に指を持ってくる彼に、私は咄嗟に反応して。
「うおおおっ……」
思い切り額をぶつけてやった。
仰け反る彼を更に押しのけ、股の間に足を滑り込ませて蹴り上げた。
「っ……ッ……っッ」
痛みに震えるサラビア様。
私はベッドから急いで離れると、そのまま部屋を出た。
扉を背に、ドクンドクンと脈打つ心臓の音を必死になって抑え込む。
「……っ……っ」
怖い。恐ろしい。
あんなにも力強く迫ってこられるなんて初めてだった。
恐怖で身がすくんで、今にも犯されそうになったのを。
父から教わった体術でなんとか乗り切った。
「…………」
唇を触る。キスされた感触がまだ残っている。名前を呼ばれた声が残っている。
正直。
キスされたのが気持ちよかったなんて。
でも認めるわけにはいかなかった。
「…………」
ハッと我に返って、私はパンと頬を叩いた。
これからが大変なのだ。まだまだこれからが。
「お父様、お母様、私頑張ります」
今更ながらに額の痛みを押さえながら、私は廊下を歩く。
とりあえず会場へ行くために使用した部屋へと足を運びながら、私は彼のことを考えた。
あの獰猛で、卑怯な男のことを。
「ほんと、最低……」
にッと笑っていたことを、私は自覚していない。
これからのことを考えながら、私はしっかりと歩いていく。
「…………ったく」
俺はベッドに横たわりながら、まだ痛みのする股を押さえて、笑いを押さえられなかった。
「やっぱ最高だな。あの女」
美しさと気品、そして才と知性に溢れたあの女。この国に来て、初めて見た時からモノにしたいと思っていた。それがようやく手に入ったと思えばこのざまだ。
「こりゃ燃えるっしょ」
ベッドの上で跳ね起きて立ち上がる。
「俺だけを見て、俺だけしか興味のない女に調教してやる」
そして俺だけを感じる女に。
「その前に色々とやることが多いな」
事後処理。
向こうさんにも説明しなきゃならねえし、問題は山積みだ。
「でもまあ、一つ目の目的は達成だ」
女を手に入れること。ここまでするのに結構な手間がかかったもんだ。
「さて」
ベッドから降りて、服を整える。
あの女が、あの国が、そしてこの国の全てが俺のものになると思うと、笑いが止まらない。
「ゲームはまだ始まったばかりだ」
俺は声を大にして笑った。
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【集】我が家の隣には神様が居る
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