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こぼれ落ちた種は  作者: いりこ
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転校生

 夕刊の新聞配達を終えて帰宅すると、大家が仁王立ちで待っていた。千夏の姿が視野に入るなり、

「ちょっと、これ何なのよ! 」

と千夏の部屋の玄関ドアを指差した。ドアには

『覚醒剤中毒』『警察に捕まれ!』『泣き女』『犯罪者』等とマジックで書き殴られて居た。

「私がわざわざ書く訳無いじゃ無いですか。私の方こそ被害者です」

と千夏は応えた。

「何だって⁉︎アンタの父親が覚醒剤やらなきゃ こんな事書かれなかったのよ!アンタが悪いの!ちゃんと消して置いてよ! 」

と頭に血を昇らせた大家は怒鳴り散らして自室に入りドアをバタン!と乱雑に閉めた。

 千夏は溜息を吐き、洗剤とバケツに汲んだお湯と雑巾で擦って文字を消していった。これから毎日書き殴られるのだろう。

 毎日バイトをして、家事をして、ご飯支度をして、母に手を貸して…。忙しい中なのに 

『大家に怒鳴られて悪戯書きを消す』と云う無駄な用事が増えたなと考えて居た。消し終わると 千夏は自宅に入り夕飯を作り、母を座卓に着かせて食べるように促した。その後に風呂に入る様に母に声を掛けて、遺影を風呂場の扉近くに置いた。泣いてる母の頭を洗ってやり、背中を擦って流してやった…。母を床に着かせると千夏は勉強を始めた。ある意味『やっと自分の為の時間』が来たのである。

『勉強する権利は誰も私から取り上げられない』とガムシャラに学んだ。

 おそらく今日の悪戯書きをしたのも、千夏の成績を抜かす事が出来なくて悔しがっている岸崎柚と、その取り巻きの篠山夢香と梅村綾乃だろう。

そんな低俗な事しか出来ない輩の相手をしたり、機嫌を取る暇は無い。学び取ってやる。

 母の泣き声が寝息に変わっても勉強を続けた。


 そんな生活を繰り返して居たある日、転校生がクラスに来た。

 担任の岩野が

「転校生の澄田ひまわりさんだ、皆んな仲良くする様に」

と紹介した。転校生は細い体付きの印象は有るが緊張もせずニコニコしている。

「よろしくお願いします」

と満面の笑みで会釈をして愛嬌があった。

 学級委員でもある柚が色々と10分休みの間も世話を焼いた。ひまわりも直ぐに溶け込んだ様子で笑い声が聞こえた。

 ひまわりは先入観が無いらしい。人を寄せ付けない千夏にも声を掛けて来た。

「こんにちは」

と言った途端柚が割って入った。

「澄田さん、この人は近づかない方が良いよ。お父さんが覚醒剤中毒で死んだ犯罪者の娘だから」と意地悪特有のしがめた顔で会話を止めた。

「そう、お父さん亡くなって気の毒。でも貴女は生きてるから大丈夫!将来があるもの」

とハツラツとひまわりは言った。

 生きてるから大丈夫?将来がある?何を思ってそう安易な言葉が出るのかと千夏は

「はぁ⁉︎ 」

と思わず声を荒げた。柚達は大笑いした。それを見てひまわりはキョトンとした。その時にチャイムが鳴り、千夏は多いに苛立ちを抱えて授業に参加した。

 一体どう言う事?生きてるから大丈夫⁉︎皆んな生きてるじゃない。私は大丈夫なんかじゃないわよ!いつも必死よ!ひまわりの無神経さに苛立ちが収まらなかった。

 しかし昼休み頃にはひまわりは早退したのか教室から居なくなっていた。よく分からないが苛立たせる人物が居なくてホッとした。

 帰りのホームルームの後、千夏は岩野に呼び止められた。

「これ、澄田に届けてくれ」

課題のプリントを渡された。

「えっ⁉︎何でですか⁉︎私がですか⁉︎ 」

思わず千夏の口を突いて出た。

「知るか。お前が良いんだってよ。お前を選ぶのだから変わり者なんだろ。このメモに書かれている所に届けれだってさ」

そう言い捨てて岩野は千夏に背中を向けた。

 行くしかないか…。預けたらサッサと帰ろうと思いながら受け取ったメモを見ると、父の亡くなった総合病院の名前が書いてあった。

『緩和ケア病棟』聞き慣れない言葉…とにかくこの病棟の『807号室』に行けば良いらしい。足を進めつつも諦めなのか覚悟なのか分からない気持ちが入り乱れた。そして病院に到着した。

 父の亡くなった日の事を思いだした。どちらかと言うと母が泣き叫んでいた姿ばかり思い出してしまう。そんな事を思いながら 807へ向かった。

 エレベーターに乗り、8のボタンを押した。心は、この課題のプリントを置いてサッサと帰る事しか無い。

 エレベーターの扉が開いた。直ぐ近くにナースステーションがあった。心電図の波形らしきモニターが何台も有りピコピコ音を立てている。部屋番号の案内を見ながら千夏は足を進めた。

 807に辿り着くまでに、ある病室から看護師が出て来たのが目に入った。扉が閉まるまでの間に、患者が酸素を鼻から投与されているのが見えた。吸引のボトルには血液でロゼワインの様に赤くなった液体が入っていた。一目でに大きな病気の人だと分かる光景に千夏は緊張した。

 他の病室には看護師がワゴンで注射器や液剤を持ち込み

「今痛みをとる薬入れますね」

との声が聞こえた。

 ここは重病な人が来る所なのか?なら澄田と言う転校生は?いや学校に来る位だから…。と思いを巡らせて居ると807号室に辿り着いた。

 深呼吸をしてからノックすると脳天気なひまわりの

「どうぞ〜」

との声が聞こえて来た。千夏は病室に入りひまわりを見た途端絶句した。ベッドにはカツラが置かれており、髪が殆ど抜け落ちた頭を隠す事なく、ひまわりはベッドで横たわっていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分より下にいる奴を虐げたい。 という哀れな人間達を読んでいて、不快に思うのと同時に、そういった人達が言いそうなことをリアルに書いているのがすごいと思いました。 主人公に感情移入させる技術…
[良い点] 自分より下にいる奴を虐げたい。 という哀れな人間達を読んでいて、不快に思うのと同時に、そういった人達が言いそうなことをリアルに書いているのがすごいと思いました。 主人公に感情移入させる技術…
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