守られる者、責められる者
ある日の学校の教室で、美緒が友達と話して居た。父親の死の哀しみがふとした時に顔を出すのか話している内に涙ぐみ始めた。
「美緒どうしたの⁉︎ 」
友達は慌てて美緒の手を握り慰め始めた。
「ごめんね、ごめんね、ビックリするよね」
段々美緒の涙は増えて行った。
「お父さんの事?美緒何でも話して」
と背中を撫でられた美緒は、しゃくり上げながら
「うん、昨日お父さんの四十九日で納骨して来たの。お父さん家から本当に居なくなっちゃった…。写真とお仏壇しか残ってないのよ」
とボロボロ流れる涙をティッシュで拭いた。
そんな美緒を見て居ると、千夏は
『四十九日かぁ…。美緒は守られて哀しんでる余裕が有るだけマシだよね。やっぱり私は野良犬だ』
と心の中で呟いた。
そんな千夏にとっては心地の良くない美緒達の光景が視野に入らない様に教科書を開き予習を始めた。
数日後、休み時間中に美緒が千夏に声をかけて来た。
「細谷さん、母が買い物中に聞いたって言ってたの。細谷さんのお父さんも亡くなったって。大変だったのね」
と愁タップリの目で千夏の顔を見て『気持ちを分かる』かの様に同情した。
千夏はただ我が家の事には触れないで欲しかった。父の亡くなった事も広まり始めた事を悟り、心構えをし直さなくては…と警戒心が尖った。取り敢えず千夏は
「私は大丈夫だから」
と返事をして話を終わらせたつもりだった。
「細谷さん強いね。私は泣いてばかり。でもねママが言ってたの『今は泣きたい時には泣きなさい』って。だから細谷さんも頑張り過ぎないで泣いても構わないのよ」
泣きたい時に泣く…。私に悲しんだり泣いてる暇は無い。それしか言葉が浮かばなかった。その中でも一応言葉を選んで
「ありがとう」
とだけ答えて教科書のページをめくって話を終了にしようとした。しかし美緒は千夏の力になりたいと思い、更に話を続けた。
「お葬式、参列もしないでごめんね。本当に何も知らなくて…。細谷さんだって辛かったと思うの…。私で力になれるなら声掛けて。分かる者同士…」
美緒が親切のつもりなのは千夏も重々理解していた。しかし一番触れられたく無い物に触れられて我慢の限界に至った。
「もういいから!私の父親の死んだ話は!放って置いてくれない⁉︎貴女の悲しいごっこに付き合いたくなんか無いの!貴女は身内に守られながら哀しんでるのでしょう⁉︎私は母が体調崩してて、私が新聞配達して生活を何とか支えてるの!哀しんでる暇も無いの! 」
と野良犬が縄張りに入って来た者を追い払うかの様に、気付くと怒鳴っていた。
美緒は一瞬凍りついた様に固まった後、
「ごめんね。ごめんね」
と謝りながら泣きじゃくった。
「ごめん、言い過ぎた…」
千夏も謝った。しかし周りで見ていたクラスメイトは千夏の怒りに驚きと近寄り難さを感じ取った。
その中で一人、岸崎柚は千夏が何か隠したい事がある事を察し取った。それを突き、何か苦しめる方法が有るのでは…と思案した。
「ねぇ、お父さん亡くなってたの?何で死んだの? 」
大家の様に探る顔つきで尋ねて来た。
「突然死」
とだけ返答すると
「なら何であんなに怒るの? 」
と更に食いついて来た。
「何故柚に一々説明しなきゃいけないのよ」
と答えて話はやっと終わった。
数日後、千夏の父を処置していた看護師が知り合いである大家に
「この前面倒な患者が居たのよ。覚醒剤中毒で死んだんだけどね。奥さんが尋常じゃなく気狂いみたいに泣き喚いてさ。中学生位の娘が睨んでてね」
と面白気に話した。
大家は感を冴え渡らせて、それが千夏達の事だと確信した。
その話を美容室やクリーニング店、至る所で話しまくった。話に尾鰭が付いて行き地域に話が広がった。
更に大家は嫌がらせに、千夏がコンビニでバイトをして居た事を学校に報告した。
担任の岩野誠吾は、次の日の朝のホームルームを険しい顔で始めた。
「細谷、立て! 」
と声を上げると、千夏は起立した。
「父親が覚醒剤中毒で死んだからって、コンビニでバイトして良い事にはならんだろ!お前も父親に似てルールを守れない人間なのか! 」
と怒鳴った。
覚醒剤中毒での死去と聞き生徒達は衝撃を受けた。皆戸惑いと動揺を隠せず、生徒達のコソコソと静かなザワつきが教室内に走った.
柚は『コレが千夏の隠したかった物なのか…』と知り得た事に勝利感を噛み締めた。そして担任の岩野と目配せをして互いにほくそ笑んだ。
千夏の周りはこの瞬間敵ばかりとなり、それを『とうとう来るべくして来たか』と事態を受け止めた。
帰宅後に夕刊の新聞配達をしていても
「あの子の父親が? 」
「そう、覚醒剤だって」
「シッ、聞こえるわよ! 」
とあちこちで囁かれるのを耳にした。その言葉に負けない様に、潰されない様に千夏は心を麻痺させて感じないで居る事に努めた。そして
『私は噂を鵜呑みにしたりしない。この目で全てを見定めてやる』と心に鎧を着せて、世間を見下した。