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こぼれ落ちた種は  作者: いりこ
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2つの死

0時54分、御臨終です」

医師の低い声が個室の病室に静かに響いた。

 数年間の闘病を終えて旅立った中年男性の身体は、とても痩せ細っており脚は酷く浮腫んでいた。

「お父さん…お父さん…」

中学3年の娘の鈴岡美緒は、まだ暖かい父にしがみ付いて涙を流した。そんな娘の肩を撫でながら、母であり今夫を亡くした妻はまだ暖かい夫の手を握った。集まっていた親族はこの母娘の2人の悲しみに寄り添い労った。


 一方、救急処置室でも1人の中年男性が死亡宣告を受けていた。

「0時58分。生きたくても生きれない人が居るのに、どうしてわざわざ自分の身体を覚醒剤で粗末にするのか」

と救急の医師は言い捨てた。

 そう、この男性は半年前に家族を置いて家を出て行方不明だったが、数時間前に倒れているところを発見された。救急搬送されて麻薬中毒での死亡が今確認されたのだった。

 妻の細谷佐知子は中学3年生の娘の千夏を気遣う事なく、遺体にしがみ付いて泣きじゃくった。その姿は気の毒と言うより、狂おしく映った。

 看護師は怪訝な顔をして

「すいません、処置するのでどいてくれません? 」

と粗雑に声を掛けたが、その声も耳に入らず佐知子は泣きじゃくった。千夏が 

「お母さん! 」

と声を掛けながら力ずくで母を引き離した。

「あなたー!死んじゃ嫌よ! 」

しかし遺体の方に手を伸ばして泣き叫び続けている。千夏は今にも遺体に飛び付いて処置の邪魔になりそうな母を必死で抑えた。すると

「うるっさいわね、あのおばさん。何なのよ」

「覚醒剤中毒で死んだのよ、あの患者」

「えー、そうなの⁉︎ 」

「旦那は覚醒剤中毒で死んで、奥さんは気狂って救いよう無いわね」

と看護師等が噂する声が千夏の耳に入って来た。千夏が睨むと看護師らは 

「何よあの子、感じ悪いわね」

と隠れた。この場から立ち去りたいのは私の方だ…千夏はそう思った。

 半年間行方を眩ましていて居た父の情報は、病院からの『大変危険な状態です。今蘇生処置してます』との穏やかで無い物だった。

 父が居なくなった後から母は、心の支えの夫が居ないと不安がるようになり、千夏がシッカリするしか生きる術が無かった。千夏が母の代わりに家の中の事をしながらアルバイトで生計を立てた。新聞配達の他に、学校で認められて居ないコンビニのアルバイトを高校生と年齢を偽ってやって居た。

 父の行方不明で神経をすり減らして居た中、突然『覚醒剤中毒』と人には言いづらい理由で逝ってしまった父。不安定な心を日に日に悪化させて行った母は、今日の父の死で彼女のか細い柱がポッキリ折れて制御が効かなくなった。そしていずれ面白おかしく関わって来たがるであろう世間と戦って行く事を考えると、千夏は悲しんでいる時間すら無かった。

 父の遺体の処置も終わりストレッチャーで処置室から父の遺体が運び出された。

 母はストレッチャーが動いている時も父にしがみ付いて狂ったように泣きじゃくった。

「ちょっと、真っ直ぐ運べないじゃ無いですか!離れてください」

看護師に素気なく言われても母はしがみついて居た。

「もう!いい加減にしてください! 」

「放って起きなよ」

看護師の呆れた様な会話を横目に、千夏は後ろを着いて行った。

 裏口を開けると遺体の搬送車はもう到着して居た。車に父を移す時も母はしがみ付いて居て、千夏が母を引き剥がした。

 その時にもう一台、遺体を搬送する為の車がある事に千夏は気付いた。その車の中に同じクラスの鈴岡美緒が乗って居るのを見つけた。

『何で美緒が居るの⁉︎ 』

 ドキリとした千夏は思わず身を隠した。そして美緒達が乗った車が走り去るのを確かめてから 車に乗る父に手を合わせた。

 思わず隠れた自分の惨めさに千夏は、投げやりに『私何やってるんだか…』とクスッと笑った。

 搬送車のドアが閉まり発車すると、看護師達はため息混じりに軽くお辞儀をして病院内に戻った。

 

 鈴岡家の葬儀は、父が生前働いていた職場の関係者や美緒のクラスメイトの参列もあり、多くの人達に悼まれながら執り行われた。

 一方千夏の父は亡くなり方もあり、なるべく人知れず荼毘に伏す形となった。

 母は相変わらず父の遺影を抱きながら毎日泣き暮らしている。古いアパートからは母の狂おしい泣き声がいつも漏れていた。

 大家は興味ありげに

「ねぇ、葬儀屋みたいな車に来てたけど、誰か亡くなったの? 」

と千夏に尋ねてきた。

「父が…」

千夏が言い終わる前に大家は

「えー⁉︎お父さん⁉︎家賃どうすんのよ!3ヶ月未払いあんのよ貴方達!これ以上未払い溜められたらこっちも困るんだけど!で、何で死んだの? 」

と更に深掘りして聞いてきた。あまりにも露骨な態度に反撃する気持ちにもなれず、

「突然死です」

とだけ千夏は答えた。

「あらそう、兎に角家賃は滞納しないでよ!後3ヶ月分も忘れたら困るからね! 」

と言って大家は自室に戻った。

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