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ジャスミンが権左衛門の死を不審に思った理由

 店の壁にかかっている丸い時計が二時を示した。入口の自動ドアが開き、青いデニムのホットパンツに白いTシャツ、オレンジのパーカー姿のジャスミンが現れた。仕事中はポニーテールだが今は肩まで艶やかな黒髪を下ろしている。

「オーッ! ジャスミンチャン、ソウキュート!」ジョージがレジの奥で嬉しそうにジャスミンを迎えた。

「スミマセン、ジョージサン、長谷川サン。お仕事中にオジャマして・・・」ジャスミンは申し訳なさそうにレジカウンターの奥にいる俺とジョージの間に入ってきた。

「ジャスミンチャン、何かノミマスカ? ジャスミンチャンはアイスコーヒーが好きデショ」ニタニタしているアフリカ系アメリカ人は二百二十円をレジに放り込むと、アイスコーヒーを二つ作って、一つをジャスミンに手渡した。

「アッ、ジョージさん、いつもありがとうございます」ジョージの奴、いつも俺にコーヒーをねだるくせにジャスミンの前では太っ腹なのか?

「オーッ、ジョージはジェントルマンだ、ワン。あたし達もコーヒーほしい、ワン!」

「フフフッ、OK。ヨーコチャンと坂下クンもアイスコーヒーでいいデスカ? 霊化するのはセコイハセガワサンにお願いシマスネーッ」セコイとは何だ! いつも幽霊分は俺がおごっているのに。

 俺はヨーコと坂下分のアイスコーヒーが入った紙コップに手をかざし霊化した。少し透けて見える霊化したアイスコーヒーの入った紙コップを見て、ジャスミンは驚いた。

「長谷川サン、凄いですネー」ジャスミンの頬が少し赤くなっていた。

「ソレハ、ハセガワサンの唯一の取り柄デスカラネーッ」ふっふっふっ、ジョージが珍しく悔しそうな顔をしている。

「お兄様、鼻の下を伸ばしていないで、そろそろジャスミンさんの悩みを聞いたらどうですか?」

「そうだワン。あたしたちも忙しいのに時間をつくったのだ、ワン」忙しい? お前ら二人はいつも暇だろ! 幽霊だから。

 俺は少しムカッときたが、また呼吸を整えジャスミンの方を向いた。

「ジャスミンさん・・・、幽霊になった権左衛門さんが亡くなったとき、不審に思ったことはどんなことかな?」俺は敢えて単刀直入に訊いた。

「権左衛門サンは高齢なので、急に体調が悪くなるコトはあったと思いマス。デモ、権左衛門サンの死に顔を見たら、何かナットクしていないように感じマシタ」ジャスミンは眉間に少し皺を浮かべて答えた。

「ナットクしてないデスカ?」ジョージと俺はヨーコと坂下を見た。それにつられてジャスミンも幽霊二人を見た。

「ど、ど、どーしたのだ、ワン。みんなあたしたちを見て? ワンワン」ヨーコは少し驚いた。

「ヨーコさん、権左衛門さんが亡くなった状況は僕たちと似ているとお兄様とジョージさんは感じたようです。そうでしょ?」坂下は眉間に右手の人差し指をあて名探偵のようなポーズをした。似合っていない・・・、奴の言っていることは当たってるけど。

「ジャスミンさん。ジャスミンさんは、権左衛門さんが自分の突然の死に驚いている、そしてそのことに全然納得していないと、感じたのかな?」

「アッ、そうデス。その通りデス」ジャスミンは俺を見た。

「ジャスミンチャン、権左衛門サンの死因は何デスカ?」ジョージがいきなり真面目モードになっていた。ジャスミンは不思議そうにジョージを見て答えた。

「えっと・・・急性心筋梗塞だと上のヒト、ケアマネージャーさんが言ってマシタ」

「フーン、ジャア権左衛門サンは心臓が悪かったのデスカ?」

「イイエ、権左衛門サンは心臓は悪くなかったデス。少し血圧は高かったケド、それはオクスリで安定していたと思いマス。ただ認知症はありマシタ・・・・・・」

「権左衛門サンがこけて大ケガしたとかもナイですネ?」

「ハイ、そういうケガもなかったデス」

「ウーン・・・」真面目に考えているジョージは、優秀なFBIの捜査官のように見えてしまう。俺の眼の錯覚か。

「あの、チョット言いにくいことデスガ・・・・・・」ジャスミンは本当に言いにくそうな表情を浮かべていた。いつもバカなことを連発している三人組を前に困惑しているジャスミンを見ると、俺は灯台のある岬でさわやかな潮風が吹いているような風景が目に浮かぶのだ。

「何ですか、ジャスミンチャン、ダイジョウブですヨーッ。ここにいるヒトたちはボクを除いてとてもニブイヒトばかりデスカラ」ジョージはジャスミンのしおらしい様子にいつものヘラヘラ男にもどっていた。

「ジョージ、失礼だ、ワン。あたしは繊細な乙女だ、ワン」お前は能天気な幽霊だ。

「そうですよ、ジョージさん。心外ですね、その言葉は。ガラスの心を持っている、この愛の求道者の僕に対して」勘違い坂下のガラスは曇って捻じれているだろ。

「いいよ、ジャスミンさん、気にしなくて。この二人の幽霊はタフだから何を言ってもいいよ」俺はこれまで他の人に対してこんな優しい言い方をしたことがなかったので、自分にビックリした。ジョージの奴、それに気づいたのかニタニタしている。

「アッ、ハイ。分かりました。亡くなった権左衛門サンを見たときの雰囲気とヨーコさん、坂下サンの雰囲気が全く同じだと感じマシタ」

「ふーん」俺は首を傾げた。

「ジャスミンチャンはこれまでもユーレイのいるフンイキを感じたことや、声をキイタコトがアルデショ?」

「アッ、ハイ・・・」

「権左衛門サンはコレまで感じたユーレイとはチガッタのデスネーッ」

「アッ、そうです。全然違いマス。ヨーコさん、坂下サン、権左衛門サンは雰囲気が全く同じデス!」

「アチャー、あたし達、あのエッチな権チャンと同じなのか、ワン?」女子高生幽霊は首を捻った。

「失礼な、僕はあんなエッチな人間ではありませんよ。神に誓って宣言しますが、僕の美月さんへの愛は清らかで崇高でプラトニックなものです」幽霊だからな・・・、物理的には何もできないし。

「それでもーっ、ジャスミンちゃんが言うにはあたし達三人は特別なのか、ワン?」確かに特別だ、変な意味で。

「ふふーん、僕たち三人はジャスミンさんに選ばれたスペシャルな幽霊なのですねーっ」激しいナルシスト坂下も誤解していた。ジョージは少し困った顔をしている。俺はジャスミンを見てジョージに目配せした。

「権左衛門サンがヨーコチャンと坂下クンとフンイキが同じというコトハ、三人ともコロサレタというコトデショ? ソウ思っているのカナ、ジャスミチャン?」

「アッ、ハイ・・・・・・」ジャスミンは不安そうに俺とジョージを見た。

「でもさ、権チャンの死体には目立った外傷はなかったんだ、ワン? あたし達みたいに首をビャーと切られるとか、ワンワン」一年半も幽霊をやってるとスゴイこと言うな。

「エエッ、そうデス」ジャスミンは小さく頷いた。

「目立った外傷がなくても権左衛門さんの死体に、ものすごい違和感を覚えたのですね、ジャスミンさんは・・・・・・。以前お話したように、僕とヨーコさんはあの恐ろしい妖刀『黒蛇』の力で、殺された場所に張りつけられていましたからねぇ」そんなことまで話していたのか、坂下は。見るとジョージもヨーコもウンウンと頷きながら迷探偵坂下の話を聞いている。チーム・ジョージの奴らはジャスミンに対してもデリカシーの欠片もないな。ジャスミンが不安がるわけだ。

「アッ、アノーッ、権左衛門サンが亡くなったのは明け方デシタ・・・。ワタシは八時過ぎに出勤シテ、権左衛門サンが亡くなったコトをケアマネージャーさんから教えられマシタ」

 ジャスミンは俺の方を向いて話している。俺は小さく頷いた。

「亡くなった権左衛門サンの顔は変にポカンとしてマシタ。それから権左衛門サンの幽霊はベッドの下の床のトコロでグーグー眠ってイマシタ」うーん・・・、権左衛門は高齢のためなのか、認知症のためなのか、それとのただのアホなのか、よく分からない行動をする幽霊だな。

「眠っていても、死んだ場所にいたということは、ヨーコさんたちと同じ状況かもしれませんね」疲れた渋い声が聞こえた。

「アッ、ボスだワン。敬礼ッだ、ワン」ヨーコの声と同時に坂下、ジョージは袴田刑事に素早く敬礼した。霊感刑事の袴田さんも照れながら小さく敬礼のポーズをした。

「袴田さん、今日はどうしてここに?」俺はレジの前に来た紺色のポロシャツ姿の袴田刑事に尋ねた。

「いやぁ、先ほどジョージさんから連絡がありましてね」可哀そうに・・・、チーム・ジョージはマトモな時間感覚もないな。

「ジョージ、まだ幽霊に関わる事件と決まっていないのに、袴田さんを呼ぶなよ。袴田さんは忙しいし今は真夜中だぞ」俺はジョージをキッと睨んだ。

「オーッ、だけどヨーコチャンや坂下クンが、権左衛門サンはナニカ事件の匂いがスルと言ってマシタ」

「ヨーコ、何だよ、その事件の匂いっていうのは?」

「アーッ、それはぁ、あのぅ、権チャンも、あたし達と同じでェ、誰かに殺されてェ、数日経ってェ、このお店に来たことだ、ワン」お前、さっきのジャスミンの話で権左衛門が殺されたと思ったばかりだろ。ヨーコは俺の鋭い視線を避けて変な口笛をピーピー吹きだした、

「まだ権左衛門さんは殺されたと決まっていないぞ。それに俺はいろんな幽霊とここで会っているし」

「でもお兄様、最近は僕たちと違う幽霊とは会っていないのではないですか?」坂下が眉間に人差し指を当てて、また名探偵のようなポーズをしている。やはり似合ってない。アレッ? でも坂下の言うとおり最近俺は坂下、ヨーコ、柴丸としか会っていない? 

「チッチッチッ、ハセガワサン。ジャスミンチャンのお話をチャンと聞いていたのデスカ?

権左衛門サンの死に方はアキラカニおかしいデスヨ。それに権左衛門サンは何かにヒッパラレテこのお店に来たんじゃナイデスカ? ヨーコチャンや坂下クンと同じヨウ二」

「・・・・・・」俺は腕を組んで考えた。

「長谷川さん、今の時点ではその権左衛門さんという幽霊がヨーコさんたちの事件と関連するかは不明確です。ただ私の勘ですが、皆さんの話を聞いて、何か引っかかるところはあります。今度その権左衛門さんという幽霊が来たら、彼が死んだときや幽霊になった当初のことを尋ねたらどうでしょうか?」さすがはプロの霊感刑事の言うことは違う。

「そういえばヨーコ、さっきまで権左衛門さんと話していただろ。死んで幽霊になったときのこととか訊かなかったのか?」

「デヘヘヘーッ、権チャンはそんなコト、話さなかったのだ、ワン! あたしのォおっぱいは大きくて形がいいねェとか、肌が白くてェスベスベだねぇっ、可愛いねぇて言って迫られたのだ、ワンワン!」何を喜んでいるんだ、この能天気幽霊は。

「ヒュー! キュートなヨーコチャンはまたオトコのヒトをそのムネで、虜にしまシタネー。ソーセクシィレディー」

「エーッ、あたしはホント罪な女だ、ワン! クモちゃん、ゴメンね~、やきもち焼かないでねぇーッ、ワンワン」カラダだけは発達しているこの女子高生幽霊は、例によって腰や胸をクネクネさせているが、俺はもちろん無視した。

「お兄様、こう言ってはなんですが、美月さんも胸は豊かですよね」

「オーッ! 美月チャンもナイスバディです―ッ」

「妹の美月ちゃんは隠れ巨乳だ、ワン」おバカトリオが揃いもそろって腰や胸を揺らして喜んでいる。

「うるさい、うるさい、うるさい! お前たちはどうしてそう脱線ばかりするんだ! マトモな話をしろ。ハアハアハア、フゥー」血圧が二百を突破しそうだ。おまけに袴田刑事も笑いをかみ殺しているし。

「長谷川サン、ワタシ、今日の夕方もここで仕事デス。もし権左衛門サンが来たら、亡くなったトキや幽霊になったトキのことを訊いてミマス」ジャスミンは何故か先ほどより明るい表情でそう言った。俺はジャスミンの言葉でかなり冷静になった。

「うん、ジャスミンさんがそうしてくれるなら安心だ。おいジョージ、ジャスミンさんとシフト被るだろ。ジャスミンさんに協力しろよ」俺は険しい視線を呑気な同僚に送った。

「オフコース。勿論デス。ジャスミンチャン、ボク達チーム・ジョージがイルからダイジョウブですヨ」ジョージがそう言うと、ジャスミンは不思議そうな顔をした。



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