『救いの森教会』で会った人たち
「長谷川さん、こんばんは」オレンジ色のワンピース姿のジャスミンはやはりキュートだ。
街は夕陽に染まっていて、そして俺は数秒間妖精のような姿に見とれてしまった。
「ああっ、こ、こんばんはっ・・・かな、ジャスミンさん」俺はジーンズに白いTシャツ、それに黒いサマージャケットという代り映えのしない服装で、何だかジャスミンに申し訳ない気がした。
俺とジャスミンは『救いの森教会』の入り口前の広場にいた。以前、赤城史郎と西田夕子と出逢った場所だ。俺は周囲を見渡したけど、今は俺たち二人以外誰もいない。
「あの・・・長谷川さん。長谷川さんに見てもらいたいものがあるのデス」ジャスミンは眉間に小さな皺を寄せて遠慮がちに言った。
「うん? いいよ。何かな」俺は意識して明るく答えた。ジャスミンは肩にかけている黄色いバッグから縦長の白い紙の箱を取り出した。その箱を開けると白い絹が敷かれていた。そして艶やかな絹の上には木の鞘に収まった十五センチほどの刀があった。
「ジャスミンさん、これは、あの・・・」
「はい、昨夜、権左衛門サンが持っていた『灰虎』の本体みたいデス。権左衛門サンが持っていた霊剣よりも小さいと思いマスガ」ジャスミンの手は細かく震えていた。
「ちょっと、見せてもらっていい?」俺が勇気を出したその箱を受け取ると、いつも明るい同僚はフーッと安堵の息を吐いた。俺は箱の蓋を開け右手で鞘に収まった小刀をかざして見た。とくに変わった様子も見つからないし右手の感触も異変は感じない。俺はその小刀を箱に返し蓋をした。
「うーん・・・この刀はとくに変わった感じはしないけど」
「アッ、そうですか。私もそう感じたのデスガ」
「ジャスミンさん、この刀はどうしてジャスミンさんが持っているの?」
「アッ、ハイ、実は今日の朝、職場に行ったら私の机の上にこの紙の箱が置いてありマシタ。私、これは何だろうと開けてみるとこの小刀が入っていたので大変驚きマシタ」
「うーん、そうだねぇーっ」俺は深く頷いた。
「それで、私、これをどうしたらいいのか分からなくて・・・。ダカラ今日、長谷川さんにどうしたらいいか聞きたくて」
「うーん・・・・・・、それをジャスミンさんが持っていても良くない気がする。『黒蛇』も俺の寺にあるし、その『灰虎』の本体も俺が預かろうかな」親父は怖がるだろうけど。
「エッ、そうですか? 長谷川さんは迷惑じゃないですか?」ジャスミンは不安そうな黒い瞳で俺を見つめた。
「うん、大丈夫だよ。お寺は供養する場所だから。それにその『灰虎』もお寺にあった方が害をなさないと思うよ」
「ありがとうございます。長谷川さん」俺はジャスミンの喜ぶ姿を見ると何だか力が湧いてくるような気がした。だから妖刀『灰虎』が入った箱を俺のデイバッグに入れるときもオタオタしなかった。
「それから長谷川さん、もう一つお話したいことがありマス」ジャスミンはまた俺の眼を見つめた。
「んん、何かな??」
「あの、西田夕子サンがしばらく仕事に出てこないみたいです。二ヶ月ほど休職するそうです」
「エッ、そうなの。それでその理由は?」
「職場の人が言うには体調を崩したそうデス・・・」ジャスミンは少し顔を曇らせた。
「そうかぁ」俺は隣にいる同僚が何故困った顔をしているのか分からなかった。
「ごめんなさい、長谷川さん。私が今日の学習会は夕子サンの勧誘を断れなくて、長谷川さんにも一緒に来てもらいまシタ。でも夕子サンはここにも来てないと思いマス。だから長谷川さんがここに来る必要はなくなっていたのに・・・その連絡をしなくて・・・。ごめんなさい」ジャスミンはしょんぼりしている。
「いやいやいや、俺もジャスミンさんに会いたかったし。ジャスミンさんが謝ることないよ」
「エッ、本当ですカ?」ジャスミンが眩しそうに顔を上げた。
「うん、本当だよ。それにこの場所と学習会のテーマ『魂の救済について』も興味あったし」俺は自分の口が相手の感情に合わせて、こんなに滑らかに回転することが不思議だった。
「じゃあ、この学習会に参加しますカ?」ジャスミンはまだ遠慮がちに言っている。このしおらしい所作をジョージ達おバカトリオに見せたいものだ。
「うん、ジャスミンさんと神父さんの話を聞くのも貴重な体験だからね」ジャスミンは弾けるような笑顔を見せた。しかし俺は何故こんなにも流暢に喋れるのだろうか?
俺とジャスミンは小さな教会に足を踏み入れた。入口のドアを開けると中はオレンジ色の照明が点いていて明るい。右手に受付のような場所があったが誰もいない。俺たちは誘われるように真っ直ぐ進むと扉口があった。おそらく聖堂の入り口だろう。その黒いドアに「本日の学習会 魂の救済について 十九時~二十時」という紙が貼ってあった。
俺がドアを開けると聖堂は木製の長椅子が二列に整然と並んでいる。しかしその長椅子に座っている人間は一人しかいなかった。その人間は赤城史郎だった。
赤城史郎は俺を見つけるとニヤとして丁寧にお辞儀をした。俺も反射的に会釈をした。
「長谷川さん、あの男の人を知っているのデスカ?」ジャスミンはちょっと驚いた。
「うん、ちょっとね」俺は赤城史郎について話したくなかった。
俺とジャスミンは右側の列の後ろの方に座った。赤城史郎から離れている場所になる。
午後七時になった。正面にはジーザス・クライストの磔刑の像がある。向かって右手から車椅子に乗った男性と車椅子を押している小柄な女性が入ってきた。二人とも俺の知っている人間―東川靖准教授と土田詔子だった。
「長谷川さん、あの二人も知っているのですカ?」ジャスミンの囁きは少し硬い響きがした。
「うん・・・・・・」俺はそう答えるしかなかった。
早川さんの情報は確かだった。