牛若食堂で俺はアジフライ定食を食べたら
火曜日午後九時三十分に俺は牛若食堂にいて、注文を考えていた。秋彦はミックスフライ定食のご飯大盛、早川さんは担々麺だ。
「じゃあ俺はアジフライ定食で」俺が背の高い店員にそう言うと、秋彦は「フーン」と感心した。
「長谷川さんがフライ定食を注文されるとは。珍しいですね」早川さんは眼鏡のフレームを触りながら、ちょっと笑った。
「何か心境の変化でもあったんじゃないの?」秋彦は早川さんがいつものようにクールな雰囲気なので安心しているみたいだ。早川さんは北山大悟の死を彼が倒れたときから予見していたのだろうか?
「別に、俺だってフライ類は食べるさ」俺は二人の言っている意味が分からない。
「あら、長谷川さんとはよくお食事をご一緒するのですが、フライ関係の定食を注文されたのは今回が初めてだと、わたくしは記憶しているですが」
「そうそう、雲海和尚は脂っこいものは食べないよねぇ、早川さん」
「御仏に仕える方は違いますわ」また訳の分からないことを、この二人は・・・。
「ところで早川さん、雲海和尚。昨日は東川先生の講義が休講になって残念だったね。僕、結構彼の講義、気に言っているんだ」
「そうでしょう、秋彦さん! 東川准教授は北山大悟教授の立派な後継者ですわ。昨夜は北山大悟教授が亡くなられて東川准教授もいろいろ忙しかったと思います」早川さんは箸を止めて隣の秋彦を見ながら喜んだりシュンとしたりしていた。
「そうだね。東川先生は北山教授の理論を受け継ぐから大変だろうなぁ」早川さんは秋彦の言葉に何回も頷いている。俺としては東川准教授が北山大悟の怪しい後継者にならないでほしいと願っているが。
「ところで早川さん、雲海和尚。知ってる? 最近また堀内公園で幽霊が出るんだって」秋彦はエビフライを食べご飯を食べて、そう言った。
「また豊満な女子高生ですか?」ヨーコのことだ。
「いやいや、違うんだよ。今回は何と生首だけの幽霊が出たらしいんだ。眼鏡をかけている首から上だけの男の幽霊!」北山大悟か?
「それはなかなか興味深い現象ですね。幽体のエネルギーが不足しているのかもしれません」さすが早川さんは北山大悟の著書を読み込んでいるだけある。
「雲海和尚だったら、その生首幽霊を見ることが出来るでしょ。仕事に行く途中に堀内公園にちょっと寄ってみたら? 北の森にその首だけ幽霊、出るみたいだよ」
「嫌だ」何故あんな不気味なものを見たい?
「そうですか・・・。わたくしも秋彦さんも雲海和尚様のように霊感があれば北山教授様の理論を実践的に研究できるのですが・・・。残念ですねぇ、秋彦さん」
「あ、ああっ、そうだね。早川さん」秋彦は嬉しさを噛み殺して、わざとらしく嘆息した。しかしどうしてこの二人は、俺が訳の分からない力を持っている霊能力者だと知っているのか。以前、幽霊が見えそうな雰囲気があると非科学的なことを秋彦も早川さんも言ってたけど。
「そうそう、それからね、また堀内公園で人が死んだって、知っている?」
「いえ、存じ上げませんが」
「知らないな」何故か俺の知りたくないことを周囲の人間は俺に知らせるのだ。
「ホームレスの中年男が二人、西の広場で死んじゃったんだって」秋彦は声をひそめて喋ったが、秋彦の声は高いのでよく通る。
「それは殺されたということでしょうか? 秋彦さん」
「そこまではまだ分からないみたい。でも北の森連続殺人事件も未解決だし、今度は西の広場で二人も死んでいるし」
「この二人も連続殺人事件の被害者でしょうか?」
「その線は考えられるね」なるほど、世間一般ではあの北の森連続殺人事件は未解決のままだからな。北山大悟がヨーコたちを殺したことも俺たち数人と幽霊のヨーコ、坂下しか知らないし。
「でも秋彦さん、今回は中年のホームレス男性が亡くなったのでしょう。以前の北の森連続殺人事件の被害者は確か五歳の男の子、女子高校生、男子大学生だったとわたくし記憶しています。この二つの場所の亡くなった方の階層が少し違うような気がしますが」
「アッ、そうだね。うーん・・・でもホームレスの中年男が二人も同じ日に西の広場で死んでいるのはおかしいことじゃないかなぁ」
「そうですねぇ、確かに・・・」
俺は二人の会話を聞きながら黙って食事をした。
「あっ、長谷川さん。東川准教授から北山ゼミナールのご案内が届きましたか?」早川さんは少し硬い声で俺に訊いた。
「北山ゼミナール?」
「ええ、北山教授様の理論を継承発展させる特別なゼミナールです。ほら北山教授様が存命中に長谷川さんはゼミナールに入る資格があると言われたでしょう。そのゼミナールは北山ゼミナールと命名されたようです」嫌な名前だな。
「いや、別に・・・、東川准教授からは何も連絡はないよ」
「あら、そうですか。わたくしの調査によりますと、その北山ゼミナールは今週中に開催されると判明したのですが」早川さんは少しだけ首を傾げた。
「はつっ・・・、早川さん、ほら北山教授が亡くなったから東川先生もいろいろと忙しいんじゃないかな」ふふふっ、秋彦の奴、今「初音ちゃん」と言いかけたな。
「そうですねぇ、秋彦さん・・・・・・」早川さんは涼し気な眼差しを隣の少年っぽい男子学生に向けた。
俺は腕時計を見ると三丁目のコンビニエンスストアに移動する時刻になっていた。