私の職場の介護施設で暮らしている人が、また亡くなりマシタ・・・
月曜日の午後十時三十分、俺は早めに店のレジについた。イートインスペースでは袴田刑事とジョージが話している。ヨーコと坂下も珍しく真面目な表情をしている?
「お疲れ様デス、長谷川さん。土曜日はありがとうございました。とっても美味しかったデス」俺の傍に来たジャスミンの笑顔は春の柔らかな陽光のようだ。
「うん、俺も美味しかったよ」なぜ、ジャスミンの前だとスラスラ言葉が出るのか?
「それで、これはお礼デス。長谷川さんは本をよく読まれるので、使ってくれたら嬉しいデス」
明るいオーラを放つ同僚は透明なクリアファイルを俺に手渡した。透き通ったクリアファイルの中にはフェルトの栞が二つ入っていた。一つはモスグリーンの下地にオレンジとピンクの花が描かれており、もう一つの栞は紺色の下地に白い十字架が浮き出ていた。
「ありがとう。素敵な配色だね。んん? そう言えばジャスミンさんの本名はJasmine Dela Cruz(十字架)Flores(華)だったね」
「ワーッ、私の本名を覚えていてくれたのデスカ。嬉しいデス!」ジャスミンの黒い瞳の奥には夏の夜空のアルタイルのような輝きがある。
「ハセガワサン、何をヘラヘラシテイルのデスカ? チャント仕事してクダサイヨ」ジョージがいきなりレジ前に現れた。こいつ忍者か? それにヘラヘラ男にヘラヘラするなと言われるのは心外だ。
「何だよ、ジョージ。俺はまだ勤務時間外だぞ」俺は壁に掛かっている店の時計を指差しながら言ってやった。
「フフーン、ハセガワサン。制服ヲ着てレジ二ハイレバお仕事ヲシテイルとオモワナケレバイケマセン。コレがプロフェッショナルですヨ」サボりのプロフェッショナルに言われると益々心外だな。ジャスミンは隣でクスクス笑っているし。
「ジャスミンチャン、ハセガワサンに施設ノ出来事ヲ話しマシタカ?」今日のジョージは真面目だ。こいつ、何か変なモノを食べたのだろうか。
「アッ、まだです。えっと、長谷川さん、私の職場の介護施設で暮らしている人が、また亡くなりマシタ・・・急性心筋梗塞らしいデス」ジャスミンは先ほどとは打って変わった表情でそう言った。
「アアッ、そ、そうなの・・・」ウウッ、何と答えたらいいのだろう?
「長谷川さん、私の勤めている施設は入所者さんが亡くなる場所デス。だからそんなに心配しないでクダサイ」
「うん」
「でも亡くなった人は私と相性が良かったので、やはり淋しいデス。それに急に亡くなってしまったので・・・」
「・・・・・・」俺はジョージに目配せした。
「ジャスミンチャン、ナクナッタ人ノ名前ヲ、ハセガワサンにシラセタラどうカナ?」
「アッ、ハイ。林桃子サンと言います。かなりクセのある人だと言われていました。でも全然、そんなことなくて、私はとても話しやすかったデス」
「ウーン」俺はやはりこういう時、何と言っていいか分からない。
「ヤッパリ、コレはアノ怪しい妖刀ガカンケイシタ殺人事件デスヨ!」
「何だよ、ジョージいきなり?」俺はビックリしたが、ジョージは相変わらず例の真面目モードだ。
「フフフッ、ハセガワサン。チーム・ジョージノチカラを見くびらないでデクダサイ」
「チーム・ジョージってお前がヨーコや坂下とくだらない話をしてるだけだろ」
「オーマイガー!」ジョージは大げさに両手を広げ、天を仰いだ。
「チガイマスヨ。ボクハ袴田刑事さんカラキノウのホームレスガ二人シンダコトやジャスミンチャンカラ西田夕子サンガ変わったコトトカ、チャント知ってイマスヨ」
「ワイドショーの芸能レポーターみたいだな」
「へヘヘーッ、ソウデスカ」こいつ否定しないのか?
「ジョージ、じゃあ訊くけど、その妖刀を持っている犯人は誰だよ?」
「チーム・ジョージノ頭脳、ヨーコチャンと坂下クンとボクガ推理シマシタ」チーム・ジョージの煩悩の集まりじゃないのか。
「ソノ結果、ハンニンハ西田夕子サンデス!」またジャスミンの目の前でデリカシーのないことを言い切ったな。それにジョージは西田夕子のファンじゃなかったのか?
「ジャスミンさん・・・」俺はジョージを睨みそしてジャスミンを見た。
「アッ、長谷川さん、大丈夫デス。先ほどジョージさんたちから聞きましたカラ」ジャスミンはクールだった。
「フフフッ、ジャスミンチャンはタフデスヨ。ハセガワサンミタイニ、ヘタレのビビりじゃナイデスカラ」
「うるさいな!」俺はまたジョージをキッと睨んだが、こいつはいつの間にかヘラヘラ男になっている。
「西田夕子サンがハンニンとイッテモ、早川サンのヨウ二操られてイルカモシレマセン」
「ふーん、じゃあ誰が西田さんを操っているんだよ?」
「アーッウーッ・・・ソ、ソレハァ、アノーッワルモノガ集まっているソシキがアッテ、ソ、ソ、ソコノボスガ西田夕子サンを操ってイルンジャジャナイカナ?」
「何だよ、その悪者の組織っていうのは」隣でジャスミンが笑うのをこらえている。
「エーットウ、ソレハデスネェーッ。アッ! ソウデス、アノ北山大悟ヲシンジテイル、ヘンテコなヒトタチデスヨ」ヘンテコな人たちはお前、ヨーコ、坂下だ。
「ジョージ、お前、今そのことを思いついただろ」俺はジョージに疑惑の眼差しを向けると、百九十センチの大男は視線をあらぬ方へと向けた。
「ソ、ソ・・・、ソンナコトナイデスよ」
「それに悪者の組織のボスは北山大悟だろ。あいつは一昨日の朝、死んだじゃないか。お前も知ってるだろ。それに生首幽霊もヘナヘナだし。もう北山は何も出来ないぞ」
「ウッ・・・、ハセガワサンにシテハ鋭いツッコミデスネーッ。何かヘンナモノデモ食べマシタカ?」
「うるさいな! 変なものなんか食べてないぞ」
「しかし、その西田夕子さんという人は今回の不可解な事件に何らかの関りはあるみたいですね」紺色のくたびれたポロシャツを着ている袴田刑事の声がジョージの後ろから聞こえた。
「ソーデショ、ソーデショ。ホラ袴田刑事サンもボクタチト同じカンガエデスヨ、ネーッ」
「袴田さんは西田さんを犯人だとは言ってないぞ」
「アッ、ソウデシターッ」人の話を聞け。
「ところで長谷川さん、今朝、死亡したホームレスがこの二人です」
袴田さんはスマートフォンの画面を俺に向けた。そこには元気のない中年男の顔が二人映っていた。俺もジャスミンもその二人の男に見覚えはなかった。さっきまでイートインスペースで袴田さんと話していたジョージも坂下も死亡したホームレスとは面識はなかったようだ。たがヨーコは「うーん・・・このヒトたち、公園でぇ見たことがあったかにゃ? ワンワン?」と曖昧なことを言ったらしい。ヨーコは長く堀内公園北の森で寝泊まりしているからなぁ・・・。
「長谷川さん、亡くなった二人は、上の方の坊主頭が国津信二、下の長髪が天野和久と言います。実はこの二人は前科があるのです。重大な罪を犯しているわけではないですが、窃盗、詐欺、無銭飲食、軽い傷害事件などをちょくちょくやっている。そのことはやはり何か引っかかります」
入口の自動ドアが開き灰色のスーツを着た男性が入って来た。袴田さんはイートインスペースに戻りジョージは隣のレジに入った。
俺は袴田さんの報告を聞いて今朝の赤城史郎の話を思い出した。死んだホームレス二人はワルモノだということ・・・・・・。(憎しみを抱くとか人を貶めることでしか生きていけない輩もいますのねでぇ)その言葉が頭に引っかかっている。
「あの、長谷川さん」ジャスミンが俺の右手の小指をちょっとだけ引っ張った。
「アッ、ジャスミンさん、どうしたの?」
「あの・・・、長谷川さん。この間にお知らせした夕子サンの学習会ですが、私・・・、
出席することにシマシタ」
「エッ、そうなの? あまり行きたくないんじゃないの」
「ええ、そうですが・・・、断りづらい雰囲気があって。それに夕子サンのことをもう少し知りたいデス。それで、アノ・・・」ジャスミンは俯いて話していた。
「うん、分かった。木曜日の夜の七時半だったよね、その学習会は。俺もジャスミンさんと一緒に行くよ」いくら鈍い俺でもジャスミンの言わんとしていることは分かるのだ。
「ホントですか! 嬉しいデス。ありがとうございます」キュートなジャスミンが更に可愛く見える。
「アッ、でも長谷川さん、その日は大切なお休みの日ですよネ。迷惑じゃないですか?」
「いやいや、そんなことないよ。ジャスミンさんと一緒なら学習会ってのも楽しそうだし。それに西田さんのことを俺も少しは分かるかもしれないし」
「アッ、そうですね。フフフッ、ありがとうございます。長谷川さん、じゃあ私上がりマス」
ジャスミンは微笑むと、接客しているジョージにも声をかけスタッフルームに消えて行った。
「アリガトーゴザイマシタ」
「ありがとうございました」灰色のスーツ男がビニール袋を持って出て行った。
「ハセガワサン、サイキン、ジャスミンチャンと仲が良いデスネーッ。ラブラブデスカァ?」
「違う! 同僚として悩みを聞いているだけだ」
「ホントデスカ? マアイイですゥ」
「何が、まあいいですぅだ」俺はキっと睨んだが能天気アメリカ人には全く効果はない。
「トコロデ、ジャスミンチャンがイッテイタ学習会って夕子サンガ来るのデショウ?」
「そうだけど」
「ナニカ、チョット、怪しいデスヨ」
「何が怪しいんだ? 西田さんがこの不可解な事件の犯人だから妖刀で俺たちに変なことをするってことか」
「エーッ、ソンナコト言ってナイデスヨ」
「さっき、そう言ってただろ!」
「アッ、イッテマシタネーッ。ワスレテマシタ、アハハ」相変わらず無責任男だな。
「でも、この不可解な出来事に彼女が何らかの関りはあると思う」
「ソウデスネ」ジョージも真剣な表情で頷いた。俺はそのとき脳裏に心配している美月の顔が浮かんだ。