表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/30

神様が人に与えた永遠の宿題

 朝七時に同僚の山田さんに引継ぎを済ませると俺は店を出た。もうすぐ増田店長もヘルプに来るはずだ。

 今朝はどんよりとした曇り空だけど朝の光が眩しく感じる。俺は遮光眼鏡をかけ愛用の自転車でのんびりと走っていた。実を言うと俺はスピードを出すのが怖くて、自転車で速く走ることができないのだ。美月は「お兄ちゃん、安全運転でいいじゃない」と言ってくれるが。

 堀内公園北の森入り口付近に来ると見慣れた人間に出会った。

「袴田さん」霊感刑事はくたびれた紺のサマースーツを着て眩しそうにしている。

「長谷川さん、やはりこの時間帯は仕事帰りにここを通るのですね」袴田さんは目をショボショボさせながら言った。

「ええ、そうです。袴田さんこそ、こんな朝早くどうしたんです?」霊感刑事は夜活動するタイプだが・・・。

「まあ長谷川さんにはお伝えしますが、今朝早く私に通報がありまして、堀内公園西の広場でホームレス男性二人が死亡していると。現場に行くと二人の男性が既に死亡していました。死因についてはこれから監察のほうで明らかにしてくれますが、何か変な感じがします」袴田さんはそう言うと胸ポケットからセブンスターを取り出し百円ライターで火をつけた。

「袴田さん、昨日あの北山大悟が死んだことはご存知ですよね?」

「ええ、これまでよく生きていたと思いますが」袴田さんは感慨深そうに白い煙を吐き出した。

「あの北山大悟の生首幽霊が昨夜、俺の店に現れたのです」

「エッ! 魂がほとんどない北山大悟がまだ霊体として現れたのですか?」

「その生首は『この壊れた世界は私の後継者が救う』って相変わらずのことを言って消えてしまいましたが」

「うーん・・・」霊感刑事のしょぼくれた目は強い光を放っていた。

「それからここ北の森で数日前に出会ったホームレスだと思うのですが、赤城史郎という中年男性の霊体も昨夜、店に現れたのです」

「ほぉ、そうですか。ひょっとしたら、その赤城史郎と言う男性が亡くなった人の一人かもしれませんね」袴田さんは深く煙草を吸いながら考えていた。俺は赤城史郎の容姿を詳しく霊感刑事に伝えた。彼は俺の話を聞くと首を捻った。

「うーん・・・、先ほど私が見たホームレスらしき死亡者二人とは違うようですね。また長谷川さんにはこの件に関して確認してもらうことになると思いますが」

 美月が言うように俺の周囲は慌ただしくなってきている。やはり北山大悟が持っていたような妖刀を使った殺人事件が連続して起こっているのだろうか・・・。

「長谷川さん、残念ながら今回も妖刀絡みの連続殺人事件だと私は思います」袴田刑事は吸い終えた煙草を茶色の携帯灰皿に入れた。

「はい・・・・・・」俺もそう思っていた。

「ただ今回の事件は殺人が行われたことが分かりにくいと思います。犯人はとても巧妙だ」

「ええ」俺は頷いた。

「また美月さんにもご協力願わなければなりませんが・・・」霊感刑事は短い髪の毛を右手で搔きながら言った。その時、俺の背後から急に気配がして、俺と袴田刑事は振り返った。

「へへへッ、おはようございます、長谷川雲海さん。相変わらず眩しい日が続きますねぇ。その眼鏡も似合ってますよ」麦わら帽子を被った赤城史郎は曇天の下、紅い眼をパチパチとしばたたせている。

「赤城さん!」俺はウサギと自称するホームレスがいきなり出現したように感じた。

「長谷川さん、こちらの方は?」霊感刑事は白々しく訊いた。

「あっ、この人は最近知り合いになった赤城史郎さんです。俺がこの公園の北の森で休んでいたときに声をかけてくれて・・・」

「へへへッ、赤城史郎と申します。ウサギと呼んで頂いても結構ですよ、へへッ。この公園で寝泊まりしています。あなた、刑事さんでしょ? へへへッ」

「エッ?」とだけ袴田刑事は答えた。

「まあまあ隠さなくてもいいじゃありませんか、刑事さん。あたしゃ長谷川さんを気に入っているんですよ。あなたも長谷川さんのお友だちでしょ。小さな白猫ちゃんも見えるでしょう?」

「・・・・・・」袴田刑事は少し緊張を緩めたようだ。

「どうしてあたしがあなたを刑事だって分かったか知りたいでしょう? へへッ、簡単ですよ。先ほど事件があってこの公園であたしと同類の人間が二人死にましたでしょう。その現場確認にあなた、来られたじゃないですか。へへへッ」

「私が現場確認しているところを見たのですか?」

「へヘヘーッ、まあそういうところです」

「ふむ」袴田さんは訝し気に赤城史郎を見た。

「私は特殊事件捜査係の袴田と言います・・・」袴田さんは事務的にそう言った。

「袴田刑事さんですか。へへッ、よろしくお願いします」

「私が身分を明かしたので、赤城さん、あなたに何点か訊いてもいいですか?」

「ええ構いませんよ。大切な雲海さんのお友だちですから」赤城史郎はチラッと紅い眼で俺を見た。

「赤城さん、あなたは今朝発見された二人とは面識がありましたか?」

「あたしゃ最近こっちに引っ越してきましたからねぇ。へへッ、引っ越しと言っても住む家なんぞありませんが。それにあまり人づきあいの良い方じゃございませんので」

「それでは、面識はなかったと」

「いやいや、同類相憐れむじゃないですけど、全く知らないってことはないですよ、へへッ、」霊感刑事はちょっと「ムッ」とした。

「あの二人は好きじゃなかったんですよ。あたしの嫌いなタイプ。へヘヘーッ、でもあたしが殺したんじゃないですよ。袴田刑事さんは優秀だから、そんなことぐらいはお分かりでしょうがねぇ」赤城史郎は粘りつくような笑い顔をしていたが紅い眼は笑っていなかった。

「あの二人の死亡に関してはまだ事件性があるかないかは分かっていませんが」

「へヘヘーッ、さすが雲海さんのお友だちですねぇ。それでは一つ、お教えしましょう。大切なお話ですから、忘れないで下さいね。あたしゃ、自分の言ったことをすぐ忘れてしまいますので、ヘヘーッ、どうしようもないですね、この脳みそは、ヘヘーッ。刑事さん、あの二人は悪者ですよ、ヒヒッ。おっと、ワルモノと言っても人を殺したりしたとか、女性に乱暴したとかじゃありませんよ。あの二人は恨み、つらみ、妬み、憎しみがとても多い馬鹿者でした。ほらいるじゃないですか、近くにいたら息苦しくなるとか、カラダが冷えてくるとか、気が重くなるとか、そんな人間が。あの二人はまさにそんな人間でしたよ。へへッ、だからマトモな死に方はしないと思っていたら、案の定くたばりましたねぇ。でもねぇ、死に顔が意外と静かな感じだったですよ。もっと鬼や夜叉のような顔で死ぬかと思っていたのですが、ねぇ・・・・・・ヘヘ。不思議ですねぇ、死ぬと悪いところも全部どっかに行っちゃうんですかね? それとも悪いところを持っていかれたから死んじゃったのかもしれませんねぇ。憎しみを抱くとか人を貶めることでしか生きていけない輩もいますのねでぇ・・・。へへッ、雲海さんも袴田刑事さんももちろん、そんな人間じゃありませんから安心してもいいですよぅ、へへッ。でもまあ。だれしも自分の中に悪を持っていることは、お二人ともお分かりでしょう? その悪をどう手なづけるかっていうことは、神様が人様に与えた永遠の宿題みたいなものですねぇ。へへへっ、あたしは字が書けないから、この宿題は解けそうにもありませんがねぇ。雲海さんならこの宿題は解けるかもしれませんよ・・・。そう思いませんか、袴田刑事さん?」

「ウム」霊感刑事は先ほどとは違った雰囲気で答えた。

「赤城さん、昨夜遅く俺の店に来ませんでしたか?」俺は何故か訊いてしまっていた。

「昨夜、遅くですか? あまり覚えていませんね、申し訳ありませんが。こんな頭なもんですから。へへッ、でもあたしぁ雲海さんに無性に会いたくなる時がありますからねぇ。雲海さんはご迷惑でしょうが」

「いや、別にそんなことはないです」俺はむず痒い気がした。

「へヘヘーッそりぁあ嬉しいですねぇ。ありがとうございます、雲海さん。ところで、もうだいぶお日様の光が強くなりました。雲海さん、袴田刑事さん、あたしの眼はウサギですから、ほらぁ紅いでしょう。だからもう退散しますね。朝からお二人とお話できて良かったですよ。それでは、雲海さん、また会えるときを楽しみにしております、ヒヒッ」赤城史郎はゆっくりと体を後ろに向かせて、右左にユルユル揺れながら堀内公園北の森の入り口に帰って行った。俺と袴田刑事はウサギと自称する男が北の森に消えていくまで見続けていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ