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ジャスミンの涙の意味を俺は考えたけど・・・

 秋彦、早川さんと別れて腕時計を見ると午後五時十五分だった。駐輪場で自転車の施錠を解いたとき、俺のスマートフォンが鳴った。スマートフォンの画面を見るとジャスミンの名前が表示されていた。

「ハイ、長谷川だけど、ジャスミンさん、どうしたの?」

「アッ、長谷川さん、スミマセン、お休みのところ。ジャスミンです」

「何か用かな?」

「ハイ、あのゥ長谷川さん・・・。急な話で本当に申し訳ないのですガ、今から時間をつくってくれませんカ?」

「今から?」俺はこれから家に帰って美月と夕食をとる予定だった。

「アーッ、いいよ。俺も今日は休みだし。どこに行ったらいいのかな?」

「ありがとうございます! 私、嬉しいデス。長谷川さん、お話しする場所は、堀内公園西側のファミリーレストランにしませんか?」

「ハイハイ。確か『レインボー』っていうファミレスだったよね」

「ハイ、『レインボー』です。私、今から部屋を出ますので三十分後には着くと思います」

「うん、俺も大体そのぐらいには行けると思う」

「分かりました。じゃあ、また後で。長谷川さん」

「ハーイ、またね」スマートフォンをリュックのポケットに入れると、笑顔のジャスミンと頬を膨らませて怒っている美月の顔が脳裏に浮かんだ。俺は慌てて美月に夕食がいらなくなったことをメールした。すぐさま美月から返信が来た。

【エーッ、せっかくエビフライ作ったのに、プンプン! でも仕方ないね。お兄ちゃんの周りは慌ただしくなっているから、気をつけてね。帰ったらたくさんお話を聞かせてね。美月】

 俺は美月のメールを読みながら何となく後ろめたい気分になった。血の繋がっていない妹の俺に対する献身的な行為は何なのだろうか?

 俺は頭をモヤモヤさせながら自転車を走らせた。ファミリーレストランの駐輪場に自転車を置くと鉄製の階段を上り二階の自動ドア前で腕時計を見た。五時五十分だった。店内に入りキョロキョロしていると、左手奥の座席から立って俺に右手を振っているジャスミンの姿があった。今日はシックな灰白色のワンピース着ている。

「来てくれて、ありがとうございマス、長谷川さん」ジャスミンは俺が席に座るまで立っている。

「いやいや、ジャスミンさんのお願いなら喜んで・・・・・・」アレッ、俺、ジョージみたいなこと言ってる?

「ジャスミンさん、お腹空いたでしょ? ここは僕に任せてよ。何でも注文して」俺は偉そうに言った。ジャスミンはフィリピンの実家にかなりの仕送りをしているのだ。コンビニのバイト時間も最近十五分延長して頑張っている。

「アッ、そうですか。嬉しいデス。お言葉に甘えてご馳走になりマス」ジャスミンの笑顔は明るい。美月の静かな微笑みとは違う。ウッ、またジョージのヘラヘラ顔が浮かんだ。何故こうも頻繁にあの呆けたヘラヘラ顔が脳裏に浮かぶのか? そしてヨーコが唇を突き出しクネクネした変な踊りも俺の頭の中に現れた! ウウッ、ナルシー坂下の自己陶酔に耽っている虚ろな笑顔まで出てきてしまった。

「どうしましたカ? 長谷川さん」目の前のジャスミンが不思議そうに俺を見た。

「いや、ちょっと大学の友達から相談を受けてね。そのことが少し頭に残っていて」嘘だけど・・・。

「アッ、ソウですか。やっぱり長谷川さんは頼りになるから、いろんな人から相談を受けるのですネ」目の前の同僚は明らかに俺を尊敬の眼差しで見つめていた。

「いやいやいや、俺は話下手だし聞く方が楽だから」これは本音だ。

「でも、お話をちゃんと聞いてくれる人はとても少ないデス。だから長谷川さんはトテモ貴重な人デス」

「そうかなぁ」最近、俺を変に過大評価してくれる人が増えているような気がする。おかしい。

 店のウエイトレスが俺たちのテーブルに来た。ジャスミンはオムライス、俺は和風キノコのパスタ、それからサラダバーとドリンクバーとデザートを注文した。

「ねえ、ジャスミンさん。あなたは最近幽霊が見えるようになったでしょ。怖くない? 一昨日も武吉爺さんがあんなふうになっちゃったし」俺は化け猫に変化した武吉爺さんを思い出し背筋に悪寒が走った。

「アッ、ハイ。確かにあんなのを見たのは初めてだったので驚きマシタ。でも一人じゃなかったんで大丈夫デシタ。それに・・・・・・」ジャスミンは俺を真っ直ぐ見た。

「それに?」

「以前は幽霊の声とか変な音とかが聞こえたり、幽霊がいる雰囲気みたいなのを感じてマシタ。それらは、よく分からないので怖かったデス。でも今はハッキリ見えるので逆に怖くないデス」

「フーン、そうかぁ」幽霊を見てビビりまくる親父とはえらい違いだ。

 ウエイトレスがオムライスを持ってきた。だけどジャスミンは食べようとしない。

「ジャスミンさん、暖かいうちに食べたらどう?」

「アッ、イエ。まだ長谷川さんの和風キノコのパスタがきていませんから」この言葉、ジョージやヨーコに聞かせたいものだ。

「イタダキマース」ジャスミンは俺のメニューがくると、嬉しそうに合掌をして食べ始めた。彼女はオムライスを半分くらい食べたところで、サラダバーに行った。そして俺の分のサラダも持って帰ってくれた。

「ありがとう、ジャスミンさん」

「アッ、イエ。長谷川さんの分も勝手に持ってきましたケド、嫌いなものはありませんか?」

「うん、大丈夫。俺、トマトもポテトサラダも好きだよ」

「ソウですか、良かったデス」

「ところで、今日、何かあったの?」俺はそろそろ話しの本題に入ってもいいと感じていた。

「アッ、ハイ。あのぅ、長谷川さん。今日の昼くらいに夕子サンからこんなメールが届きマシタ」ジャスミンはスマートフォンを操作して、俺に画面を見せた。そこには「学習会のご案内」という文言があった。

「学習会? 魂の救いについて・・・? 来週の木曜日の夜八時からで、場所は『救いの森教会』か」

「アッ、ハイ。長谷川さん、あの、私はクリスチャンです。そして『救いの森教会』は長谷川さんが通っている大学の東にありマス」

「うん」俺は頷いた。

「夕子サンもクリスチャンです」

「うん」俺はまた頷いた。

「エッ、長谷川さん、夕子サンがクリスチャンだと知っていたのデスカ?」

「あっ、ああ。ちょっと前に彼女がその『救いの森教会』でボランティアしているの見たんだ。だからそうかぁって思って」

「アッ、ソウですか・・・」ジャスミンは少し困った顔をして静かになってしまった。俺たちは暫く静かに食事をした。

「あのさ、ジャスミンさん、デザートどうする?」

「アッ、食べたいです!  長谷川さんは何がいいデスカ?」

「うん、一緒に選ぼうか?」俺とジャスミンは食後の飲み物とデザートを選ぶため席を立った。俺はコーヒーではなくてグレープフルーツジュースをグラスに注ぎ、チョコムースを小皿に置いた。

「フフフフッ。長谷川さん、グレープフルーツジュースも好きなのですカ?」ジャスミンは面白そうに笑った。

「グレープフルーツジュースとチョコムースって変かな?」

「イイエ、そんなことないデス」

 椅子に座ったジャスミンはレアチーズケーキをフォークで切りながらそう答えた。そして綺麗に切り分けたケーキを口の中に入れゆっくりと味わいアイスコーヒーを一口飲んだ。

「長谷川さん・・・、最近やはり夕子サンは変わってしまったと思いマス」

「この学習会に誘われたことも、その一つかな?」

「アッ、ハイ。そうデス。以前の夕子サンは私が困ったり悩んだりしたとき、さりげなく話しかけてくれました。とても話やすかったデス。でも今の夕子サンは自分から強引に私に働きかけているような感じデス」

「ジャスミンさんはそれが嫌なんだね」

「アッ、ハイ・・・。夕子サンにはみどり苑に入ったときからお世話になっていて申し訳ない気持ちですけど・・・・・・」ジャスミンは何かを思い出すように黒い瞳を閉じた。

「うーん」例によって俺は良い言葉が見つからなかった。

「あの、長谷川さん。私、宮本武吉サンの言ったことが引っかかるのデス」ジャスミンは眉間に小さな皺を寄せた。

「んん?」

「宮本サン、消える前に『薬・・・注射』って言いました。あれは夕子サンが宮本サンに注射したり薬を処方したんじゃないかなと思いマス」

「西田さんは看護師でもあるんでしょ?」

「ハイ、夕子サンは看護師です」

「でも宮本武吉さんとは関りがなかったんだね?」

「ハイ、夕子サンは施設のケアマネージャーさんだから、とても忙しいデス。宮本サンとは関りがなかったと思ってマシタ」

「だけど武吉爺さんに薬を処方したり注射したりしていたと? 武吉爺さんは西田さんと繋がりが深いと言っていたね」俺の脳に糸がこんがらがったような感触があった。

「それが不思議デス。夕子サンはケアマネージャーさんで看護師で私たちの相談役でもありマス。ボランティア活動もしてます。夕子サンはとても仕事できる人だから、もしかしたら宮本サンと関わりをつくれていたかもしれません。でも、夕子サンは利用者さんと上手く距離をとれる人デス。宮本サンが言った関係にはならないと思うのデス」俺はジャスミンの鋭い観察眼に感心した。

「なるほどーっ」俺は腕を組んで頷くことしかできない。あまり働かない頭でこの間のことを整理しようとした。(東川准教授、権左衛門、ジャスミンの霊的覚醒、ニャン太郎の復帰、新たな妖刀の存在、西田夕子、三井ハルと宮本武吉の消滅、赤城史郎、ホームレス殺害疑惑、北山大悟の死、うーん・・・・・・)

「長谷川さん、このチーズケーキ美味しいデスヨ」ジャスミンはそう言うとフォークに刺さったケーキの小さな塊を俺の口の前に差し出した。俺は何も考えずにパクっとそのケーキを口にしてしまった。

「美味しい・・・・・・んん? アーッ、ごめんジャスミンさん!」俺は動揺し、アタフタと意味もなく顔を左右に動かした。目の前のキュートな同僚は小悪魔的な微笑みを浮かべている。そして彼女はそのフォークで嬉しそうにケーキを一口食べた。俺はぼんやりとジャスミンを見ながら(女の人は分からない)と改めて思った。

「長谷川さん、ホットコーヒーいりますカ?」

「あっ・・・ああ、もらおうかな」

 ジャスミンはスッと立ち上がりドリンクバーに行き、コーヒーカップにホットコーヒーを入れ戻って来た。俺はジャスミンが入れてくれたコーヒーをゆっくりと飲んだ。目の前には黒い瞳のジャスミンが小さく笑っている。俺はその笑顔を見て胸かちチクチク痛んだ。

「ねぇジャスミンさん。少し前に俺が関わった事件、知っているでしょう?」俺は声をひそめて訊いた。

「アッ、ハイ。ジョージさんたちから聞きまシタ。えっと、あのゥ、北山という悪い人のことですネ?」ジャスミンも声をひそめている。

「うん、そう。ジャスミンさんはヨーコや坂下を見ることができるから、例の事件は北山の仕業って理解できるよね。でも北山の事件は世間一般では未解決で通っている」

「ハイ」ジャスミンは小さく頷いた。

「あの事件は俺やジャスミンさんのように霊感が強い人間が関わった事件だ。具体的に言うと俺の変な能力が原因で北山が罪を犯したと思う」

「・・・そして怪しい刀が使われたのですネ」ジャスミンは賢明なので話が早い。俺は彼女の淹れてくれたコーヒーを一口飲んだ。

「ねえ、ジャスミンさん。この一連の老人幽霊事件はやはり死に方が変だと思う。そして俺に関わる事件のようにも思える。最初は俺に関係ないように事態は進むけど最終的には俺のこの変な能力が絡んでくる。そして俺の周りの人を危険にさらしてしまうんだ。ジョージは大ケガをしたし袴田さんも痛い目にあった。幽霊のヨーコですら妖刀に誘われて手を切ってしまった・・・」

「長谷川さん・・・それは」

「ジャスミンさん・・・、あなたが不思議なことに遭遇する原因はやはり俺にあるのだと思う。それは危険を伴うことだ。だからジャスミンさんはできるなら俺と関わらない方がいいと思う」俺は自分がこんなこと言うとは思ってもみなかった。

「長谷川さん・・・・・・私がいると邪魔ですカ?」

「いや、邪魔じゃなくて危険だということで・・・」

「ウウッ・・・」突然ジャスミンの黒い瞳から大粒の涙が零れ落ちテーブルを濡らした。俺はビックリして慌てて青いハンカチを彼女に手渡した。(クモちゃんは鈍いんだ、ワン!)とヨーコの呆れた声が聴こえた。

「ジャスミンさん・・・・・・」さっきまでいろんな笑顔を見せていたジャスミンの急変に俺はなすすべがなかった。周囲の客も俺に冷たい視線を投げかけている。ウウッ、俺はジャスミンに酷いことを言ったのだろうか?

「長谷川さん・・・。私は幽霊が見えるようになって、ヒック、長谷川さんのお手伝いができると思って嬉しかったデス。ウウッ、私のことを心配してくれるのは嬉しいですが、ヒック・・・、私は危険があっても長谷川さんの役に立ちたいデス」いつもは物分かりがいいけど、あることに関しては絶対に譲らない頑固さー美月と一緒だ。(ハセガワサンはホントにオンナノヒトのキモチが分からないニブイチンマンですネーッ)何故またジョージのヘラヘラと勝ち誇った顔が浮かぶのか?

「・・・、それに長谷川さんも私もチーム・ジョージの・・・ヒック、一員デショ?」それは違うぞ、ジャスミン。

「・・・分かった、ジャスミンさん。さっき俺が言ったことは取り消すよ」濡れた黒い瞳にすがるように見つめられると、そう言うしかないのだ。それに今回の不可解な出来事はジャスミンを中心に回っている気もするし。

「ホント・・・ですカ?」ジャスミンは俺が渡したハンカチで目の下を押さえている。

「うん、この不可解な出来事を一緒に解決していこう、ジャスミさん」何かナルシー坂下が言うようなセリフなので、俺は背中がムズ痒くなった。

「アッ、ハイ」泣いていたキュートな同僚がようやく笑った。そして彼女はアイスコーヒーを飲んでフーッと息を吐いた。そのときスマートフォンのバイブレーション音が聴こえた。ジャスミンは隣の席に置いてある厚手の布のバッグからスマートフォンを取り出して画面を見た。

「長谷川さん、夕子サンからデス」彼女はそう言うとスマートフォンを右耳に近づけて話し始めた。もっともジャスミンは「ハイ」とか「エエッ」とか答えるだけで「分かりマシタ」と言うと話は終わってしまった。

「長谷川さん、夕子サンからの電話はさっきの勉強会のことデス」

「参加してほしいってことかな」

「ハイ、そうデス。そしてできるのなら長谷川さんを誘って一緒に参加してほしいと夕子サンは言っていまシタ」ジャスミンは戸惑いながら少し嬉しそうに言った。




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