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美月との朝食、そして東川准教授との夕食

「はい、お兄ちゃん、コーヒー」朝食をとった俺に美月は二杯目のコーヒーを淹れてくれた。

「ああ、ありがと・・・」俺は妹の淹れたコーヒーを一口味わい一息ついた。美月の美しい銀色の瞳が心配そうだ。

「お兄ちゃん、相変わらず大変だね」俺の左斜め横に座っている美月も二杯目のコーヒーを飲んだ。俺は天才的な頭脳を持つ妹にここ数日の出来事を話した。権左衛門の治療、みどり苑関係者の孤独死、西田夕子の来店、三井ハルの消滅などだ。

大学院で理論物理学を研究している美月にとって、俺の話はヘンテコな人間の妄想のように思われても仕方がない。だけど美月はいつも俺の話を真剣に聞いてくれる。そして彼女の推理のおかげで北山大悟の連続殺人を止めることもできたし、俺も救われた。

「お兄ちゃん、その三井ハルさんというお婆さん幽霊が灰色の炎に包まれて消滅したって言ったけど、そういう現象をお兄ちゃんは初めて見たのかな?」美月は意外な質問をした。俺は美月が権左衛門や三井ハルが何者かに殺されたのではないのか、ということを話題にするのかと思っていたからだ。

「あ、ああっ。俺も幽霊をたくさん見てきたけど、炎に包まれて消滅したケースは今回が初めてだ」灰色の炎に包まれた三井ハルが化け猫顔になったことを思い出し、一瞬寒気がした。

「ごめんね、お兄ちゃん。嫌なことを思い出させて・・・」美月が悲しそうに俺を見たので、俺は慌てて右手を左右に振った。

「いやいや、そんなことはないよ、大丈夫、大丈夫。だけど美月、どうしてそのことが引っかかるんだ?」怖がり屋の俺は無理して明るく言った。

「うん、話は遡るのだけど、お兄ちゃんが北山教授と対決した時のことに関係あると思うの。あの時、北山教授はお兄ちゃんに憑依しようとして幽体離脱したでしょ」

「・・・うん」俺はまた震えそうになったが我慢した。

「その北山教授の幽体はトカゲというか蛇みたいなお化けだったのでしょう?」

「あ、ああっ」俺は二回震えてしまった。美月はそっと俺の左手を握った。

「北山教授の幽体がお化けみたいになったのはあの妖刀黒蛇のせいでしょう?」

「あっ、じゃあ三井ハル婆さんが化け猫顔になったのも妖刀のせいか?」美月は頷いた。

「北山大悟が妖刀黒蛇を手放したことは袴田さんも美月も謎だと言っていたしなぁ。今回の化け猫現象も違う妖刀の仕業かもしれないのか、美月?」

「うん、黒蛇とは違う妖刀が存在するみたい・・・」美月は言いにくそうに答えた。俺はあんなややこしい刀がまだこの世に存在するのかと思うと、やはりうんざりした。権左衛門のたるんだ尻に×印の傷跡を見たとき、そう思ってはいたが。

「お兄ちゃん、あくまで私の推論だから、違うかもしれないよ・・・」美月は明るく言った。だけど俺のこれまでの経験から鑑みると、物事の推移は美月の言ったようになるのだ。

「なあ、美月。権左衛門や三井ハルたちはやはり殺されたのだろうか?」俺は気を取り直して一番知りたいことを名探偵に訊いた。(カッコつけ迷探偵の坂下には当然訊かない)

「残念だけど今の時点では殺人の可能性はかなり高いと思う。でもお兄ちゃんには頼りになる仲間がいるしね、大丈夫!」頼りになる仲間? 袴田さんは霊感刑事で頭も切れるし確かに頼りにはなる、腕っぷしは弱いけど。ジョージは頼りになるような、ならないような・・・。ヨーコと坂下はうるさいだけで役に立たないし、権左衛門に至っては論外だ。霊獣のシロは何処かへ行ってしまったし、柴丸やニャン太郎は小っちゃいし。ンン? アレッ? 急にジャスミンの真剣な眼差しが浮かんできた。どういうことだ?

「お兄ちゃん、私もお兄ちゃんのためなら何でもするからね」美月は俺の左手を白い両手でふんわりと包んでくれた。

 俺にとって一番頼りになるのはもちろん美月だけど、彼女の熱のある言葉に俺は何故か、ほんの少しだけ気圧されてしまったのだ。



 六限目の講義が終わり俺は学生食堂で天ぷらうどんをすすっていた。

「今夜はお一人ですか?」俺の左隣に車椅子に乗った東川靖准教授がいた。いつの間にか左隣にあった椅子はのけられている。車椅子の左隣には土田詔子が座っている。

「長谷川君、隣、かまわないかな?」東川准教授は爽やかな笑顔を見せている。二枚目俳優のような親密な笑顔でそう訊かれると断ることは困難だった。

「あっ・・・、はい、どうぞ」

「ありがとう」東川准教授はそう答えると、カレーライスの乗ったクリーム色のトレイをテーブルに置いた。

「いやぁ、美味しそうだ。さすがにこの時刻になるとお腹が空きますね」ハンサムな准教授は豪快にカレーライスを食べ始めた。カレーの乗っているご飯をたくさん口に放り込むと嬉しそうに咀嚼して、学生食堂のカレーライスを味わっている。なかなか豪快な食べ方だけど何故かエレガントな所作に見えてしまう。俺は東川准教授のワイルドだが気持ちの良い食べ方に圧倒されて自分が何を食べているのか分からなくなっていた。

 車椅子に乗っている准教授がカレーライスを食べ終えると、土田詔子がグレープフルーツジュースの入ったグラスを持ってきて、東川准教授のトレイに置いた。

「土田さん、ありがとうございます」准教授は丁寧にお礼を言うと土田詔子は小さく頷いた。

 東川准教授は水の入ったグラスを少しだけ傾けた後、グレープフルーツジュースをストローでチュウチュウと子どものように飲んだ。彼の様子を見て俺もグレープフルーツジュースが欲しくなった。

「はぁー、グレープフルーツジュースは美味しいねえ、そう思いませんか、長谷川君?」

「あ、はい・・・」

「長谷川君もグレープフルーツジュースが好きなのかな?」

「いえっ、とくに、そんなに好きではないけど」

「今、飲みたくなったでしょ?」

「あ、はい、そうですね」俺は学生食堂の麦茶を飲みながら、グレープフルーツジュースがとても飲みたくなっていた。

「ところで長谷川君、君は僕の講義、いや失礼、北山教授が行っていた「深層心理学概論」をとても熱心に聞いてくれていますね」

「いや、別に、そんな・・・」俺は小さく首を振った。

「そんなに謙遜しなくてもいいですよ。北山教授の理論はある種の人たちにはとても説得力がある。ほら、村上春樹やドストエフスキーの小説がまさに自分に語りかけているような親密感があると同じように」

「・・・・・・」

「ご存知のように北山教授は自宅で倒れられて現在も意識はもどっていません。残念ですが」大学の発表ではそうなっている。

「ただ僕としてはこのまま北山教授の理論をそのままにはしておきたくないのです。彼の霊的エネルギー理論を更に探求したいのです。お分かりでしょう、長谷川君?」

「はあ・・・」何だか早川さんの熱弁を聞いているみたいだ。

「幸いにも北山教授が残してくれた膨大な資料があり、そして研究組織があります。長谷川君も知っていると思いますが、一般の人たちにも開放された特別なゼミナールは存続しています」

(やっぱりその話か・・・)俺は緊張した。

「このゼミナールは北山教授の眼にかなった人たちで構成されています。シンプルに言えばある種の資格を持った人たちです。そして長谷川君もそのメンバーの一人ですよね?」相変わらず東川准教授は爽やかに微笑んでいる。

「まあ・・・・・・、ゼミには呼ばれましたが、俺はあまり関わりたくはないです」俺は必死でそう言った。

「確かに長谷川君がゼミナールに参加する前に北山教授は倒れてしまいましたからねぇ。君の熱意がそがれたのは仕方ありません」

(ンン? どういうことだ! 約一か月前に俺は北の森で北山教授のゼミナールに一人だけ呼ばれた。指定された場所に行くと、奴は俺に憑依しようとした。だが北山大悟は突然現れた霊獣シロに魂の殆どを持っていかれた。そして奴は意識不明の重体になったのだ。そのときのゼミナールの日程や場所を調整したのは土田詔子だった。だから北山大悟が倒れた原因が俺にあることをおそらく土田詔子も知っているはずだ。そのことを土田詔子は東川准教授に伝えていないのか。それとも爽やかな隣の男は知っていいて知らないふりをしているのか?)

 俺は土田詔子を見た。彼女は相変わらずサングラスをかけていて、ホットコーヒーを飲んでいる。いつものように公園のオブジェのようで人間としての存在感がない。

「長谷川君、僕が引き継いだ北山教授のゼミナールは君をいつでも歓迎します。君のために扉は常に開かれている。僕は君が必ず僕たちの仲間になることを信じています。では、また」 

 東川准教授の言葉は心地よく俺の耳に届いた。だが俺の頭は彼の言葉によって更に混乱した。東川准教授はいったいどこまで北山大悟のことを知っているのだろうか?

 土田詔子が車椅子を移動させると数人の女子学生が東川准教授の周りに集まって来た。

「先生! 今日はもう講義は終わったのですか?」とか「この前の講義のことで分からないところがあってェー」とか「東川先生の手相占いはすっごく当たるって、みんな言ってました」とかキャーキャーうるさい。東川准教授がこの大学に現れてから十日くらいしか経っていないのに、もうこの人気だ。確かにあの容姿と心地よい語り口、知的でフレンドリーな雰囲気は女性を惹きつけるのだろう。だけど俺はあの鉄仮面みたいな土田詔子が傍にいると鋼鉄のバリアーが張ってある気がする。しかし女子学生達はそんな障壁もやすやすと突破し東川准教授と楽しそうに話をしている。俺はそんな彼女達は大したものだと感心した。そして彼女達の属している世界と俺が幽霊たちと関わっている世界が離れているのではなく、混ざり合っていると感じてしまった。



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