表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/30

西田夕子と三井ハルの来店

 水曜日の午後十時五十分、俺が店に入るとジャスミンはまだ制服のままだった。

「お疲れ様デス、長谷川サン・・・」ジャスミンは少し元気がないように見える。

「お疲れ様、ジャスミンさん。もう上がる時間だよ」

「アッ、ハイ。もう上がりマス」ジャスミンが奥のスタッフルームに行こうとすると、ジョージが対応していた女性客がジャスミンに声をかけた。

「ジャスミンさん、待っているね」灰色の細い眼鏡をかけたその女性は目の前のジョージにニコッと知的な笑顔を見せた。

「ドーモォ、ありがとうございマシタァー」ジョージの返答が少し上ずっているような気がした。こいつは自分好みの女性に接すると、上機嫌さがあからさまに態度にでるのだ。

 俺はスタッフルームの引き戸を軽くノックした。

「ジャスミンさん、入っていい?」

「アッ、長谷川サン。良いですヨ。どうぞ」ポニーテールをほどいたジャスミンは先ほどよりもリラックスしたように見える。ピンクのパーカーも良く似合っている。

「ジャスミンさん、さっき声かけた人は誰なの?」俺は青と白のラインが入った制服に着替えながら訊いた。

「ハイ、あの人はみどり苑のケアマネージャーさんの西田夕子サンです」

「ふーん、あの人がケアマネージャーさんか。でもどうして彼女がこの店に来たのかな? あの人はこれまでここには来たことがないように思うけど」

「アッ、ハイ、そうだと思いマス。ケアマネージャーさんはこのお店には来たことがないと思いマス。夕子サンは、コンビニエンスストアで働いているワタシの様子を見たいと以前から言ってマシタ」

「ふーん、そうなの・・・」老人介護施設では副業のチェックもうるさいのだろうか。

「アノ・・・・・・、長谷川サン」ジャスミンは数秒間、目を畳に落とし、それから息を飲み込んで言った。

「アノ、夕子サンが今日、ワタシに言いました。『私も幽霊が見えるのよ』ッテ」

「エッ!」

「夕子サン、何でも分かってしまう人デス・・・」

「・・・・・・」いろんなことが分かってできてしまう人間は稀に存在する。妹の美月がそうだ。だけどジャスミンが名前をあげた西田夕子は、美月とは違ったタイプの人間のように俺は何故か感じたのだ。

「長谷川サン、もうすぐ十一時になりマスヨ」ジャスミンは左腕にある白いバンドの腕時計を見て言った。俺とジャスミンはスタッフルームから出ると、案の定ジョージは西田夕子と嬉しそうに話していた。奴は俺を見つけると、急に寄ってきて耳元でゴニャゴニャと囁いた。

「ハセガワサン、コノ人、西田ユーコサンはジャスミンチャンの上司デショ。ユーコサンもユーレイが見えるデス。ボクタチのお仲間デスヨ。ジャスミンチャン、良かったデスネーッ」 

 能天気な同僚は好みの女性と話すとすぐ有頂天になる。

「ああ、そうだな・・・」俺はレジに入ると隣のレジにもどったジョージの前にいる西田夕子を見た。ピッタリとしたグレーのスーツに白いブラウスを上品に着こなしている。黒いショートカットが似合う整った顔は表情豊かで、ジョージの話を楽しそうに聞いていた。そして西田夕子は俺を見るとジョージにひとこと言って俺の前に来た。

「あっ、あなたが長谷川さんですね。初めまして。私、ジャスミンさんと同じ施設で働いている西田夕子と言います。彼女はとても頑張り屋さんで夜も働いているので、その様子を見させてもらいました」

「あっ、そうですか・・・」

「ハセガワサン、そんな不愛想なコタエではダメデスヨ。ユーコサンは大切なオキャクサマですカラ、ネーッ、スミマセンネーッ、ユーコサン」ヘラヘラ顔の助平外国人はまた好みの女性リストに西田夕子を加えたようだ。

「サンキュー、ジョージさん。ここはとてもリラックスできる場所だと感じました。それから長谷川さん・・・ジャスミンさんから聞いていると思うけど、私たちは霊感が鋭いということでは、仲間同士とも言えるかもしれませんね」

「ああ、そうですね・・・」

「初めて会ったのに、すみません、こんなことを言ってしまって。でもジャスミンさんがここでも働いている意味が分かったような気がします」西田夕子はそう言うとヨーコや権左衛門たちがいるイートインスペースを見た。それから俺の横にいるジャスミンを見た。

「ジャスミンさん、ごめんなさいね。勝手に押しかけて。でも安心しました。ジョージさん、長谷川さん、ジャスミンさんをよろしくお願いしますね」彼女はそう言うと深々と頭を下げた。俺もジョージさんも慌てて頭を下げた。するとジャスミンの上司は小さく笑って店を颯爽と出て行った。

「ヒューッ」ジョージは嬉しそうに西田夕子の出て行った自動ドアを眺めていた。

「何だよ、ジョージ。また好みの女性が増えたのか?」

「チチチチッ、オーノー。チガイマスよーッ、ハセガワサン。ボクはジャスミンチャンの上司がドンナヒトなのかシリタカッタだけデスヨ。ジャスミンチャンが施設でイジメラレテナイか心配シテイルノですゥ」ジョージは例によって俺の前で右手人差し指を左右に振りながら、偉そうに言った。

「ふーん、それで西田さんはどんな印象だったんだ?」

「オー、夕子サンはクールで爽やかなインショウデスネーッ。スラッとしてスタイルも良いし、笑顔もソーキュート。オハナシも楽しいデスゥ。ジャスミンチャン、ユーコサンは仕事もデキル人デショ?」ヘラヘラ顔のアメリカ人を見てジャスミンは少し不思議そうな顔をした。ジョージの奴、いつもジャスミンの前ではいいカッコしているので、こいつの本性剥き出し顔を見てジャスミンは少し驚いているようだ。

「エッ、ハイ。夕子サンはケアマネージャーさんで看護師デス。お仕事もすごく出来て、みんなから頼られてイマス」

「ナルホドーッ。パーフェクトな仕事ヲスルトコロは、ボクとイッショデスネーッ。だからユーコサンと話がアッタノカナ?」何言ってんだ、こいつ。お前はパーフェクトに仕事をサボるだろ! ジャスミンも更に不思議そうな顔をしている。

「アレッ?」ジャスミンはイートインスペースを見て不思議そうに首を傾げた。

「ドーしました? ジャスミンチャン」ジョージもイートインスペースを見ると意外そうな表情を浮かべた。俺も二人につられてイートインスペース見ると、そこには着物を着た小柄な老女の幽霊が立っていた。

「三井・・・サン・・・・・・」ジャスミンの声は小さく震えていた。

「ジャスミンチャン、あのオバーサン幽霊もジャスミンチャンの施設にカンケーがアルノデスネ?」さすがにジョージも真面目な顔をしている。

「ハイ、訪問介護を利用していて、それからデイケアでみどり苑にも、ときどき来てマシタ」

「ジャスミンチャン、あの三井サンというヒトもトツゼン死んジャッタンですネーッ」

「ハイ・・・・・・」ジャスミンの声がだんだん小さくなってきた。

「大丈夫? ジャスミンさん」俺もさすがにジャスミンが心配になってきた。

「アッ、ハイ、大丈夫デス。長谷川サン」彼女は無理して微笑んだ。

「オー、ハセガワサンはアイカワラズ鈍いデスネーッ。ジャスミンチャンはあのオバーサン幽霊がアラワレテ、かなりショックを受けたデショ? 知ってるヒトが続けてユーレイでデテキタラ、繊細なジャスミンチャンは動揺シマスヨ」

「あっ、そうか・・・、確かに。ゴメンね、ジャスミンさん」俺がジャスミンに謝ると彼女は慌てて手を左右に振った。

「アッ、そんなことナイデス。ワタシ、大丈夫です!」

「ジャスミンチャン、ソンナニ気をツカワナイホウがイイですヨ。ハセガワサンは女のヒトのキモチがワカラナイ鈍感マンですカラ」俺はムッとしたがジャスミンは何故か楽しそうに笑っている。

「それよりもジャスミンチャンはハヤクカエッタホウがイイですヨ。モウ午前レイ時にナリマス。ジャスミンチャンは明日もシゴトデショ?」ジョージは好きな女性の前ではマトモなことを言う。

「アッ、でもワタシ、三井サンとお話をした方が良いのではないでショウカ?」

「あのオバーサン幽霊はまたココに来るとオモイマスヨ。ダイジョウブ、オバーサン幽霊はチーム・ジョージに任せてクダサイ」そうなのかな? 

 壁に掛かっている時計の針は午後十一時五十分を指していた。

「うん、ジャスミンさんはもう帰った方がいいよ」

「ハイ、わかりました。じゃあ、ワタシ、帰ります。ジョージさん、長谷川サン、失礼シマス」

「ハセガワサン、ジャスミンチャンは疲れてココロボソイとオモイマスから、ボクが送りマスネーッ」また、こいつはそんなことを言う。

「アッ、ジョージさん、いいです、いいです。ワタシ、一人で帰りますので」ジャスミンは厚かましいジョージの申し出を当然断った。

「アッ、でも今日はジョージに送ってもらった方がいいかな。今からは客もそんなに来ないし、ジャスミンさんもいろいろあって疲れたでしょ」

「オーッ! ドーしたのデス、アタマノ固いハセガワサンが? 何かヘンナモノ、食べマシタカ?」

「うるさいな! 俺はそんなモノ食べてないぞ。それよりも、ちゃんとジャスミンさんを送れよ、ジョージ」

「イエッサー。じゃあ、ジャスミンチャンとランデブーでカエリマショウ」

 ジョージは上機嫌でジャスミンと駐輪場に向かった。二人も俺と同じように自転車でこの店に通っているのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ