秋彦が不思議に思っていること
「最近さぁ、老人の孤独死の仕事が多いのよ。彼らは身寄りがなかったので遺品整理とかもしたんだ」秋彦は学生食堂の大盛カレーを食べながら、薄い眉を狭めて言った。月曜日午後九時半の大学構内は閑散としている。
「あら秋彦さん、老人の単身世帯が多いのですから、それは当然のことではないのですか?」早川さんはマーボー豆腐丼に大量の七味唐辛子をかけながら言った。
「そうだけど、ちょっと変な感じがしてね」
「変な感じといいますと?」早川さんは眼鏡のフレームの真ん中を左人差し指で触った。俺はぶりの照り焼きを食べながら二人の話を聞いている。
「突然死が多いんだよ」
「あらっ、ご老人になれば、それだけ突然死のリスクも増えてくるのではないのでしょうか? でも秋彦さんはプロの掃除屋さんですから、あなたが不審に感じるということは、何かがあるのかもしれませんね」早川さんの言葉に秋彦は嬉しさを何とか隠そうとしている。
「ねえ、雲海和尚はどう思う?」俺は出家していないし・・・と思いながら箸を休めた。
「老人の突然死ってそれほど珍しいことじゃないだろ。秋彦が不審に感じるってことは具体的に何かあるのか?」俺はぬるい玄米茶をすすっていると、突然禿げ頭の権左衛門の呆けた笑い顔が浮かんできた。俺は背筋に悪寒が走り上体が小刻みに震えてしまった。だから慌てて顔を左右に振って、助平老人幽霊の姿を頭の中から追い払った。
「どうされました、長谷川住職様。冷房が効きすぎていますか?」早川さんも相変わらず俺の坊主頭が見たいらしい。
「いや、別に・・・」俺はきゅうりとちりめんじゃこの酢の物に箸を伸ばした。
「うーん、それで老人が二人立て続けに亡くなったけど、その二人は訪問介護っていうのを利用していたんだ」
「訪問介護とはヘルパーさんがいろいろお手伝いされるサービスですわね。そのお二人はかなりお元気だったのですか?」早川さんはまた銀縁眼鏡のフレームを触った。
「うん、そうみたい。一人で暮らしていたからね。ヘルパーさんに食事とか部屋の掃除とかをしてもらっていたらしい。そしてその二人は同じ施設の訪問介護サービス受けていたんだよ」秋彦は何故か声をひそめた。
「それは不思議な偶然ですわね」早川さんも声をひそめた。
「秋彦、その訪問介護サービスをしている施設の名前、知っている?」俺も声をひそめてしまった。
「個人情報だけど・・・、二人には教えるね。たしか『みどり苑』だったと思う」秋彦は秘密を告げるように周囲をキョロキョロ見回しながら囁いた。だけど彼の高めの声は俺の耳に明確に届いた。
秋彦が告げた名前はジャスミンが働いている施設だった。
俺たちが食事を終え学生食堂から出て行くとき、少し離れたテーブルで食事をしている東川准教授と土田詔子の姿が見えた。