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北山の後任、東川准教授は早川さんのお気に入り?

「本日からこの講義『深層心理学概論』を担当する東川靖です、ヨロシク」教壇の横で車椅子に座っている男は爽やかな声でそう言った。紺色のスーツに黒縁眼鏡、痩せているようだが貧弱な印象はない。イケメン若手俳優のように整った顔と額に少しだけかかる黒髪は自然なウェーブがかかっている。

俺の左隣の席に座っている早川さんが銀縁眼鏡のフレームを触りながら新任の准教授を凝視している。早川さんの左隣に座っている藤井秋彦が訝し気に彼女を見て、それから教壇の横にいる東川准教授を見た。

「前任の北山教授が体調を崩されていて、しばらく講義をすることができません。その間

私がこの講義を担当します。北山教授のようにはいかないと思いますが、精一杯頑張りますので、皆さんよろしくお願いします。それからテキストもこれまで同様のものを使いますので安心してください」東川准教授はペコリと首を下げた。

 俺たちが北山教授と対峙した事件から二週間が経った。彼の後任の講師がこんなに早く決まるとは意外だった。

  ヨーコや坂下を殺した北山大悟は意識不明の状態でまだ生きていた。北の森の主であった大蛇のシロに、魂のほとんどを持っていかれたはずなのにしぶとい奴だ。だけど俺たちは北山が死ななかったことに、ある意味安堵している。自分の理論のために人や動物を実験台として殺す最低の奴だが、それでも死んでしまうのは後味が良くない。できれば自分の罪を認めて、それを償う様に生きてほしい。しかし北山は自分をジーザス・クライストや仏陀のようにこの世界の救世主だと激しく勘違いしているので、それは難しいかもしれない。

「うーん・・・・・・、チッ」左隣に座っている早川さんが小さく舌打ちした。彼女は前方左隣に立っている女性を睨んでいる。早川さんの視線の先には、原チャリのおばさんが被っているヘルメットのようなおかっぱ頭に大きなサングラス、タブダボのカーキ色のジャケットとダブダボのベージュ色のズボン・・・、土田詔子が相変わらずの出で立ちで佇んでいる。

 俺は土田詔子がまだこの大学に残っているとは思っていなかった。彼女は北山教授の助手ということで彼に付き添っていたはずだ。今度は東川准教授の助手として働くのだろうか? そうなると東川准教授も北山教授のヘンテコな理論の崇拝者なのだろうか。そうだとしたら、袴田刑事が言ったようにヨーコたちが犠牲になった連続殺人事件はまだ続くのだろうか? 俺は乏しい頭でアレコレ考えていた。

「長谷川君、講義終わったよ。どうしたの、難しい顔して」秋彦の声はいつも軽くて明るい。

「お二人とも、今の授業で今日は最後でしょう。遅い夕ご飯を食べにいきません?」

「うん、行こう。長谷川君も仕事はいつものシフトだよね」

「ああ、大丈夫。じゃあ「牛若食堂」でいいかな」

「OK!」

「結構でございますわ」

 俺たち三人は大学近くの小さな定食屋に入った。俺は焼き魚定食、秋彦はコロッケ定食と納豆でご飯大盛、早川さんは豚キムチ丼を注文した。

「ねえ、早川さん。北山教授の代わりの先生はどうだった?」秋彦は少し心配そうに訊いた。彼も早川さんが北山教授の大ファンだということを知っている。だが二人とも北山が連続殺人事件の真犯人だとは知っていない。もっとも北山が堀内公園連続殺人事件の犯人だということを知っているのは俺、ジョージ、美月、それから袴田刑事と数人の警察関係者、そして幽霊のヨーコと坂下、柴丸だけだ。北の森の主だった大蛇幽霊のシロは北山大悟の魂の大部分を抱えて何処へ行ってしまった。それに事件の性格上、北山大悟が真犯人だとは特定されていない。だから世間では堀内公園連続殺人事件は未解決のままだ。

「うーん、そうですねぇ。東川准教授は意外としっかりされているかもしれません。北山教授様の理論をかなり深く学んでおられるようですし」早川さんは表情を変えずにそう答えた。俺も秋彦も驚いた。早川さんは北山が意識不明の重体だと知って、激しく落ち込んでいたからだ。まあ彼女は北山の熱烈な信奉者なので仕方がないが。俺に言わせれば、そんな純粋な早川さんを精神的に操って、俺のヘンテコな能力を我が物にしよとした北山大悟はやはり最低の奴だ。早川さんは北山に強烈な暗示をかけられたので、俺たちと北山の決闘を全く覚えていない。ただ彼女がおぼろげに意識を回復したときに介抱していたジョージだけは何故か覚えているみたいだ。ジョージの好みの女性に対する助平パワーは恐ろしい。

「でも、あのヘルメット頭の土田が一緒にいたとは驚いたよ。あの人は北山教授の助手だったから、新しい東川先生とも繋がりがあるのかな?」秋彦はチラッと隣の早川さんを見たが、早川さんは黙って豚キムチ丼を食べていた。早川さんは土田詔子が大嫌いなのだ。秋彦は不思議そうに俺を見た。

「やっぱり東川准教授が北山教授のテキストを使うのだから、そうだろう?」俺は秋彦にそう答えながら、自分にビックリした。北山大悟のやったことは許せない犯罪だったが、奴の唱えている理論は変に説得力があった。その理論は簡単に言えば『魂は物質的な力を持っている』ということだが、逆を言えば『物質にも霊性がある』ということだ。何の取り柄もない俺は何故か「物質を霊化させる」訳の分からないチカラだけはある。だから幽霊に関わる事件に巻き込まれてしまう。俺は北山大悟を許したくないけど、何故か奴の理論を受け入れている自分に驚いたのだ。

「わたくし、東川先生と仲良くなって北山教授様のご容態を教えて頂こうと考えています。そして北山教授様のお力になることがあるなら何でも致しますわ。あんな偉大な方がこのままこの世界から消えてしまうのは人類の重大な損失ですわ。そう思いません、秋彦さん、長谷川さん」あんな奴が復活する方が人類の大きな迷惑だと思うが・・・。

 早川さんの迫力に押され俺と秋彦は少し後ろにのけ反って曖昧な返事をした。早川さんは「ハッ」と気づいて「申し訳ございません」と小さく言った。彼女の白い頬が少し赤くなっている。

 俺は北山大悟と対峙したとき、奴から早川さんが好きな男性は俺だということを知らされた。奴はそうやって俺を動揺させようとした卑怯でセコイ男だが、小心者の俺は動揺してしまった。だけど今の早川さんの言動から考えると、相変わらず北山大悟に身も心も奪われているような気がする。早川さんは俺の数少ない大切な友だちだから、北山大悟の本性を知って傷ついてほしくない気もする。それよりも俺は早川さんが早く北山大悟の熱烈信仰を止めて、彼女のことを大切に想っている秋彦と仲良くなってほしいと願っている。しかし男女の仲は難しいし、その辺りのことも俺は苦手だ。

「雲海和尚、どうしたの? 今日はやたら難しい顔をしているけど」

「やはり出家を考えておられるのですか?」違う! どうしていつもこの二人は俺を出家させたがるのだろう。そんなに俺の坊主頭が見たいのか?

「・・・・・・」俺は力なく頭を振ってやんわりと二人の要望を拒否した。



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