魔女の名前を叫ぶのは
王都の空に号砲花火が上がった。
街は色とりどりの花で埋め尽くされ、城へ向かう大きな通りはリボンや横断幕で美しく飾り付けられている。
広場には市が立った。国中から集まった商人が露店を開き、それぞれの店頭にはたくさんの商品が所狭しと並べられている。
まるで華やかな祭りが催されているようだった。しかし楽しんでいる者はほとんどいない。
人々は空を見上げ、碧一色の天空に映し出される光景を不安げに眺めている。
間もなく、ある目的を持ってこの国を訪れた 国賓 が大魔女と謁見するのだ。
その様子を民に伝えるため、城の大広間には魔法の水晶玉が据え置かれている。水晶玉が王都の空に映し出す大広間の様子は物々しく、緊迫した空気で満たされていた。
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大扉から真っ直ぐ伸びる赤い絨毯。その左右で威儀を正し、緊張した面持ちで居並ぶ大臣・家臣達。
最奥の玉座には、挑むように前を見据える大魔女がいる。
色美しい首飾りを身につけ金のローブをふわりと羽織った大魔女は、いつにも増して美しかった。
「・・・ おなりでございます!」
大扉の脇に佇んでいた衛兵が、怯えた声で高く叫んだ。
待ち構えていた楽団が、高らかにファンファーレを奏で出す。
厳かに大扉が左右に開き、一陣の風が吹き込んできた。
禍々しい、とても冷たい風だった。広間の人々は縮み上がり、恐怖に戦きどよめいた。
(小賢しいマネを!)
大魔女は舌打ちして立ち上がり、何かを払い除けるように右手を大きく振った。
広間の空気に温もりが戻る。風と一緒に送り込まれた邪気を払ったのだ。
「ようこそ。
お待ちしておりましたわ。北の国の暴君様!」
不埒な来訪者を睨みつけ、大魔女は声を張り上げた。
自信に満ちた無遠慮な足取りでズカズカ広間に踏み込んで来た不埒者。彼はこの国の女王である大魔女に対し、一礼する事すらしなかった。
「大義であった。我が 妃 となる者よ!」
低い、凍てつくような声だった。
北の大国の 魔王。
金や宝石で飾り付けられた黒いローブを身に纏った大男が、大魔女を見るなりニヤリと笑った。
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初顔合わせの謁見はどうにか難なく(?)終了した。
その日の午後、すぐに舞踏会が開催された。通常このような催しは夜に行われるものなのだが、大魔女がそれを許さなかった。
邪な魔法を使う者は、陽光照らす日中よりも夜間にその力を発揮する。
たとえほんの少しでも勝機を与えるわけにはいかなかった。
「これはこれは。
我が花嫁は随分 野暮 で 無粋 だな。」
北の大国・魔王は大げさに両手を広げ嘲笑した。
謁見の場から舞踏会の会場へと様相を変えた大広間。そこに再び現れた大魔女の出で立ちは、金のローブと首飾り。
最初の謁見と同じ姿である。あからさまに自分を見下す強敵に、大魔女は挑むように微笑んだ。
「あら、ごめんなさい? ですが私、この国の女王なんですの。
登場するなり邪気を放って威嚇してくる 輩 をお迎えしたんですもの。
そんな 不届き者 から家臣や民を護らねば。着飾ってる場合じゃありませんわ。」
辛辣な言葉に魔王は驚き、ほんの一瞬目を剥いた。
その目に閃いたのは、怒りと憎悪。しかしそれらの黒い感情はすぐに蔑みに取って代わる。
「なるほど、これはおもしろい。
噂通りの強情者だな、相手にとって不足は無い。
中身は愚かで醜悪だが、魔力とその美貌は気に入った。
我が妻となった暁には相応しいドレスを、この私自ら選んでやろう。」
「まぁ、遠慮しますわ。
そちらの嗜好に合わせていたら、人類外のマヌケなバケモノと間違われてしまいますもの。
ミミズにドレスを選んでもらったほうがよっぽどマシでしてよ?」
「ははは♪」
「ほほほ♪」
・・・見ている方が胃を痛めそうな、毒々しい言葉の応酬。
実際、家臣に何人かが体調不良を訴え早々に広間を後にした。
その場の空気を和ませようと思ったらしい。まだ開始時間になっていないが、寡黙な大臣が右手を上げて楽団へと合図を送る。
指揮者の青年が小さく頷き、タクトを手に取り振り上げる。
楽団達がそれぞれ楽器を構え、静かに曲を奏で始めた。
舞踏会の始まりである。
招かれた人々は恐怖を胸に、ギクシャクと円舞曲を踊り始めた。
---♪♪♪---(>_<)---♪♪♪---
とても踊りを楽しむ状況ではない。
色美しいドレスを纏い優雅な足取りを踏む淑女達も、それを支え導く立派な装いの紳士達も、貼り付けたような笑顔で必死に踊っている。
広間のあちこちで衝突や転倒する者達が続出した。中には踊っていられず泣き出す淑女まで現れた。
(・・・これ以上は無理ね。)
大魔女は覚悟をきめて玉座から立ち、傍らに手を差し伸べた。
そこには豪奢な貴賓席にドッカリ座ってくつろぐ魔王。
彼は楽しげに笑っていた。恐怖や不安と戦いながら懸命に踊る人々を嘲り、笑い物にしているのだ。
「踊っていただけますかしら?北の国の暴君様。」
楽団の音楽が、ピタリと止んだ。
大広間中が静まり返る。大臣・家臣が眉を潜め、円舞曲を踊る人々は足を止めた。
誰もが玉座を見上げて固唾を呑んだ。
もちろん、魔法の水晶玉でこの様子を見守る国民達も。
街の人々は心配そうに、空いっぱいに映し出された大魔女の姿を見つめていた。
「いいだろう。」
魔王が椅子から立ち上がった。
ツカツカと大魔女に歩み寄り、乱暴に彼女の手を掴むと大広間の中央へ連れて行く。
家臣達がどよめいた。あまりの無礼に憤り、もの申そうとした者達もいたが魔王の従者達に牽制されて口をつぐむざるを得なかった。
大魔女は家臣達に落ち着くようにと目配せし、家畜のように引きずられていく屈辱に堪え微笑んだ。
主役2人の登場に、広間中央が広く開けられ大きな人の輪が出来上がる。
楽団が再び楽器を奏で始めた。
緩やかな円舞曲の調べ乗って、2人はゆるゆる踊り出した。
---♪♪♪---(>_<)---♪♪♪---
「さて、大魔女よ。
早速婚姻の証である 名前 を教えてもらおうか。」
踊り始めるなり、魔王が言った。
その言葉だけでゾッとした。
本音を言えば、こんな男と一緒に踊るなど心の底から嫌だった。
こうして手を握られるのも、抱き寄せられるのも吐き気がするほど悍ましい。
「まぁ、せっかちですのね。躍っている最中ですのよ?」
激しい嫌悪の必死で堪えて、大魔女はニッコリ微笑した。
そんな彼女を乱暴に振り回すようにして、魔王は傍若無人に円舞曲を踊る。
「そうだ、こんな茶番に付き合う時間が惜しい。
この国ばかりにかまってはいられない、手に入れたい国はたくさんある。」
「やっぱり世界を手中に納める気だったのね。身の程知らずです事!」
「なんとでも言うがいい。」
魔王が口を歪めて笑う。
「さっさと名前を言え!我が妃になる事以外、貴様に選択肢など無い!」
腕に捉える大魔女を見下し見下ろす魔王の双眸。
爛々と輝くその目は残虐さを秘め、まるで獣のようだった。
「上等ですわ。鉄面皮のクズ野郎!!!」
大魔女も不敵に笑って見せた。
選択肢がないなど、わかっている。
国と民の安寧を思えば、本当にまったく無いのだから。
「結婚なら、してあげる。
でも覚えておくのね! 私は簡単に屈する魔女じゃない。」
足取りを踏む足を止め、魔王の手を振り払う。
お前などに囚われない。
強く激しいその思いを込めて、大魔女は魔王を突き放す。
そして真正面から彼を見据え、高らかに声を張り上げた!
「さぁ、戦いの始まりよ!この先続く人生で、今日この時を悔いるがいいわ!
心して聞きなさい、身の程知らずの不埒者!
この国の女王・大魔女の『婚姻の呪文』たる 私の 名前 は・・・!!!」
その時だった。
大広間の扉が大きく開き、その 若者 が飛び込んできたのは!!!
「 ミネルヴァ ・ ミレディーヌ ・ ミリセント !!!」
耳に心地良い若者の声が、大広間中に響き渡る!
「続きは再会した時、教えてもらう予定だった!
さぁ、教えてもらおうか!!!」
「!!? な・・・??!」
大魔女は言うはずだった名前を飲み込み、絶句した。
---☆☆☆---∑(゜0゜;)---☆☆☆---
大広間中が騒然となった!
どよめきざわめく人々をよそに、飛び込んできた若者が鋭く叫ぶ!
「準備は全て整った!ラクシュ郷、今だ!!!」
その声に反応したのは、とても意外な人物だった。
「ありがとう、オスカー!」
人々に背を向けタクトを振るう楽団の指揮者が振り向いた。
彼はタクトを投げ捨てると、短い呪文を詠唱した!
パキーーーン!
乾いた音が耳を打つ。
それと同時に魔王の顔が、醜く歪み引きつった!
魔王の足下に真っ白な光が輝き始める。
光は清らかな波動を放ち、魔王が立つ大理石の床に徐々に円を型どっていった。
「そこまでです、兄上!」
指揮者だった青年が、凜とした声で魔王に告げる。
「今、貴方の足下で輝くのは、魔力を封じる魔法陣!
もう貴方は魔法など使えない。おとなしく負けを認めるのです!!!」
青年が軽く右手を振る。
すると今まで円舞曲を演奏していた楽団員の数名が、楽器を手放し立ち上がった。
隠し持っていた剣や杖を素早く取り出し、魔王の従者達に襲い掛かる!
城の憲兵達も喜び勇んで加勢した。
あっという間に従者達は、縛り上げられ捕らわれた。
---★★★---\(^O^)/---★★★---
電光石火の逆転劇!
その一部始終を目の当たりにした大魔女は、半ば放心して立ち尽くした。
「我が兄の愚行と数々のご無礼、お詫びの言葉もございません。偉大なる大魔女よ。」
ついさっきまで指揮者だった青年が、壇上から降り頭を下げた。
「私はそこに居ります愚兄の 弟 でございます。
あの魔法陣は、私が編み出した極めて強力な 封印魔法 。
一度捕らえた者は半永久的に封じ続けます。
ご安心ください、大魔女よ。
もう兄は世界を手中に納めるなどと、戯れ言でも言えません。」
「・・・。」
あまりにも突然過ぎて言葉がでない。
大魔女は激しく混乱した。
遠くに見える広間の入口。苦しげに息を切らして大扉に寄り掛る若者から目が離せない。
彼は立っているのもやっと、といった有様だった。よほど全速力で駆け来たのに違いない。
背の高いガッチリとした逞しい体躯に、精悍な顔つき。しかしその顔には確かに面影がある。
この世でたった1人だけ、「途中まで」名前を教えた少年。
その少年が今、目の前に居る。
それがどうしても信じられない。
大魔女は幼い子供のように、恐怖さえ覚えて狼狽えた。
「私がこうして馳せ参じる事ができたのは、あの オスカー のお陰なのです。」
ラクシュ郷と呼ばれた魔王の実弟、つまり、北の大国先王のもう1人の王子が説明した。
「オスカーは我々の恩人です。
兄の愚かな野望に蹂躙された我が国を救うため、骨身を惜しまず奔走してくれました。
牢獄に捕らわれた父王を密かに救い出し、まだ未熟で若輩者の私を励まし支えてくれた。
彼がいなければ、封印の魔法陣も完成していなかったでしょう。」
話が自分の事に及び、気恥ずかしそうにオスカーが笑った。
笑顔はまるで変っていない。懐かしい陽気な笑みだった。
「ただ、強力な魔法にはそれ相応の魔力を要する。
我が国では兄が放つ邪気が魔力を穢し、魔法陣の力を充分に発揮できませんでした。
それゆえ大魔女の貴女様が清浄な気を放つ、この国の魔力に頼らざるを得なかったのです。
確実に兄を捕らえるため、貴女に無断で城の要所に封印魔法を強化する魔石も設置しました。
オスカーの準備が間に合わなければ、いったいどうなっていた事か!
お許しください。大魔女よ。
兄は貴女やこの国の民、いえ、世界中の人々の幸せを脅かした。
その罪は重い。彼は封印魔法に捕らわれたまま牢獄で過ごし、その一生を終えるでしょう。」
ラクシュ郷が顔をあげ、ニッコリ涼やかに微笑んだ。
愚かだった兄に代り、この青年は未来の祖国を護り育む次代の王になるのだろう。
彼ならきっと、邪な野望で荒廃した国を見事に立ち直らせるに違いない。
「・・・そうね。貴方なら、やれるわね。」
ラクシュ郷の頼もしい笑顔に大魔女もつられて微笑んだ。
しかし・・・。
「おのれ・・・おのれ・・・!」
憎悪に満ちたつぶやきに、大魔女はハッと振り返った。
「魔王だった男」が身悶えている。
魔法陣に囚われ逃れられず、戦慄く両手で顔を覆って亡霊のようによろめき歩く。その姿は無様で哀れ。怖気が走るほど醜悪だった。
どす黒い憎しみをまき散らし彷徨う男が、不意にガバッと顔を上げた。
そして狂気の目で大魔女を捕らえ、悍ましい声で咆哮した!!!
「オノレおのれオノレ、おのれェェェーーーっっっ!!!」
人とは思えない形相で、男が大魔女に襲い掛る!
もはや魔法を使えないというのに、この後及んで見苦しくあがくなどとは思わなかった。
魔力に頼っていた者が、自らの手で攻撃に出るとも思ってなかった。あまりに距離が近すぎて防御の魔法を放てない。
大魔女は油断していた自分自身に絶望した。
「・・・ 赤唐辛子 !!!」
オスカーの切羽詰まった声がする。
恐怖に固まる視界の端に、血相変えて走り出す彼の姿が見て取れた。
しかし、大広間の入口からではとても間に合いそうにない。
(やっとまた会えたのに・・・。)
大魔女は両目を固く閉じた。
「アタシの娘になにしてくれてんだい、鉄面皮のクズ野郎!!!」
凄まじい怒声が轟いたのは、その時だった!
ドォン!ともの凄い音がして、大広間中が大きく揺れた!
(・・・え???)
恐る恐る、目を開く。
大魔女がそこに見たものは、仁王立ちする 母親 だった!?
「この娘はね、13人いる姉妹の中で一番優しい いい子 なんだ!
大魔女としての使命や責任、義務なんてものが絡んでなけりゃ、お前みたいな男にくれてやる娘じゃ、ないんだよ!
とっととお帰り、クズ野郎!
またこの子に手ェ出す気なら、このアタシが許さないよ!!!」
母は雄々しく魔王を睨む。
その魔王は広間の隅まで吹っ飛ばされて、白目を剥いて転がっている。
怒り狂った母親の攻撃魔法をまともに喰らい、失神してしまったらしい。
この様子なら国に送り返されるまで目覚める事はないだろう。
「ばぁば、スゲェ!♪」
「カッコいい!おばーちゃん♪!」
「お祖母様、ステキっ♡!」
「バァバ、バァバーーー♪♪♪」
大広間の片隅で、可愛い孫達が大喜び。
かつてこの国の大魔女と呼ばれ、今は8人いる孫達の気の良い「ばぁば」になった婦人は、得意絶頂でふんぞり返る!
(・・・よく言うわよ。
子供の頃はあんなにしょっちゅう「可愛げがない」とか言っといて・・・。)
放心しつつもすっかり呆れ、大魔女はその場にへたり込む。
彼女はまたしても油断した。
駆け付けてきたオスカーに飛びつかれ、強く抱きしめられたのだ。
悲鳴を上げるヒマなどなかった。あっという間の事だった。
家臣や大臣、大広間中の人々が驚き見守る中。
輝く魔法の水晶玉が国中に、その一部始終を伝えているにも関わらず。
大魔女は熱く 唇 を奪われ、何も考えられなくなった。