バルディアの新たな音楽
「ダンスって、社交ダンスのことだよね」
「そうに決まっているだろう」
僕が聞き返したところ、デイビッドが当然と言わんばかりに答えた。
すると、彼の隣にいたヴァレリが「コホン……」と咳払いをする。
「帝都で開かれる社交場では、どこでも社交ダンスが行われているものよ。それと……」
彼女は周囲をちらりと見て、開いた扇子で口元を隠しながら僕とファラに耳打ちをしてきた。
「リッドとファラは、あまり人前で踊ったことがないでしょ」
「それは、まぁ、そうだね」
帝都で開かれる社交場でダンスが重要視されていることは知っているし、練習もそれなりにしている。
人前で踊ったこともあるけど、僕もファラもこれだけ大きな催しで踊ったことはない。
「二人がどんなに上手でも、重箱の隅を突いて揚げ足取りをしてくる者はいるものだわ。でも、デイビッド殿下直々の申し出を受けたとなれば、どんなダンスであろうと批判はできないはずよ」
「……私達だけではなく、殿下を侮辱することになるからですね」
隣で聞いていたファラが尋ねると、ヴァレリはこくりと頷いた。
「えぇ、その通りよ。二人が踊れないなんて思わないけれど、謂れもない誹りなんて御免被るでしょ。殿下なりの気遣いよ」
「わかった。教えてくれてありがとう」
僕はデイビッドに向き直って畏まった。
「殿下、有り難く受けさせていただきます」
「うむ、そうこなくては面白くない。では、音楽を頼む」
「承知しました」
僕は会場に流れる音楽を演奏している楽団に目配せした。
ちなみに、この楽団もバルディア家に所属している。
主に使用されるのはクラシック調の楽器だけど、エレンやアレックス達にお願いしてドラムやサックスも用意されている。
指揮者は僕を始めとしたバルディア家の皆に音楽を教えてくれている『サティリック・ペドルジーハ』こと、サティ先生だ。
帝国人の特徴である茶髪、青系である水色の瞳を持つ優しい顔つきの男性で、バルディア家で働く女性陣の人気が密かに高い人物でもある。
彼はこちらの意図をすぐに察してくれたらしく、ゆったりしたワルツ風の演奏を開始。
僕達の周囲にいた子息令嬢達は自然と下がって、会場の中心に社交ダンスができる空間が出来上がった。
人集りを見渡すと、父上と母上が陛下達と一緒にこちらを見守ってくれている。
心なしか、間に火花が散っているような気もするけど。
メルとキールはデーヴィド達と合流したらしく、皆でこちらを楽しそうに見つめている。
さて、これだけ注目を浴びている以上、下手な姿は見せられない。
何よりもファラ、もといバルディア家の名に恥を掻かせるわけにはいかないからね。
「では、ヴァレリ。いつも通りに頼むぞ」
「承知しておりますわ。殿下」
向き合った二人は慣れた様子で会釈すると、手を繋いで優雅に踊り出した。
基本に忠実でゆったりと、でも、一切の淀みなくて気品に溢れている。
「おぉ……」
「お二人とも、いつ見ても綺麗……」
会場にいる子息令嬢から感嘆の声が聞こえてきた。
皇太子であるデイビッドはもちろん、彼の婚約者であるヴァレリも相当な練習をしたことが動きで伝わってくる。
とはいえ、僕達だって負けてられない。
「ファラ、僕達も行こうか」
「はい、リッド様」
僕達は向かい合って軽く会釈すると手を繋ぎ、演奏に合わせてダンスをしながら先に踊っているデイビッドとヴァレリの傍に寄っていく。
二人のダンスは優雅と高貴さに溢れている。
でも、その点で勝負するつもりはない。
バルディアにはバルディアの得意とする動きがある。
研ぎ澄まされた刀のように、切れ味鋭い体捌きを活かしたダンスだ。
辺境伯家といえば『武』だし、僕もファラも日々の鍛錬を怠らないからね。
ゆったりとした曲調であっても、僕達の洗練された動きのダンスは武の矜持に溢れ、見る者を魅了することだろう。
「凄いな。リッド殿が武に優れていることは有名だが、まさかファラ殿があの動きについていけるなんてな」
「あぁ、正直驚いた」
「でも、リッド様とファラ様の動き、無駄がなくてとっても綺麗だわ」
「えぇ、つい目が二人を追ってしまうもの」
子息令嬢達の反応も上々みたい。
会場の中央で踊っていると、ファラが少し不安そうな表情を浮かべて小声を発した。
「リッド様、私はちゃんと踊れておりますか?」
「もちろん、練習通りでとっても上手だよ。でも、ちょっと妬けちゃうかな」
「妬けちゃう、ですか?」
ファラが小首を傾げると、僕は微笑んで頷いた。
「うん、この場を通じてファラの魅力が色んな人に伝わっちゃうでしょ。ごめんね、僕、意外と独占欲が強いみたいだ」
「あ、あう。いえ、大丈夫です」
ファラが頬を赤らめたその時、僕は曲の流れから終わりが近いことを察した。
「この楽しい時間もそろそろ終わりだね。少し、ペースを上げてもいいかな?」
「はい、どこまでもお供いたします」
「ありがとう。じゃあ、いくよ」
ゆったりとした曲調の中、僕とファラは雰囲気とリズムに合わせつつ動きの数を増やしていく。
デイビッド達も曲の終わりを察し、動きの数を増やしているようだ。
会場にいる子息令嬢達の注目を一身に浴びる中、最後の決めポーズを僕達が取ると同時に曲が終わる。
それから間もなく、会場から拍手喝采が巻き起こった。
僕とファラが笑顔で周囲を見渡しながら一礼していると、「二人とも、なかなかやるじゃないか」とデイビッドがヴァレリと並んでやってきた。
「ありがとう。君達の期待には応えられたかな」
「あぁ、十分だよ」
彼が満足そうに相槌を打つと、隣にいたヴァレリが目を細めた。
「もし、これが帝都なら社交界は貴方達の話題で暫く盛り上がるでしょうね。バルディアの『剣』はダンスにも通じていると。ファラ、貴女も素晴らしい動きでしたわ」
「ありがとうございます、ヴァレリ様」
ファラが軽く頭を下げたその時、「素晴らしい動きであったぞ」とアーウィン陛下の声が会場に響きわたった。
「では、会場の諸君。より素晴らしいと思った者に拍手を送ろうではないか。まず、デイビッドとヴァレリが素晴らしいと感じた者」
陛下の問いかけで会場は拍手喝采の渦に包まれた。
「うむ。では、次にリッドとファラが素晴らしいと感じた者」
再びの問いかけに、会場は大きな拍手に包まれるもデイビッドとヴァレリよりは少ないだろうか。
「……決まりだな。では、今の勝負はデイビッドとヴァレリの勝利とする」
アーウィン陛下の声が会場に通ると、歓声と共に拍手の渦が巻き起こった。
だけど、このまま幕は下ろさせない。
バルディアの真価はここから、だからね。
「アーウィン陛下、一つお願いがございます」
僕は大きな声を発し、陛下の前に歩み出た。
「どうした、リッド。結果に不服があるのかな?」
「いえ、不服はございません。ですが、もう一曲だけデイビッド殿下と勝負させていただけないでしょうか」
「ほう、もう一曲か」
「はい。バルディアは国境を守る領地故、異国の文化を学ぶ機会も多くございます。そして、その文化を取り入れた新しい音楽にも挑戦しております。是非、皆様にも聞いていただけないでしょうか」
畏まりつつ、僕は目に力を込めて真っ直ぐに見据えた。
陛下は「ふむ……」と考える素振りを見せるも、口元がにやついている。
興味津々だけど、場の注目を浴びているから間を作っているんだろう。
「よかろう。では、二曲目を許す。デイビッド、ヴァレリ。二人ともまだいけるな?」
「問題ございません」
「私も大丈夫でございます」
陛下の目配せに、二人は一礼して答えた。
「ありがとうございます。それでは準備いたしますので少々お待ちください」
感謝の言葉を伝えた僕は、すぐさまサティ先生に視線を向けた。
先生はすぐに意図を察してくれたらしく、楽団の面々に楽器変更の指示を出していく。
また、会場を守っていた第二騎士団の子達が楽器を手に取って楽団の中に混ざり始めた。
兎人族のオヴェリア、熊人族のカルアは会場に置かれていたけど空席になっていた二つのドラムに腰掛ける。
ピアノの椅子には熊人族のアレッドが腰を落とし、鳥人族のアリア達がトランペットやサックスを手に持ち、宙に軽く翔んで滞空していく。
陛下達やデイビッド、デーヴィド達を含めて子息令嬢達が楽団の様子に首を傾げて訝しんでいる中、眉間に皺を寄せたヴァレリがこちらにやってきて「ちょっと、リッド」と耳打ちしてくる。
「……これからする演奏って、もしかしなくても『あれ』よね」
「そう、その『あれ』で多分間違ってないよ」
「貴方ねぇ。どうなってもしらないわよ」
ヴァレリが呆れ顔でため息を吐くと同時に、準備ができたとサティ先生から合図がきた。
「陛下、お待たせしました。それではバルディアの新しい音楽を披露させていただきます」
「うむ、聞かせてもらうぞ。だが、ダンスのことも忘れてはならんぞ」
「承知しております」
微笑み返すと、僕はファラの元に駆け寄ってその手を取った。
「さぁ、第二幕の始まりだよ」
「はい、リッド様」
彼女が頷くと、僕は演奏開始の合図をした。
サティ先生が頷いた次の瞬間、オヴェリアとカルアが演奏を開始する。
二つのドラムから奏でられる迫力と勢いのある音が轟き、楽団の調子の良い手拍子が会場を旋風の如く駆け抜けた。




