デイビッドの申し込み
「そんなに心配しなくても、ファラはとても素晴らしい子ですよ」
「ナナリー、茶化さないでください。これは心配ではなく元王族として、帝国貴族に嫁いだ者の心構えを説いているのです」
「ふふ、そうでしたか。では、そういうことにしておきましょう。でも、エルティア……」
「……?」
含みのある言い方にエルティア義母様が首を傾げると、母上は悪戯っ子のように口元を緩めた。
「人のことを暖かい心で気遣うこと、例え厳しい言い回しであっても、人はそれを『心配』というのですよ」
「……ナナリー、二度目ですよ。何度も茶化さないでください」
「あらあら、そうだったわね。ごめんなさい」
母上の言葉にエルティア義母様は呆れた様子でため息を吐くも、彼女の耳がぴくりと上下したことを僕は見逃さなかった。
ダークエルフで耳が動くのは一部の人だけ。
そして、主に好意的な感情が高まった時だ。
義母様、やっぱりファラのことを大切に想っているじゃありませんか。
ちらりと横目でファラの表情を見れば、とても嬉しそうだ。
きっと、エルティア義母様の本心を垣間見られたからだろう。
それにしても、母上とエルティア義母様。
いつの間にあんなに打ち解けたんだろう。
エルティア義母様は本心を見せようとしないというか、あえて厳しく人を冷たく突き放すところがある人なのに。
母上、とんでもない社交術の持ち主なのかもしれない。
「ナナリー、エルティア殿。悪いがそろそろ行ってもよいかな」
「あ、ごめんなさい。大丈夫です」
「申し訳ありません。私も構いません」
父上が咳払いすると、母上とエルティア義母様はハッとして会釈した。
「では、行こう。リッド、お前達も早く挨拶を済ませておけよ」
「わかりました」
会場に向かって行く三人の背中を見送っていると、「リッド、僕達もそろそろ行こうと思うのだが、相談があるんだ」とデーヴィドが切り出した。
「相談……?」
僕が首を傾げると、彼はこくりと頷いた。
「ただ挨拶回りをするのでは、帝都と変わらないからね。折角だから、バルディアに詳しい者に案内してほしいんだ。ということで……」
デーヴィドはそう言うと、ティスとシトリーをちらりと見やった。
「二人に会場を案内してほしいと思ってね。どうだろうか」
「あ、それ僕も賛成です。良ければ、二人と一緒に見て回りたいです」
「デーヴィド様、素晴らしいお考えかと存じます。どうでしょう、リッド様。お二人と一緒に回ってよろしいですか?」
側にいたベルゼとマローネも身を乗り出し賛同してきた。
「う、うん。それはいいけど、ティスとシトリーはどう?」
「え、えっと皆様さえよろしければご一緒したいです」
「わ、私もです」
「じゃあ、決まりだな」
デーヴィドがにこりと目を細めたその時、「……ちょっと待った」と皇女のアディから声が掛かった。
「……その面々、私も混ぜて。兄上とヴァレリの邪魔はしたくない。恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死ぬという。私はまだ死にたくないから」
彼女は淡々と告げると、デイビッドを横目で見やった。
「アディ。恋路も何も、私とヴァレリは婚約しているんだぞ」
「婚約したからといって、恋をしない訳じゃない。婚約からはじまる恋もあると、『華と恋』で読んだ。兄上とヴァレリは、まさにそれ」
アディは自らの腰に手を当て、デイビッドとヴァレリを自信満々に指さした。
二人は呆気に取られるも、僕達は噴き出して失笑してしまう。
デイビッドは頬を赤らめ、ヴァレリは決まりが悪そうに目を泳がせている。
帝都で『華と恋』は流行っていると聞いていたけど、アディもしっかり読んで内容を熟知していたらしい。
「はは、畏まりました。では、私達は六人で会場を回りましょう。アディ様、ケルヴィン辺境伯家次男、デーヴィド・ケルヴィンがエスコートさせていただきます」
「……うん、お願いする。じゃあ、皆で行く。それと兄上」
「な、なんだ?」
アディにじっと見つめられ、デイビッドがたじろいだ。
「ヴァレリの好感度は、婚約後に兄上とのやり取りでおそらくゼロになった。だから、もう上がるだけのはず。頑張って」
「な……⁉ よ、余計なことだ。そもそも皇族の結婚に好感度なんて……」
「好感度は重要」
デイビッドの言葉に被せ、アディは強い口調で告げた。
凄い、アディってこんなにはっきり口にする子だったんだ。
驚いていると、彼女は何故か僕とファラを見やった。
「ほら、リッちゃんとファラちゃんを見てれば一目瞭然。殺伐とした婚約関係なんて、国にとって良いことに繋がらない。兄上の好きな合理的や効率的な考え方でも、結論はそこに行き着くはず。婚約者も幸せにできない人が、国民を幸せにできるはずもない。違う?」
「ぐ……⁉」
デイビッドが耳まで顔を真っ赤にしてたじろぐと、アディは『ふんす』と鼻を鳴らして会場に向かって歩き出した。
「……デーヴィド、エスコートお願いね」
「は、はい」
呆気に取られていたデーヴィドが慌てて歩き出すと、他の皆もハッとして二人を追いかけていった。
「……アディのやつ。好きなように言ってくれたものだ」
「あ、あはは。ですが、アディ様なりにデイビッド様を心配されておられての発言でございましょう。それに私も皇族の結婚については理解しておりますのでご安心ください」
デイビッドが額に手を当てため息を吐くと、ヴァレリが苦笑した。
その様子に、彼は何やらむっと不満そうに口を尖らせる。
二人の関係性は前よりも改善しているそうだけど、やっぱりまだどこかぎこちない。
「しかし、『婚約者を幸せにできない者が、国民を幸せにできるはずもない』……か。一理あるかもしれんな」
「え……?」
ヴァレリが首を傾げると、デイビッドがにこりと微笑みで手を差し出した。
でも、今までの目が笑っていないものではなく、心からの笑顔のように見受けられる。
「行こうか」
「は、はい。畏まりました」
ヴァレリも彼の変化に気付いたらしく、目を瞬きながらその手を握った。
どうやら、二人の関係性はまた一歩前進したみたいだ。
「リッド、私達は先に行くぞ」
「うん、またあとでね」
「あぁ、またな」
デイビッドはこくりと頷くと、ヴァレリに歩幅を合わせるようにゆっくりと歩き出した。
ヴァレリも彼の変化に驚きつつも、頬を少し赤らめていることから満更でもないらしい。
「……リッド様、お二人ともよい雰囲気になりましたね」
ファラがこそっと耳打ちをしてきた。
「うん。願わくば、ここにいる皆が良い方向に進んでくれることを祈るばかりだよ」
デイビッドとヴァレリ、二人の背中にほっこりしつつも、僕の中には一抹の不安が過る。
皇族のデイビッド、アディ、キール。
保守派筆頭エラセニーゼ公爵家の令嬢ヴァレリ。
革新派筆頭ジャンポール侯爵家の嫡男ベルゼと令嬢マローネ。
中立を保つケルヴィン辺境伯家の次男デーヴィド。
帝国貴族は何かしらの派閥に属し、水面下で政争を繰り広げている。
僕が断罪される可能性の未来においては、いずれかの派閥が関わっていることは間違いない。
親交を築いても、いずれ彼らと敵対せざるを得ない未来だってあり得る。
そうならないように努力はしているけど、それぞれの立場ではどうにもならないことも出てくるはずだ。
覚悟だけは、今からしておくべきなんだろうな。
まぁ、何人であろうと僕の家族に手を出したら絶対に許さないけどね。
「リッド様、皆様からそれとなく注目されております。恐れながら、そろそろ挨拶回りに出た方がよろしいかと」
僕達の側で控えていたカペラがすっと耳打ちしてくれた。
ちなみに、僕達の側にはティンクとアスナもいる。
「そうだね。じゃあ……」
頷いて返事をすると、僕は身なりを軽く整えてファラの前で畏まってにこりと微笑んだ。
「エスコートさせてくれますか。最愛の人」
「ふぇ⁉ あ、は、はい」
「ありがとうございます。それではお手をよろしいでしょうか」
僕が手を差し出し、彼女は頬を染めつつその手を取ってくれたその時、会場にいる子息達のざわめきと、令嬢達の黄色い歓声が聞こえてきた。
「私達の歳とそんなに変わらないはずなのに、あんなに堂々としているなんて……⁉」
「愛妻家という話は本当だったんだな」
「ファラ様、お美しい方だ……」
「素晴らしいですわ。まるで『華と恋』に描かれていた一場面のようです」
「あぁ、これが『尊い』ということなのですね」
「リッド様とファラ様、あのお二人には付け入る隙がありません」
「お慕いしておりましたのに、リッド様……」
何やら聞き捨てならないような発言もあったような気がしたけど、ここは気にせずにいこう。
言葉よりも、行動で示したほうがわかりやすいからだ。
「それでは参りましょう」
「はい、リッド様」
僕とファラは堂々と胸を張り、子息令嬢達の中に入っていった。
注目こそ浴びていたけど、いざ入ってみると子息令嬢達は及び腰になってしまったようだ。
でも、デーヴィドとベルゼが気を利かして僕達に挨拶してくれた。
これがきっかけとなって、子息令嬢達も次々とやってくる。
子息の中には『いくらバルディアが発展しようとも、帝国の中心は帝都です。お忘れなく』なんて嫌みを言ってくるような子達もいた。
まぁ、親に『嫌みの一つでも言っておけ』とでも言われたんだろう、そう思って僕は聞き流すつもりだった……だったんだけど、ファラが笑顔で毅然とこう告げた。
『仰るとおり、帝国の中心は帝都でございましょう。ですが、バルディアは帝国と皆様を守る役目を全うしております。帝都が帝国の中心として存在できているのは、当家をはじめ、国境を守る貴族あってこそでございましょう。そうはお考えになったことはございませんか?』
『そ、それは……』
『直近でも帝国に侵攻を企てた者がいましたね。そして、彼らから誰が帝国と帝都、もとい皆様を守ったのか。お忘れなきようお願い存じます』
『う……⁉』
笑顔だけど目の奥が全く笑っていないファラの言葉を浴びせられた子息達は、揃って口を噤んで俯いてしまう。
でも、ファラはそこで終わらない。
言い負かされて悔しさに堪える子息達に、綺麗な所作でカーテシーを披露して頭を下げたのだ。
『恐れながら、帝国を慮ってのお言葉は身に染みる思いでございました。そのお心でどうか陛下を、帝国を支えてくださいませ』
『は、はい。わかりました……』
子息の面子を潰さないようにするため、彼女は子息の言葉を『嫌み』ではなく『忠誠心からの発言』としたのである。
陛下や父上、デイビッドやデーヴィド達、一部の人はファラの意図にすぐ気付いた様子で感心していたようだ。
ただ、子息がファラを前に顔を赤らめていたので、僕はにこりと微笑みかけて目配せした。
妻に邪な気持ちを抱くなよ?、とね。
子息達はこちらの視線に青ざめ、『失礼いたしました』と頭を下げて去って行った。
まぁ、こんな感じで挨拶回りが一段落着いてきたところ、「リッド、挨拶は終わったか?」と呼びかけられる。
振り向けば、そこにいたのはデイビッドとヴァレリだった。
「うん、大体ね」
僕が頷くと、ヴァレリがファラをちらりと見やった。
「見てたわよ、ファラ。見かけによらず、貴女もリッドに負けず劣らず末恐ろしい子ねぇ」
「ありがとうございます。ヴァレリ様にそう仰っていただけるなんて光栄でございます」
「……食えない子ねぇ。公共の場とはいえ、周囲に人はいないのよ。もう少し口調を崩しても問題ないのではなくて?」
「大変有り難いお言葉ですが、この場ではそういう訳には参りません。どうかお許しください」
ファラの言った『この場では』というのは、『皇太子とその婚約者として出席している公共の場だから、いくら友人でも言葉は崩せない。親しき仲にも礼儀あり』ということを指している。
相変わらず、僕の妻はしっかり者だ。
「はぁ、そこらの貴族よりも貴族らしいわ」
やれやれとヴァレリが肩を竦めると、デイビッドが咳払いをした。
「さて、リッド。挨拶が終わったなら、私達と勝負しないか?」
「勝負、ですか?」
僕とファラが顔を見合わせて首を傾げると、彼はにやりと笑った。
「皆が集まる懇親会の場で行う勝負と言えば『ダンス』に決まっているじゃないか」
デイビッドの声が会場に響くと、目の色を変えてざわめく子息令嬢達の注目を浴びることになった。




