フェイの目的と提案
「フェイ……⁉」
「まさか僕の幻覚を打ち破るとはねぇ。心の闇には誰もが恐れ戦き、すくみ上がって殻にこもっちゃうのになぁ」
僕は眉を顰め、彼をじろりと睨んだ。
兜で顔も覆っているから表情を見ることはできないけど、口調と声からして間違いなくにやにやと笑っている。
イビとマルバスは僕の両隣に立つと、武器の切っ先をフェイに向けた。
「てめぇ、このクソ蝶が。よくも人の心にずけずけと土足で入りやがったな。ぜってぇ、許さねぇ」
「こればかりは鳥頭に同意しよう。そして、覚えておけ。人の弱みを利用するときは、必ず成功させなければならん。失敗すれば逆鱗に触れ、手痛いしっぺ返しを喰らうことになるとな」
「イビの怖い顔、おっかないねぇ。マルバスがその言葉を使うと重みがあるよ。そう思わないか、リッド」
フェイは肩を竦めながらこちらに視線を向けてくる。
僕は眉をぴくりとさせるが「さぁ、どうかな」と頭を振った。
ここで下手な反応を示せば、フェイの思うつぼだ。
それに、今までのことで気になっていることがあった。
「それよりも、どうして幻覚なんて見せたのか教えてほしいな。そして、いつでも倒せたはずの僕達を放っておいた理由をね」
「いいよ、幻覚を打ち破ったご褒美に教えてあげる。でも、わざわざ尋ねてくるってことは、リッドは察しがついているんでしょ?」
彼は肩を竦めておどけた。
「おい、リッド。どういうことだよ」
イビが首を捻ると、僕は「おそらく……」と切り出した。
「幻覚を見せた目的は勝利することじゃない。僕達の自我を消失させ、君が宿る形代にするために必要な工程だった。どうだ、違うかい?」
真っ直ぐに見据えながら問い詰めると、彼は肩を小刻みに震わせる。
そして、高笑いを始めた。
「あっはは。そうさ、その通りだよ。ずっと探していたんだ、僕に相応しい形代をね。フローベルやルイ達、他の冒険者では器が少々小さくて困っていたんだよ。でも、やっと相応しい器を見つけたんだ」
フェイはそう告げると、すっと指をこちらに向けてきた。
「リッド、君こそ僕の器に相応しい。僕は君の全てを飲み込み、リッド・バルディアとなって地上に行くよ」
「……ふざけるな。僕の体は君の器じゃないし、はいそうですかと頷くわけないだろ」
苛立ちを隠さずに凄む。でも、彼は「はは」と噴き出した。
「そりゃ、そうだよね。じゃあ、こういう提案はどうかな。僕はもうリッドにしか興味がない。だから、イビとマルバス。君達が協力してくれるなら、リッド以外は全員解放するよ。もちろん、今形代にしているフローベルもね」
「な……⁉」
思いがけない提案に僕が目を丸くすると、「ほう……」とマルバスが相槌を打った。
「私からすればフローベルを始め、部下達が五体満足で無事に帰ってくるわけだ。確かに悪い提案ではないな」
「マルバス……⁉」
「あたしとしても、無事に地上へ出られるならそれに越したことはねぇな」
「イビまで……⁉」
ここまでやってきて、多少は信頼関係ができたと思っていたのに。
二人の言葉に愕然とするなか、「話が早くて助かるよ」とフェイが頷いた。
「じゃあ、早速……」
彼がこちらへ歩み寄ろうとしたその時、マルバスとイビが僕の前に出てフェイに武器の切っ先を向ける。
「君達、何の真似かな」
フェイが首を捻ると、マルバスが眼鏡の山をくいっと上げた。
「……悪い提案ではないとは言ったが、貴様の案に乗るぐらいなら木偶と組む方がましだ」
「あたしもだ。そもそも、人の心に土足で上がり込んでくる奴を信用するわけねぇだろ」
「二人とも……⁉」
力強い言葉が嬉しくて心が熱くなっているも、フェイは白けた様子で肩を竦めた。
「あらら、交渉は決裂か。じゃあ、しょうがない」
彼はゆっくりと剣を構え、こちらに向かって跳躍した。
「君達全員、僕の形代になってもらうよ」
マルバスとイビが武器を構えて身構えるも、僕は二人の前に出て両手に溜めていた魔力を解放した。
「螺旋槍」
「木偶、何のつもりだ⁉」
「リッド、あいつに魔法通じねぇぞ⁉」
背後から二人の驚愕した声が聞こえるも、僕は「まぁ、見てて」とちらりと目配せした。
「愚かだね、リッド」
向かってきたフェイは足を止め、多重魔障壁を展開した。
螺旋槍と魔障壁が打ち合わさり、硝子が衝突したような音が響きわたる。
「僕に遠距離魔法は通じない。魔力を無駄にしたね」
「さぁ、それはどうかな? 最大出力だ」
僕が消費魔力量を上げた瞬間、螺旋槍が巨大化して多重魔障壁ごとフェイを飲み込んだ。
「な……⁉」
「さぁ、吹っ飛びな」
螺旋槍はフェイを飲み込むと、そのまま広間の壁に直撃して大爆発が起きた。
爆音が轟き、衝撃で床が揺れる。
僕は肩で息をしながら片膝を突いた。
「木偶、貴様何の真似だ」
「そうだぜ。見た目は派手だったけどよ、あれじゃ倒せねぇだろう」
マルバスとイビが声を荒らげるなか、「わかっている」と僕は頷いた。
「でも、ちょっと作戦会議する時間を稼ぎたかったんだ」
「作戦、だと?」
マルバスが首を捻ると、僕は手短に試してみたい作戦を告げた。
「……というわけなんだ。この仮説が正しければ、フェイをフローベルから追い出せると思う」
「なるほど、木偶にしては考えたな。やってみる価値はありそうだが、私達も疲弊している。あまり時間は掛けられんぞ」
「うん。マルバスとイビが好機を作ってくれれば、必ず成功させてみせるよ」
「……好機なら、あたしが作るぜ」
イビがにやりと笑う。
でも、その目は何か決意に染まっているというか、とても真剣な眼差しだった。
「えっと、何をするつもりか聞いても良い?」
「歌を通して、あたしがお前達に補助魔法【バフ】を与えて、同時にフェイを弱体化【デバフ】させるんだよ」
「歌を通して補助魔法だって……⁉」
僕は新しい魔法の存在を知り、牢宮内だというのに胸が高鳴った。
補助魔法といえば、狐人族のノワールが扱う『燐火の灯』というのがある。
仕組みとしてはノワールの魔力をラガードに与え、一時的に対象の能力を爆増させるものだ。
ただし、術者と対象の魔力相性に成功の有無が左右されるし、ノワールしか扱えない種族魔法だったので一般化はできなかった。
イビの歌による補助魔法と言われて思い浮かべるのは、鳥人族領で魔物の大軍を相手に彼女が守護十翼【ブルートリッター】を指揮していた姿だ。
やっぱりあれは、歌っていたということになる。
それにしても、声を魔法化させるというのはどんな仕組みなんだろう。
練習したら僕にもできるだろうか。
声に魔法を乗せられるなら、初見殺し魔法とかも生み出せそうだ。
ただの会話だけで相手を制圧できる最強最悪の魔法とかね。
もちろん、悪用するつもりはない。
知的好奇心、そう、ただの知的好奇心だ。
「……おい、木偶。何だ、その締まりの無い顔は」
マルバスの放った棘のある言葉で、僕はハッと我に返った。
「あ、ごめん。初めて聞く魔法だったから、つい気になっちゃって」
決まりが悪くなって頬を掻いていると、イビが咳払いをした。
「じゃあ、簡単に流れを伝えるぜ」
「わかった、手短にな」
「うん、お願い」
僕とマルバスは彼女のいう補助魔法の説明を受けると、フェイを倒すべく動き出した。




