魔力の残滓とリッドの秘めたる想い
「ちょ、ちょっと待ってください。母上とメルが亡くなったってどういうことですか⁉」
僕はハッとして起き上がると大声を上げた。
まさか牢宮に閉じ込められている間に相当な時間が経過したんだろうか。
いや、仮にそうだとしても母上は治療の甲斐あって回復に向かっていたはずだ。
メルが後を追うようにというのも合点がいかない。
「決まっているだろう。それは……」
父上は口角を上げて不気味に笑った。
「貴様が断罪される悪役だからだ」
「え……⁉」
呆気に取られた瞬間、閃光が放たれて目が眩む。
こ、今度はなんだ⁉
ゆっくり目を開いていくと、僕は騒がしい人集りの中にいた。
どこかの広場だろうか。
困惑していると中央から「静粛に」という威厳のある声が轟いた。
「これより帝国を裏切った売国奴リッド・バルディアの一族と関わった者達、バルディア家の断罪を執り行う。まずはバルディア家より罪人ナナリー・バルディア、メルディ・バルディア、ファラ・バルディア。そして、クリスティ商会のクリスティ・サフロンである」
「な……⁉」
青ざめた僕は人集りをかき分けて広場の中央に飛び出た。
そこでは、大きな処刑台の上で死装束のような服装に着替えた母上、メル、ファラ、クリスの四人が縄で縛られて両膝を突かされていた。
また、四人の側には巨大な斧を振り上げている処刑人が立ち並んでいる。
「そんなことさせるものか」
皆を助けようと魔法を発動しようとするも、何も発動しない。
「ど、どうして……?」
唖然としていると処刑台の上に立っていた男が僕を見て「取り押さえろ」と発した。
魔法を使えない僕は為す術なく、周囲に居た人達に取り押さえられてしまう。
「や、やめろ。離せ、離してよ」
声を張り上げるも、僕を取り押さえた人達はにやにやと笑うばかりだ。
「この大罪人」
「帝国の裏切り者」
「売国奴め」
僕は罵倒を浴びせられながら、処刑台の前に座らせられた。
「リッド・バルディア。国家転覆を計った罪だ。一族と関わった者達が滅ぶ様をその目で確かめろ」
「ふざけるな。僕は国家転覆なんて考えたことはない」
処刑台の上に立つ男に声を荒らげると、母上達が絶望に染まった顔を上げて僕を見据えた。
「リッド、後生です。どうか罪を認めてください」
「そうだよ。兄様のせいで私達は処刑される事実を受け容れて」
「リッド様、私を大切にしてくれるのではなかったのですか」
「断罪される運命を承知だったのに、関係ない私達を巻き込んだんですね」
「母上、メル、ファラ、クリスまで……⁉ 皆、どうしたんだ⁉」
声を掛けるも返事はなく、返ってきたのは男の笑い声だった。
「馬鹿め。罪を自覚していないのはお前だけだ、リッド・バルディア。貴様さえいなければ、このようなことにならなかった。やれ、お前達」
「な……⁉」
男の声で処刑人達が斧を振り上げた。
人集りから歓声が起き、母上達は目を瞑って何も言わずに俯いた。
「やめて、やめてぇええええええ」
僕が必死に大声を出した瞬間、斧が振り下ろされる。
その光景を目の当たりにした瞬間、一拍の間を置いて僕は「うわぁあああああああああ⁉」と叫んだ。
そして、転がってきた母上、メル、ファラ、クリスの首から真っ直ぐに見据えられ『全て、お前のせいだ』と言われ、僕の体と心は絶望に染まってばらばらになっていった。
大切な家族を守るため、ずっと頑張ってきたのに。
断罪回避すべく、死に物狂いでやってきた。
それが逆に皆を苦しめていたんだろうか。
僕は、僕はどうすれば良かったんだ。
目の前が真っ暗になり、闇の中で誰かの声が聞こえてくる。
『お前がいたから家族は処刑された』
これは、僕の声だ。
『何故ならお前は断罪される運命だからだ』
そう、僕は断罪される運命にある。
『これは必ず訪れる未来』
処刑台に皆が並ぶ、僕のせいで。
『未来は変えられない。お前が増やした大切なものは、全て処刑される』
運命に立ち向かっていたのは、僕の独りよがりだったのかもしれない。
『皆を救いたいか。ならば、お前が消えるしかない』
僕が消えれば、皆は助かるのかな。
『そうだ、お前が消えれば皆助かる。皆のために消えろ、消えるんだ』
そっか、僕が消えれば皆助かるんだ。
それなら消えたほうがいいのかもしれない。
真っ暗闇の中、体が何かに掴まれ、下へ、下へと引き込まれていくような感覚に襲われる。
きっと、これでいいんだ。
断罪される運命の僕がいれば、きっと皆処刑されてしまう。
もう、何も考えなくて良い。
僕は誰にも必要とされていない、むしろ不幸を招く存在なんだ。
このまま消えてしまうべきで、それがきっと皆の幸せに繋がるんだ。
『リッド、心を強く持て』
え……?
力強く、暖かい声が聞こえた気がする。
ふと目を開けて見上げれば、闇の中に小さな光があった。
『リッド、お前はすでに運命を変えているじゃないか。未来は変えられる。お前なら出来るはずだ』
暖かい声が聞こえると、すぐに冷たい声で『違う』と聞こえてきた。
『今変わったところで、結局最後は断罪される。運命は変えられない、変えられないから消えるしかない』
暖かい声はどうして、どうしてそう思うの。
冷たい声の言うとおり、僕は消えたほうが皆の為になるんじゃないの。
『リッド、お前は決して消えてよい者ではない。それにお前は……』
小さかった光は手の形となって、僕の頭にぽんと置かれた。
その大きな掌には、剣ダコがあって少しごつごつしている。
でも、その手はとても暖かくて、心強くて、優しく、優しく頭を撫でてくれた。
『私の自慢の息子だ。大丈夫、お前ならできる』
そうだ、この暖かい声は父上の声だ。
どうして、忘れていたんだろう。
真っ暗闇に生まれた小さな光がだんだんと大きくなっていくと、周囲に見知った人が次々と現れていく。
『リッド様。皆、貴方が大好きなんですよ。どうか自信を持ってください』
……クロス、ありがとう。
『私達はリッド様のおかげで救われました。出会えた運命に心から感謝しております』
……クリスにエマ、僕も君達に出会えて本当に良かった。
『兄様はね。もっと胸を張って、どんと構えていればいいの。だって、自慢のお兄ちゃんなんだもん』
……メル、情けないお兄ちゃんでごめんね。
『リッド、貴方はおかげで死を待つ運命に立ち向かうことができているのです。どうか、忘れないでください。貴方は、私の誇りなのです』
……母上、僕も母上の子であることを誇りに思います。
『リッド様、お慕いしております。消えたいなんて、悲しいことを仰らないでください』
……ファラ、こんな僕を慕ってくれてありがとう、本当にありがとう。
気付けば僕はバルディアの皆に囲まれ、闇の中はまばゆい光で照らされていく。
カペラ、ディアナ、サンドラ、ティンク、エレン、アレックス達も笑顔でこちらを見ている。
バルディアの領民達、屋敷で働くガルンやダナエを始めとする給仕の皆、第一騎士団の騎士達、第二騎士団の皆。
そして、狭間砦の戦いで犠牲になった皆もいて、にこやかに笑っていた。
そうだよね、僕には皆がいる。
それに皆があんなことを言うはずがないんだ。
周囲で微笑んでくれる皆に「ありがとう」と告げた僕は深呼吸すると、真っ暗闇を見上げた。
『消えろ、お前がいれば大切な者が全員断罪される。これが逃れられない運命であること。それはお前が一番よくわかっているはずだ』
闇の中から声が響いてきた。
そう、その通りだよ。
僕はいつも怯えていた。
今だって怖い。
どんなに頑張っても、断罪の運命から逃れられないんじゃないか。
関わった人達を不幸にしてしまうんじゃないか。
『そうだ、お前に関わった者は不幸になる。だから何もするべきじゃない。消えるべきなんだ』
そうかもしれない。
でも、怯えていても、泣き叫んでも、悲観して引き籠もっていても解決しないんだ。
時間も止まってくれないし、何も変えることはできない。
どんなに過酷で茨の道であっても、諦めて進むことをやめちゃいけないんだよ。
約束された道なんてない、だって僕の後に道ができるんだから。
そして、足を止めないことが唯一、断罪の運命から僕の大切な家族【バルディア】を守ることができるんだ。
……そうだよね、皆。
立ち上がって周囲を見渡すと、皆が笑顔でこくりと頷いてくれた。
『詭弁だ、屁理屈だ、全てまやかしだ』
闇の中、どこからともなく響いてくる僕の声。
きっと、これは僕の心中にある不安や恐れなんだろう。
わかってる、怖いよね。
僕は深呼吸すると、闇の中で自分自身の胸を両手を当てた。
「ありがとう、僕に大切なことを教えてくれて」
『……⁉』
「リッド、僕の名を呼んで!」
真っ暗な闇の中、もう一人の僕の声が聞こえた。
「うん。メモリー、魔力変換強制覚醒だ」
「了解」
僕がそう告げた瞬間、彼の声が聞こえて全身に痛みが迸った。
魔力変換強制覚醒は、ホルストがやってきた洗脳魔法の対処用に編み出した魔法だ。
術者の中にある魔力の流れを意図的に乱すことで、軽い自傷作用を起こして意識を覚醒させる。
「ぐ……⁉」
激痛に歯を食いしばった瞬間、父上がにこりと微笑んだ。
『行ってこい。二度と消えたいなんて口にするんじゃないぞ』
返事をしようとした瞬間、僕の意識は途切れた。
「がぁ……⁉」
目が覚めた瞬間、僕はその場に両膝を突き「はぁ……はぁ……」と肩を上下させながら息をしていた。
周囲を見渡せば、さっきまで戦っていた広場のど真ん中だ。
白銀の騎士となったフェイの姿は見えないけど、近くではイビとマルバスが虚ろな表情で棒立ちになっている。
『危なかったね、リッド。僕もどうにかしようとしていたんだけど、入り込んできたフェイの魔力にがんじがらめにされて動けなかったんだ。ごめんね』
脳裏に申し訳なさそうなメモリーの声が聞こえてきた。
『大丈夫、こちらこそ助かったよ。でも、あの光はなんだったんだろう』
父上、クロス、母上達。
皆を象った光、あれは僕の魔力じゃなかった気がする。
『多分だけど、狭間砦の戦いでリッドの中に入り込んだ皆の魔力残滓じゃないかな』
『だとしたら、僕は皆に助けられてばかりだね』
『それだけリッドが愛されているってことさ。だから、消えてしまえばいい、なんて言ったら駄目だよ。父上にも言われたでしょ』
『そうだね、その通りだよ』
僕は苦笑しながら返事をすると、ゆっくり立ち上がった。
「……フェイの奴。人の心に土足で上がり込み、あまつさえ矜持と弱みまで踏みにじるなんて。絶対にただじゃ済まさないよ」
怒りを込めて吐き捨てると、僕は呆然と立ち尽くしているイビの両手を取った。
「ごめんね、イビ。ちょっと痛いと思うけど許してね。サンドラ直伝、魔力変換強制自覚」
本来、魔力変換強制自覚は魔力の流れや変換を自覚できない術者が、いち早くコツを掴み、魔法修練を短くするための魔法だ。
仕組みは他者の魔力を流し込まれることで、激痛と共に魔力の流れと変換を自覚させるというもの。
その結果として、魔力による催眠にも効果があるみたいなんだよね。
ホルストが僕に施した催眠魔法をこれでカペラが解いてくれたから、効果は実証済みだ。
魔法を発動した瞬間、僕の脳裏に鳥人族の少年少女が沢山集まって遊んでいる映像が浮かんできた。




