フェイとの戦い
「君達、なんで避けられる、どうして防げる、何故当たらない⁉」
フローベルを依代にして白銀の騎士となったフェイ。
長大な曲剣を振るう彼の困惑した声が第七階層の広間に響きわたった。
彼との戦いが始まって、それなりの時間が経過している。
広間の床はフェイの繰り出す馬鹿みたいな威力の斬撃と魔法によってえぐれ、当初の荘厳さはなくなってしまった。
今は主と目的を失った瓦礫の広間と言ったところだろうか。
「さて、どうしてだろうね。僕達が門番を攻略したように自分で考えてみたらどうかな」
剣を構えた僕がにやりと笑うと、フェイは「馬鹿にするな」と曲剣を振り上げて一気に間合いを詰めてくる。
フェイの移動速度と曲剣の破壊力からして、一撃もらえば致命傷だ。
そう、当たれば、ね。
フェイが振るう曲剣の太刀筋を正面から見極め、紙一重で躱しながらすれ違いざまに胴を薙って後方に抜けていく。
見た目は白銀の全身鎧を着込んでいるけど、これは鉄や銀などといった鉱物で作られたものじゃない。
彼が持つ膨大な魔力で作られたもので、魔法の直撃や魔力付与をした物理攻撃を当てれば損傷を与えることができる。
現に彼の全身鎧はところどころに罅が入り始めていた。
「ぐ……⁉」
「ついでにこれもね」
フェイの呻きが漏れ聞こえた。僕は背後に回った瞬間、数発の火槍を放つが魔障壁によって防がれてしまう。
連続した爆音が響き、小さな爆煙が立ち上がった。
「届くか、こんなもの」
フェイは爆煙を片手で払い、勝ち誇ったように声を荒らげた。
彼が膨大な魔力によって生み出す幾層もの魔障壁は、一般的な物理と魔法攻撃程度では突破はまず不可能。
僕の圧縮魔弾集束破砕砲を最大威力で撃ってようやく破壊できるかどうかだろう。
「クソ蝶、よそ見してんじゃねぇぞ」
「油断と隙だらけだ。貴様など恐るるに足りん」
「なんなんだ、なんなんだよ、君達は⁉」
火槍の爆煙に乗じてイビが槍を構え、獣化したマルバスが薙刀を振り上げて襲いかかっていく。
フェイは即座に曲剣を鋭く振り回して反撃するも、二人も僕同様に太刀筋を見極め、紙一重で躱しながらすれ違いざまに斬撃を繰り出して抜けていった。
「がぁ……⁉ どいつもこいつもちょこまかと……⁉」
フェイは曲剣を杖にしながら片膝を突くと、顔を上げて僕達を怨めしそうに睨んだ。
威圧的な白銀の騎士という外見。
一撃で致命傷となり得る長大な曲剣。
全ての攻撃を事実上無効化にする鉄壁の多重魔障壁【たじゅうまほうしょうへき】。
これらを実現させている人ならぬ膨大な魔力量。
一般的な冒険者、戦士、騎士であればすくみ上がって戦慄し、絶望することだろう。
でも、僕達は相当な修練と修羅場を潜っている。
こんな『見た目倒し』の実力に、戦慄することはない。
フェイの戦い方には致命的な弱点がいくつかあった。
一つ目は、攻撃方法が全て単調かつ大振りという癖があることだ。
彼は今まで、膨大な魔力量を生かした力業だけで攻略者達を倒してきたんだろう。
一撃もらえば致命傷だけど、予備動作で太刀筋がすぐにわかる。
最初から『来る』と分かっている以上、見極めて躱すことはそこまで大変なことじゃない。
父上の太刀筋に比べたらぬるい、いや太刀筋に限定したらバルディア騎士団所属の騎士達よりも拙いと言って良いぐらいだ。
二つ目は、鉄壁の魔障壁を生かした立ち回りができていないことに、本人が気付いていないという点だ。
魔障壁を幾重にも張る『多重魔障壁』は咄嗟に展開することは難しいらしく、近接戦闘の中では一度も発動していない。
本来なら近接戦でも鉄壁の魔障壁を生かした反撃主体の立ち回りをすべきだろうに、フェイは曲剣を振るうばかりだ。
これでは最強の盾を背中に背負っていることを忘れて戦っている間抜けな騎士と変わらない。
三つ目は、一つ目と二つ目が僕達に看破され『フェイが斬撃を繰り出すと同時にこちらが反撃を入れれば、いずれ倒せるのではないか』と、戦闘開始直後に悟られてしまったという点。
つまり、フェイは圧倒的な魔力量を持ちつつも、強者との戦闘は素人同然かつ圧倒的な経験不足だったわけだ。
弱点は誰にだってある。
重要なのはその弱点をどう生かすか、もしくは他の強みで補助するかだけど、これには鍛錬による自己分析と経験が物を言う部分だ。
圧倒的な魔力量を持つフェイにとって、どちらも不要だったんだろうけど、そのツケが今になって回ってきている……そんな感じだろう。
膝を突いていたフェイが剣を頼りにしてゆらりと立ち上がると、イビが顔を顰めて舌打ちをした。
「まだやる気かよ。いい加減、倒れてほしいもんだぜ」
「油断するな、鳥頭。ルイ、ジャン、ジーン達が困惑していた言葉の理由がまだわからん」
マルバスが眉間に皺を寄せ、低い声を発する。
確かに彼の部下だったルイ、ジャン、ジーンの様子はおかしかった。
まだ、フェイは何か隠し玉があるんだろうか。
「僕が、この僕が負けるわけがないんだぁあああああ」
フェイは叫ぶと同時に勢いよく高く飛び上がると、魔力を込めた曲剣を構えたまま天井を蹴ってこちらに素早く跳躍する。
「くらぇええええ」
彼が曲剣を振るうと、横一線の斬撃が放たれる。
相変わらず、当たれば即死級の技だ。
でも、この技はもう見慣れていた。
僕達は彼の動きと剣の太刀筋から斬撃の軌道を読み、躱すと同時に彼の懐に入り込んだ。
「これも躱された⁉」
フェイが愕然とした声を発すると、イビがにやりと口角を上げた。
「単調【ワンパターン】なんだよ、クソ蝶が」
「見切ってしまえばどうということはない」
「魔力に溺れたね、フェイ」
イビの槍、マルバスの薙刀、僕の剣が同時にフェイの胸元に突き当たって鉄と鉄が打ち合わさるような甲高い音が広間に轟いた。
「ぐぁああああ⁉ 馬鹿な、こんな馬鹿なぁあああ⁉」
フェイが悲痛な叫び声を上げたその時、彼が纏っていた白銀の鎧全体に罅が走る。
そして間もなく、硝子が割れるような音と共に鎧が砕け散った。
「よし、これで僕達の……」
勝ちだ、と続けようとした瞬間、兜が砕け散って露わになったフェイの顔、その口元がにやりと上がった。
「おめでとう、君達の勝ちだ」
彼がそう告げた瞬間、砕け散った鎧が無数の輝く蝶となって僕達を包み込むように舞い上がった。
「な……⁉」
何が起きたのかと目を瞬くも、僕の意識はそこで途切れた。
◇
「う、うう……ん?」
顔に光を感じ、僕は目をゆっくりと開けていく。
どうやらベッドの上にいるようだけど、ここはどこだろうか。
寝ぼけてぼーっとする頭で体を起こして周囲を見渡すと、何やら見慣れた光景が広がっている。
「もしかして、ここは僕の部屋……?」
きょとんとするも、すぐにハッとして身構えた。
そうだった、僕は牢宮に誘われてフェイと戦っていたはずだ。
でも、周囲には魔物やフェイの気配もない。
部屋の中にあるのは見慣れた調度品の数々だ。
「まさか最後の一撃でフェイを倒した時、即時追放でバルディアに戻されたのかな」
それにしたって、自室のベッドで寝ているなんて一体どういう状況なんだ。
違和感を抱きながら自室を出てみると、「リッド様」と背後から声を掛けられる。
びくりとして振り返れば、そこには執事のガルンが無表情で立っていた。
何だか、いつもと違って、とても冷たい眼差しだ。
「ガルンか、びっくりした。急に脅かさないでよ」
「リッド様、ライナー様がお呼びでございます」
「父上が……?」
あれかな、牢宮に迷い込んでバルディアを不在にしていたから大騒ぎになっているのかな。
不安で胸がざわめくも、ガルンは無表情のまま会釈した。
「はい。用件は伝えましたので、これにて失礼いたします」
「え、ちょっと、ガルン⁉」
呼び止めるも、彼は返事をせずにそのまま去って行ってしまった。
「一体、どうしたんだろう」
いつもの彼らしくないなと首を捻りながらも、僕は屋敷の中を進んでいった。
途中、屋敷の給仕達やメイド達ともすれ違ったけど、何だか僕を見て皆眉を顰めてひそひそ話をしているし、視線も異様に冷たい。
本当に何がどうなっているんだと思いながら執務室に辿り着くと、僕は扉を叩いた。
「父上、リッドです。お呼びでしょうか」
「入れ」
「……失礼します」
扉の向こうから返ってきた声は、感情の籠もっていない冷淡な声だった。
父上、相当怒っているのかな。
恐る恐る部屋に入ると、父上がずかずかとやってきた。
ど、どうしたんだろう。
異様な気配に戦慄していると、ばしんと頬に痛みが走って僕は部屋の壁に叩きつけられた。
え……? あまりに唐突なことに、僕は何も理解できずに目を瞬きながら固まってしまう。
でも、頬から伝わってくる痛みで、父上に打たれたことを強制的に理解させられる。
父上が僕を打った、あの優しくて尊敬する父上が?
そんな、そんなことあるはずがない。
愕然としながらも、僕は口を震わせながら切り出した。
「あ、あの、父上……?」
「貴様のせいでナナリーは死に、メルディも後を追うように死んだ。忘れたとは言わさん。このバルディアの疫病神の死神め」
顔を顰めて嫌悪感を隠そうとしない父上の眼差しは、とても、とても冷たくて、僕の心が徐々に凍てついていく感覚がした。




