矜持の第七階層
「……ここは城の中みたいだね」
博愛を冠する第六階層の門番を倒し、開かれた城門に現れた光の壁。
そこに足を踏み入れた僕達の目の前に現れたのは、色あせた石壁に囲まれた城内の薄暗い廊下だった。
僕達の足下には赤い絨毯が敷かれ、左右の壁には等間隔で燭台が設置されているようだ。
周囲を照らす火が時折揺らめくことで、不気味な雰囲気が際立たせている。
「今のところ魔物の気配はねぇな」
「油断するな、あの黒い渦がある。いつ魔物が出てくるかわからんぞ」
イビが先頭をゆっくり歩き出すと、二番手のマルバスが警戒を促した。
最後尾を歩きながら僕も魔法で気配を探るも、今のところ魔物はいないようだ。
三人で注意しながら暫く進んでいくと、古めかしい両開きの扉の前に辿り着く。
明らかに怪しいけど、ここまでは一本道で他の道や扉はなかった。
「罠かな」
僕が扉を触りながら切り出すと、イビが「かもな」と肩を竦めた。
「でもよ、いくしかねぇだろ」
「牢宮を攻略するためだ。無計画な突入は好みではないが、致し方あるまい」
イビとマルバスは扉の前に並び立ち、僕が魔法をすぐに発動できるよう一歩引いた位置に陣取った。
マルバスが指を三本立て、僕とイビに目配せをする。指を全て折ったら突撃するという合図だ。
僕とイビが頷いて返すと、マルバスは指を一定のリズムで折っていく。
三、二、一、零。
マルバスの指が全て折られると、勢いよく両開きの扉が奥へと開かれる。
魔槍を発動できる状態で身構えていたけど、扉の先に魔物はいないようだ。
訝しんで警戒しながら扉の先に進むと、そこは開けた円形状の広間だった。
ぐるりと周囲を見渡してみた印象、野球やサッカーが余裕で出来そうな広さがありそうだ。
高い天井には豪華なシャンデリアが吊るされている。
そして、この場所には次に進む扉や廊下は見当たらない。
「どうやら、ここが終点みたいだね」
「みたいだな。さて、鬼が出るか蛇が出るか」
「どちらでも良い。さっさと終わらせるぞ」
僕の言葉にイビがおどけ、マルバスが吐き捨てるように告げたその時、背後から『バタン』という強い音が響きわたる。
ハッとして見やれば、扉がひとりでに閉まっていた。
「リッド、イビ、マルバス。おみごと、おみごとだよ」
正面から拍手とわざとらしいほどに明るい声が聞こえて振り向けば、そこには白金色の髪、目尻の下がった目に緑の瞳を浮かべたあどけない顔を持ち、蝶の羽で宙を舞う牢宮の妖精フェイが目を細めて微笑んでいた。
「いやぁ、ここまで三人揃って辿り着くとは思わなかったよ。君達、とっても強いんだねぇ」
「フェイ、君が出てきたということは矜持を冠する門番を倒せば攻略完了ってことで良いんだね」
僕は彼の言葉にあえて乗らず、強めの口調で問いかけた。
「もちろんだよ。でも、そう簡単に倒せると思わないことだね」
「はは、そりゃこっちの台詞だぜ。クソ蝶さんよ」
イビが槍を構えながら口角をにやりと上げると、「無駄に煽るな、鳥頭」とマルバスが背負っていた鞄を投げ捨てて薙刀を構えた。
「フェイが牢宮核の化身か何かだとしたら、今までの門番達とは比べものにならん魔力量を持つはずだ。見た目に騙されて油断するなよ」
「ふふ、マルバスはよくわかっているじゃないか」
フェイが笑みを噴き出して指を鳴らすと、彼の足下に黒い渦が出現した。
魔物を呼び出すつもりか。
僕達が身構えると、渦の中から現れたのは冒険者風貌の狐人族。
黒の長髪、顔付きや体格、服装からしておそらく女性だ。
「フローベル……⁉」
マルバスが目を見開いて声を発すると、フェイはこくりと頷いた。
「そうだよ、マルバス。ルイ、ジャン、ジーン、フローベルは君の部下だったらしいね。でも、今は僕の大切な友達で形代【かたしろ】候補なんだ」
地上に出るための形代……?
形代って、神霊を宿すために紙とかで作る人形のことだったはず。
そう思った時、僕はフェイが地上から色んな人を牢宮に誘った目的が分かった気がした。
「なるほど。フェイ、君の目的は牢宮から地上に出ることか」
僕が問い掛けると、彼は目を瞬いた。
「あらら、ちょっと口が滑ったね。まぁ、ここまできたら誤魔化す必要もないか」
彼は決まりが悪そうに頬を掻くと、「そうだよ」と頷いた。
「僕はね、生まれてからずっとここにいるんだ。でも、もう飽き飽きなんだよ。だから、魔力を沢山持つ人を牢宮に誘ったんだ。僕の友達として、形代候補としてね」
「ふざけるな。私の部下は貴様の友達でもなければ、形代でもない。返してもらうぞ」
「いいよ。僕達に勝てたら、だけどね」
鬼の形相でマルバスが怒号を発するも、フェイは笑みを崩さない。
「さぁ、僕の友達フローベル。あの三人に君と僕の力を見せてあげよう」
「……」
フローベルは何も答えず、虚ろな表情でこくりと頷いた。
「何をするつもりか知らんが、やらせはせん」
マルバスが炎を纏わせた薙刀を振り上げ、目も止まらぬ速さで跳躍する。
瞬時に獣化したらしく、凄まじい魔波が吹き荒れた。
「ぐ……⁉ マルバス、無茶だ」
「ぼんぼん眼鏡⁉ 馬鹿野郎、あいつ正面から突っ込みやがった」
僕とイビは間近で発生した魔波のせいで動きが取れない。
「最大威力だ。この一撃で終わらせる」
薙刀に揺らめく炎の大きさは今までとは比にならない。
あれがマルバスの全力か。本当に一撃で終わらせるつもりだ。
「な……⁉」
フェイは虚を突かれたのか、目を見開いて固まっている。
「塵一つ残さず消え失せろ」
「うわぁあああああああ⁉」
マルバスが薙刀を振り下ろし、フェイの悲鳴が広間に響きわたる。
次いで広間の中心で爆音が轟き、火柱が立ち上がった。
その火柱は天井まで届き、広間全体を烈火の灯りが照らしていく。
「す、すごい……」
「ぼんぼん眼鏡の奴、正面から突っ込みだけのことあるじゃねぇか」
僕とイビは目の前の光景に思わず感嘆した。
あの一撃、僕の『螺旋槍』に匹敵するか、おそらくそれ以上の威力だ。
直撃したら僕でも防げないかもしれない。
ごくりと喉を鳴らして息を呑んでいると、火柱が消えていく。
もしかして、倒せたのかな。
身を乗り出して目を凝らしていると、広間の中央に『三人』の影が見えてきて、僕は「な……⁉」と驚愕した。
マルバスが繰り出した全力の一撃。
それをフェイは片手で張った幾重もの魔障壁で防いでいたのだ。
魔障壁を一枚ではなく、何層にも重ねて同時発動することで耐久力を大幅に向上させたのか。
魔障壁の出力を上げて分厚くすることはよくするけど、幾重にも重ねるという方法は試したことがない。
やってみないとわからないけど、もしかすると普段のやり方よりも魔力効率良く分厚い魔障壁を発動できるかもしれない。
やっぱり、魔法って面白いなぁ。
今度やってみよう。
「おい、リッド。なんで、ぼんぼん眼鏡の攻撃が防がれて嬉しそうに目を輝かせてるんだよ」
「え……⁉ いやいや、そんなことないよ」
イビが目付きを細め、こちらをジトッと見据えていた。
僕が慌てて頭を振っていると、フェイの笑い声が響きわたる。
「なーんてね。どう、良い演出だったでしょ」
「き、貴様……⁉」
獣化したマルバスが歯ぎしりをしながら薙刀で押し込もうとするも、幾重にも張られた魔障壁はびくともしない。
「残念だけど、王子様が囚われのお姫様を助けて大団円。そんなお話はもう飽き飽きなんだよねぇ」
フェイが目を細めた次の瞬間、魔障壁が弾けてマルバスをこちらへ吹き飛ばした。
「ぐ……⁉」
彼が受け身を取って着地すると、フェイはフローベルの頭上に舞い上がった。
「さぁ、改めて見せてあげる。僕と友達の力をね」
そう告げると、彼の体が魔力の煌めきとなってフローベルの体を包み込んでいく。
やがて、煌めく魔力の渦ができてフローベルの姿が見えなくなってしまった。
「おのれ……⁉」
マルバスが悔しそうに吐き捨てた直後、渦が消えて魔波が吹き荒れる。
そして、その中心に立っていたのは白銀の全身鎧に身を包み、背中に赤い外套【マント】を羽織り、足下を隠すスカートのような腰布を纏った騎士だった。
身の丈七尺を優に超えそうな高身長に加え、その片手にはその身の丈を越えるか同等の曲剣を持っている。
威圧的な見た目にも息を呑まされるけど、それ以上に恐ろしいのが騎士から感じる尋常じゃない魔力だ。
フェイの時は感じられなかった魔力が、フローベルを依代にしたことで溢れ出したというか、察知しやすくなったのか。
何にしても、魔力量だけなら間違いなくエルバや僕以上だ。
これがフェイの、いや牢宮が蓄えた魔力なのか。
鎧の擦れる音が聞こえてハッとすると、彼がこちらに体を悠然と向けてくる。
「さて、矜持を冠する七階層は僕自らが全身全霊を掛けてお相手するよ。これこそ人が求める『矜持』というものなんでしょ」
威厳と威圧を発する全身鎧の兜越しに聞こえてくる声は、女性とフェイの明るい声が混ざりあって不気味で異様なものだった。
でも、不思議と戦慄はない。
むしろ『この戦いは勝てる』と、何故か僕の直感はそう告げていた。




