橋上の決着
イビが僕を抱きかかえ、マルバスが薙刀と槍を持って警戒しながら橋上を進んでいくも、魔物は出てこなかった。
僕が放った魔法で一掃できたようだ。
もしかしたら出現元になる黒い渦も一緒に破壊できたのかもしれない。
なお、お姫様抱っこをされていた僕は何度も降ろしてほしいと懇願したけど、イビは「何度も言わせんな。休むのも戦いだぜ」と同じ答えを繰り返すだけで、結局聞いてくれなかった。
彼女は優しいのか、頑固者なのか。
いや、根が優しい口の悪い頑固者、と言うべきかな。
湖の中央にそびえ立つ城の大きな門前に辿り着くと、イビはようやく僕を降ろしてくれた。
「イビ、ありがとう。おかげで休めたよ」
「いいってことよ」
彼女にお礼を告げると、僕は周囲を見渡して城門を見上げた。
圧縮魔弾集束破砕砲の直撃を受けて爆発したせいか、周囲と城門は真っ黒に焦げている。
城門は橋前にあった門同様の大きさで両開きだ。
ただ、門には巨大な蛇が描かれていた。
「ん……?」
いま、門に描かれた蛇の目が動いたような気がする。
確認しようと門に近づこうとすると、マルバスに制止されてしまった。
「木偶、迂闊に近づくな」
「ごめん。でも、いま門に描かれた蛇の目が動かなかった?」
「目が動いた、だと?」
彼が眉を顰めて城門に描かれた蛇を見やったその時、ぬぅっと巨大な蛇の頭が浮き出てきた。
僕達はハッとして、すかさず飛び退く。
「おい、鳥頭。お前の得物だ」
「あいよ」
マルバスは預かっていた槍を投げ渡し、イビは槍を構えた。
僕も腰にあった剣を抜いて身構える。
これが、第六階層の門番か。
狭間砦の戦いと普段の鍛錬を経て、僕の魔力量は以前とは比べものにならないくらい増加した。
さすがに圧縮魔弾集束破砕砲を発動したことで半分以上は減ったけど、まだ戦う余裕はある。
お姫様抱っこをされたのは恥ずかしかったけど、イビのおかげで少し回復もできたからね。
城門から浮き出てきた蛇の鱗は真っ黒だ。
でも、蛇の鱗でよく見る光沢はない。
くすんでいるというか、不気味な雰囲気だ。
全長で言えば、今までで一番大きいかもしれない。
巨大な蛇はとぐろを巻いてその身をぬっと立たせると、天を仰いで口を大きく開いた。
何をするつもりだろうか。
そう訝しんでいると、口の中から黒の長髪と赤い縦筋の瞳を持ち、軽装の鎧に身を包んだ女性の上半身が現れる。
「な……⁉」
僕は目を見開いた。
この姿は半人半蛇、まさしく蛇女【ラミア】だ。
「シャアアアアア」
蛇女は僕達をじろりと睨み、咆吼を轟かせた。
僕は蛇女の動向に注視しながら横目で周囲を見渡し、『やっかいだな』と心中で気を引き締める。
橋上の横幅は僕達にとって広く感じられるけど、蛇女の巨体からすれば狭い。
橋の欄干より先は牢宮の魔障壁が再生している。
つまり、僕達は常に相手の攻撃範囲内での動きを強いられるわけだ。
今までの門番達だって、かなりの攻撃範囲を持っていた。
でも、舞台全体に攻撃が及ぶことはなかったから、いざとなれば逃げて体勢を立て直すこともできた。
状況によっては一撃離脱の戦法で様子見をしていたからね。
僕が破砕砲の発動を決意した橋上の利点が、今度はそのまま蛇女に適用されるというわけだ。
ちらりと見やればイビとマルバスも眉を顰め、蛇女を見据えている。
不利な状況をいち早く理解しているんだろう。
「なぁ、リッド」
正面の蛇女を見据えたまま、イビが切り出した。
「あたし達が時間を稼いで、お前だけ後方に下がってさっきの魔法をもう一度使うってのはどうだ」
「……ごめん。あの魔法は魔力消費が激しくてね。半日かそれ以上は休まないと、二発目は無理なんだ」
「魔力消費を減らした場合はどうなる」
マルバスも蛇女を睨みながら会話に入ってきた。
「その場合でも、僕が扱う魔法で威力は最上位かな。ただ、七階層があるのに僕がバテちゃうよ」
「なるほど。それは論外だな」
僕の答えを聞き、マルバスが鼻を鳴らした。
「しゃあねぇ。こうなりゃやるしか……」
イビが開き直った様子で肩を竦めたその時、蛇女の上半身が黒く染まりはじめた。
「今度はなんだ……?」
武器を構え、目付きを細めて訝しんでいると、蛇女はだらりと両腕を下げる。
魔法でも発動する兆候なのか。
魔障壁を発動できるよう魔力を練り上げていると、黒く染まった蛇女の体がぼろぼろと崩れ始めた。
目の前の出来事に唖然としていると、崩れた破片がマルバスの足下に転がってくる。
彼は訝しみつつ、破片を足で踏んだ。
がしっという乾いた音と共に破片は崩れ去り、黒い跡が残る。
「これは、おそらく炭だな」
「炭……? でも、どうして」
マルバスの言葉に僕が首を傾げると、イビが「あぁ、そういうことか」と何かに気付いたらしく、構えを解いて槍を肩に担いだ。
「こりゃ、あれだな。門に化けたまま不意打ちするつもりが、リッドの魔法が直撃して燃え尽きたんだろうぜ。だから燃えかすしか残ってねぇのさ」
「どうやらそのようだな。不意打ちを仕掛けるべく、予め実体化していたことが仇となったようだ。無様だな」
「あ、あはは。意図してなかったけど、結果良ければって奴かな」
マルバスも構えを解いて、眼鏡の山をくいっと上げる。
僕は二人の様子に苦笑しながら頬を掻いた。
破砕砲の光線で炭化してしまったらしい蛇女の体がみるみる崩れていき、やがて胸元に翡翠の丸玉が露わになる。
ただ、よく見れば罅だらけで今にも砕けそうだ。
「シャア、シャアアアアアアア」
最期の悪あがきと言わんばかりに蛇女は腕を振りかぶるも、その腕は無残にも崩れて橋上に落ちてしまう。
その動きで体の均衡が崩れたのか、保っていた蛇女の体はみるみる崩れてしまい、うつ伏せで正面に倒れた。
丁度、蛇女の顔が僕達の目の前にある。
カランカランと澄んだ音が聞こえてくると、僕の足下に翡翠の丸玉が転がってきた。
「シャアァ……⁉」
「残念だったね。往々にして計算高い者ほど、偶然という突風に弱いものさ。次は正々堂々、正面から仕掛けてくることだね」
必死に顔を上げ、睨み付けてくる蛇女。
僕は微笑み掛けると、翡翠の丸玉にゆっくり足を乗せ体重を込めていく。
足に僅かな反発があるが、少し力を込めるとパキっという音が響いて翡翠の丸玉は砕け散った。
蛇女は目を見開くも、炭化していた全身が一斉に崩れ去って煌めく魔力となって霧散していく。
翡翠の丸玉に残っていた魔力で、何とか体を維持していたんだろう。
僕達の前に姿を現したのは門番の意地か、それとも牢宮の命令か。
何にしても、橋上に現れた魔物達を一体残らず倒せて良かった。
僕は分け隔てなく、平等に接するよう心がけている『博愛主義者』だからね。
魔力が霧散していく中、煌めきが人の形を成していく。
現れたのは狐人族の冒険者らしい風貌の人だ。
彼がその場にうつ伏せで倒れると、マルバスが「今度はジーンか」と言って駆け寄った。
「しっかりするんだ、ジーン」
彼が抱きかかえて呼びかけると、ジーンは「う……⁉」と呻き声を上げてゆっくりと目を開いていく。
「マルバス、様……?」
「ジーン。情報だ、情報がいる。お前ほどの男を倒した相手。そして、フローベルはどうしたのだ」
マルバスが間髪を入れずに問いかけると、ジーンはマルバスの腕を掴んだ。
「蝶の、見かけに騙されてはなりません。あいつのほん……」
彼が答えようとした瞬間、再び黒渦と黒い手が出てきてジーンの口を塞ぎ、渦の中に引きずり込んでいく。
「やっぱり、このまま見過ごせないよ」
大軍を倒したとはいえ、ここまで魔物が出てこなかったのは不自然だ。
おそらく、全属性攻撃の性質を持つ破砕砲の一撃で、魔物が出現する黒い渦を破壊したか、何かしらの損傷を与えたんだろう。
光魔法か雷魔法でも当てれば、そう思って魔法を放とうとするも「やめろ、リッド」とイビに腕を掴まれ、止められてしまった。
「イビ、どうして止めるんだ」
「何をするつもりか知らねぇが。ここで何をやったところで助けられねぇ。決めたことだろ」
「でも……⁉」
反論しようとするが、既にジーンの体は闇に半分以上呑まれている。
こうなっては、もう僕の出る幕じゃない、か。
歯ぎしりして俯くと、「その気持ちは嫌いじゃねぇぜ」とイビは掴んでいた僕の腕を放してくれた。
「くそ、またか。ジーン、フローベルは。フローベルはどうした⁉」
マルバスが舌打ちし、大声で再び問いかけた。
「フローベ……は……⁉」
ジーンは呼びかけに応じようとするも、黒い手に口元を塞がれて答えられない。
「駄目か。心を強く持ち、私を待っていろ」
「……⁉」
マルバスがそう言って踵を返すと、ジーンはこくりと頷いて闇に呑まれていった。
彼が手を拳にして震わせながらゆっくり立ち上がると、橋上に地響きが起きる。
何事かと正面を見れば、両開きの城門がゆっくり開きはじめていた。
程なく、全開となった扉には次の階層に進むための光の壁が現れる。
次が最後、矜持を冠する七階層だ。
フェイ、君が仕掛けてきたこの遊戯【ゲーム】。
遠慮なく勝たせてもらうよ。




