六階層・橋上の戦い、リッドの全力魔法
「進んでこい、と言わんばかりのでっかい門だね」
博愛を冠する六階層。
僕達は五階層で使っていた防寒着を脱ぎ捨て、薄暗い暗雲の下で木々と雑草が生い茂る湖のほとりを歩き、遠目に見えていた湖の中心にそびえ立つ城へ掛けられた巨大な石橋の前に辿り着いた。
橋の前には古めかしく、おどろおどろしい両開きの門が高々と立ち、これ見よがしに開かれている。
門の中には、湖の中心に立てられた城がくっきりと収まっている。まるで、絵画の構図のような光景だ。
門構えに目をやれば、長年に渡って雨風に晒されてきたような罅や破損が見られた。
牢宮【ダンジョン】の演出だろうけど、中々様になっている。
それに、ほとりを歩いていた時から鼻を突いてくる臭いが気になっていたけど、門前に立ってはっきりした……これは磯の香りだ。
淡水と海水が混ざった汽水湖か、もしくは海そのものなのかもしれない。
「十中八九、罠だろうな」
イビは肩を竦めておどけると、「それで……」と口角を上げた。
「どうするよ、お二人さん。あたしはいつでもいけるぜ」
「どうもこうもない。罠だとしても、牢宮攻略を果たすためには進むしかあるまい」
「そうだね。ここでじっとしていても始まらない。注意して進んでいこう」
マルバスの言葉に頷くと、僕達は武器を構えて門へと歩み出した。
僕は牢宮内で拾得した剣を片手に持ち、腰には短剣を数本差している。弓もあったんだけど、矢がなくなってしまったので止むを得ず捨ててしまった。
イビは魔物を倒す内に良さげな槍を手に入れ、それをずっと使っている。彼女の腰にも剣と短剣が刺してあり、臨機応変に対応できるよう備えているようだ。
マルバスは持ち込んだ愛用の薙刀をずっと使っていて、刃こぼれなども見られない。拾得した短剣を何本か持っているのは、投擲手段に使うためだろう。
門を越えて橋の広さに目を向ければ、横幅は木炭車や馬車が並列して四台は余裕で通れる気がする。
歩道のない四車線道路ぐらいはあるだろうか。
橋の欄干【らんかん】は胸壁【きょうへき】となっていて、へこんだ狭間部分でも、ぱっと見た感じ僕の身長よりも高い。
石橋とはいえ、門構えの風化具合から崩れないかという心配もあったけど、足下から伝わってくる感触と見た感じを察するに、かなり頑丈な造りみたいだ。
門を潜って少し進んでも、魔物が襲ってくる気配はない。
まさか、このまま城まで何もないのかな。
脳裏に淡い期待と疑問がよぎったその時、背後から巨石でも引きずるような地響きが轟く。
何事かと振り向けば、門がひとりでに閉まり始めていた。
「やっぱり、そう簡単には進ませてくれないみたいだね」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、って奴だな。おもしれぇじゃねぇか」
僕のつぶやきに隣に居たイビが反応した直後、周囲から高い音と魔波が吹き荒れる。
何事かと見渡せば、橋の欄干、閉まった門に魔障壁が生じていた。
「逃げ道を塞いだ、か。あの蝶の考えそうなことだ」
マルバスはそう言いながら、空に向かって火弾を放った。
火弾は程なく空中で小さな爆発を起こして消滅するも、その光景に僕は眉を顰めた。
「空にも魔障壁があるみたいだね。高さにして約十五メートルぐらいかな」
「そのようだな。鳥頭、調子に乗ってぶつかるなよ」
「誰に物言ってんだ、ぼんぼん眼鏡。あたしがそんなヘマするわけねぇだろ」
マルバスの言葉にイビが答えたその時、忽然と空から雷鳴が轟いた。
今度は何かと見上げれば、立ち込めていた暗雲の一部が晴れて青空が広がり、城に続く架け橋を陽光で照らしていく。
でも、同時に橋の至るところに黒い渦が現れ、橋上を魔物達が埋め尽くしていった。
ぱっと見た感じ、魔物は一階層から五階層で出現したものと瓜二つの姿をしている。
一階層の骸骨兵士。
二階層の木乃伊【みいら】兵士。
三階層の顔面亀、顎蜻蛉【あごとんぼ】、蟻地獄。
四階層の炎狼【レッドウルフ】、炎鳥【レッドバード】。
五階層の青子鬼【アイスゴブリン】、白氷熊【アイスベア】、白氷鳥【アイスバード】。
一部、色が違う魔物もいるけど、基本は同じだと思われる。
総力戦、そんな言葉が脳裏を過った。
「始まったようだな。ここから先は魔物の巣窟だ。足を引っ張るなよ、木偶、鳥頭」
「その言葉、そっくりお返しするぜ。ぼんぼん眼鏡」
マルバスが眼鏡の山をくいっと上げて薙刀を構えると、イビも槍の刃先を地面に這わせるように構える。
その動作に反応してか、橋上の魔物達が咆吼を発し、武器を振り上げこちらに群れを成して向かってきた。
やれやれ、こちらは三人だけだというのに。
まるで前世にあった『無双系ゲーム』みたいな光景だ。
ちらりと横目で見やれば、マルバスとイビの表情は今までに比べてやや硬い。
少人数かつ物資の限られた僕達にとって、物量戦がもっとも相性が悪い戦いであることを理解しているからだろうな。
でも、この状況は僕にとっては最高に相性が良い。
「二人とも、少し下がってて」
僕は前に立つイビとマルバスの間を歩き、迫り来る魔物の群れの前に立った。
「何してんだ。下がれ」
「木偶、でしゃばるな。貴様の役目は援護だろう」
「大丈夫。ここは僕が道を作るからさ。まぁ、見てて」
イビとマルバスが声を荒らげるも、僕はにこりと微笑んだ。
さて、久しぶりに全力の魔法を撃ちますか。
『リッド、アレをするんだね』
『そう、メモリー。協力よろしく』
脳裏に聞こえてきた声に返事をすると、僕は身体強化・烈火を発動。
同時に全十属性の大きな魔弾を周囲に展開し、魔物達に両手の掌を向けた。
『牢宮内、土と樹での固定化不可確認。水と氷で固定化代用。全弾魔力直結完了、正常化圧中。魔力出力調整と制御は術者リッドへ一任。安定化確認、魔弾混合回転開始』
淡々とメモリーの声が脳裏に響き、僕の背中と足を氷が支えられて橋上に固定化され、生成した魔弾が混ざり合うように縦回転を開始した。
「おい、悪役主人公【ダークヒーロー】。何かするつもりなら、早くしやがれ」
「何をするつもりか知らんが、敵がもう目の前だぞ」
「……わかってる。ちょっと黙ってて」
僕は二人の声に簡潔に応えて、魔力調整と制御に集中する。
魔弾の縦回転速度が上がっていき、凄まじい魔力の流れが僕の中で生じていく。
少しでも集中が途切れて調整と制御を誤れば、たちまち魔力が暴走して大爆発を起こしてしまうだろう。
『魔弾混合率80、90、95……』
「ガァアアアアアア」
「がきんちょ⁉」
「木偶、何をしている⁉」
数多の魔物達が咆吼を発して目の前に迫り、イビとマルバスの叫びが背後から聞こえた瞬間、『魔力混合率100。いけるよ、リッド』とメモリーの声が脳裏に響いた。
「いけ。圧縮魔弾集束破砕砲、インフィニティキャノン」
発した直後、僕の両手から轟音と共に強烈な閃光が煌めき、螺旋状の極太で巨大な光線が放たれる。
橋上の視界を黒く染め上げていた魔物の大軍は、瞬く間に螺旋の光に飲まれていった。




