三階層決着
「うん、これで行く手を阻む魔物は大体倒せたかな」
周囲をぐるりと見渡すと、僕は額の汗を服の袖で拭った。
辺りには顔面亀、顎蜻蛉、蟻地獄の姿は見当たらない。
荒れ果てた大地に点在していた流砂も消えている。
魔法で一気に蹴散らしたから、再度出現するにしてもちょっとは時間を稼げるはずだ。
「おい、木偶。少し魔法が得意だからと調子に乗るな。雑魚を片付けた余韻に浸る暇はないぞ」
「そうだぜ、がきんちょ。急がねぇと魔物はすぐに湧いてくるからな」
マルバスは眼鏡の山をくいっと上げ、イビは首を左右に振ってこきこきと骨を鳴らした。
「……そんなこと言われなくてもわかってるよ。そもそも、イビが先駆け、マルバスが二番手、僕が三番手と決めたじゃないか。君達が出発しないと、僕も進めないんだけど?」
僕がむっとして口を尖らせたところ、「おっとこりゃ失敬」とイビが肩を竦めておどけた。
「恐れをなして遅れをとんなよ」
「威勢が良いのは結構なことだが、出過ぎるなよ。鳥頭」
「はは、言ったな。ぼんぼん眼鏡。そのときゃ、着いてこれねぇお前が愚鈍なんだよ」
「なんだと……?」
駆け出して前を走るイビが後方を見やってにやりと笑うと、マルバスの声が低く刺々しくなった。
「止めなよ二人とも。まだまだ先は長いんだからさ」
呆れながら諫めると、イビからは笑い声、マルバスからは鼻を鳴らす音が聞こえてきた。
三階層まで来たというのに、未だに先行き不安だ。
僕はため息を吐きながら、前を走る二人の背中を追いかけていく。
とんがり帽子の風車小屋が立ち並び、草一つ生えていない荒れ果てた大地の道を進んでいくと、遠くに見えていた赤い灯りの正体がわかった。
石造りの街が燃え盛ることで、暗雲の暗闇を赤く照らしていたのだ。
街の周囲は薄茶色に淀んだ川が流れていて、まるで魔物に襲われて荒廃したかのような印象を受ける。
おまけに淀んだ川から漂ってくる腐敗臭と火事場の煙が混ざり合って強烈に鼻を突いてくるし、出来る限り長居はしたくない。
イビと僕はまだ耐えられるけど、マルバスは顔を顰めて口元を布で覆った。
狐人族は獣人族でも鼻が利く部族だから、この臭いはかなり辛いはずだ。
「……こんな階層はさっさと抜けだそう」
「木偶、今回ばかりは同意してやる」
「素直じゃねぇな、ぼんぼん眼鏡。まぁ、あたしも賛成だけどな」
マルバスとイビが相槌を打つと、僕は目の前で赤く揺らめき燃え盛る炎に『水槍』をぶつけてみる。
激しい蒸発音が響きわたって白い煙が立ち上がるも、炎の勢いは全く衰えない。
どうやら牢宮が生み出した特殊な炎のようだ。
消火して進むのは不可能だと判断した僕達は覚悟を決めて一歩を踏み出し、炎に包まれた街を一気に駆け抜けていった。
街の中では至る所から火に包まれた顔面亀、顎蜻蛉達が襲ってくるも、彼等は僕達の敵ではない。
魔物達を返り討ちにしながら進んでいき、街から出ると炎に囲まれた円形状の舞台がお目見えした。
二階層の門番同様、ここが三階層の門番が出る終着点のようだ。
僕達が息を整えて舞台に上ると、舞台を囲んでいた炎の勢いが増していく。
どうやら、ここでは炎が逃げ道を無くす演出らしい。
さて、今度は何を仕掛けてくるのやらと身構えていると、頭上から「ガァアアアアアア」とど太い鳴き声が轟いた。
何事かと見上げれば、そこには二つの頭を持つ巨大なカラスが目をぎらつかせ、こちらを睨んでいた。
牛、山羊ときて今度は烏か。
左右の翼を広げたときの直径はざっと三十メートルぐらいはあるだろうか。
嘴の大きさからして、人でも何でも軽く丸呑みにしてしまえるだろう。
二本の足先にも鋭い爪が伸びていて、もし掴まれたなら致命傷になりかねない。
何にしても、こいつを倒さないと次の階層に進めない。
僕はイビとマルバスに目配せし、巨大な烏を倒すべく動き出した。
◇
「ガァ、ガァアアアアア⁉」
「うるせぇ、空を飛べんのはてめぇの専売特許じゃねぇんだよ」
「空を飛べずとも、跳躍して首を切ることぐらい容易いものだ」
イビとマルバスが空中で烏の双頭をそれぞれ同時に切断したその時、胸に翡翠の丸玉が現れて光を放った。
「やっぱり、同時切断が鍵だったね」
一人で地上の舞台に残っていた僕は、牢宮内で拾った短剣に限界まで魔力付与を行い、露わとなった丸玉目掛けて放り投げた。
短剣が翡翠の丸玉に突き刺さると、硝子が割れたような甲高い音が響きわたる。
空中にいたマルバスとイビが地上に降り立つと、頭を無くした烏が地上に墜ち、そのまま煌めく魔力となって霧散していった。
煌めく魔力の中から人族の冒険者らしい女性が現れてその場に倒れ込むも、すぐに黒い渦が現れて彼女を飲み込んでしまう。
現時点では彼女を救う方法がないため、この光景は黙って見ているしかない。
『必ず君も助けるから、どうかもう少し待っていてほしい』
歯がゆさを堪えながら、僕は心中で呟いた。
「……どうやら終わったみてぇだぜ」
「あぁ、少し手間取ったな」
イビが息を吐いて構えを解くと、マルバスも薙刀を持つ手の力を緩めた。
今さっき倒したけど、双頭の烏は中々に手強かったのだ。
鬼山羊同様に翡翠の丸玉を体の中に隠していることに加え、再生力が凄まじかったのである。
通常の攻撃や魔法では丸玉を露わにすることができず、何かしら条件があると僕は踏んだ。
そして、前世でやったゲームの経験則から『この手の敵って、頭を両方破壊すると急激に弱体化することが多かったはず』と仮説を立て実行したところ、当たりだった。
ただ、双頭の烏は傷つくと上空に舞い上がって体の回復をさせてくるという姑息な手段を何度も使ってきたので、意外とこちらも消耗させられたというわけだ。
「ありがとう、僕の提案を聞いてくれて。おかげで倒せたよ」
「はは、良いってことよ。気にすんな」
「……たまたま、木偶と狙いが一致しただけだ」
イビは笑みを溢し、マルバスは眼鏡の山をくいっとしてそっぽを向いてしまった。
「三階層突破おめでとう。さて、次は四階層だ。君達の活躍、楽しみにしているよ」
「……⁉ フェイか」
急に聞こえてきた声に僕はハッとして周囲を見渡すも、彼の姿は見当たらない。
変わりに次の階層に進むための扉が忽然と舞台真ん中に現れた。
「毎回登場するのも芸がないからね。次に僕が姿を見せてあげるのは七階層だ。会えることを楽しみにしているよ。それじゃあ、ばっはは~い」
どこからともなく無邪気で底抜けに明るい声が響き渡るも、フェイの声はそれっきり聞こえなくなってしまう。
「何が、会えることを楽しみにしているよ、だ。こっちは楽しみでも何でもねぇぜ」
イビが吐き捨てると、「同感だな」とマルバスが頷いた。
「あの蝶は、過ぎた力を持った子供そのものだ。無邪気故、余計に質が悪い」
「……過ぎた力を持った子供、か」
マルバスがフェイを評した言葉が言い得て妙だと、僕は思わず唸った。
僕達はフェイの言動に振り回されているけど、フェイの言葉には悪意や敵意のようなものは感じられない。
だからこそ、マルバスの言うとおり質が悪いんだけどね。
ただ、どうしてそんな言動を繰り返しているのかは少し気になる。
誰かの差し金なのか、それともただ遊んでいるだけなのか。
「どうした、悪役主人公【ダークヒーロー】。難しい顔をしているぜ」
思案していると、僕の顔を見たイビが首を捻った。
「あ、いや、フェイがどうしてこんな遊戯【ゲーム】を持ちかけてきたのかと思ってね」
「はぁ、あいつが言ってただろ。牢宮で糧となる人間を友達と評して飼い殺しにするってよ」
「それはイビが言ったことでしょ。フェイ自身は『友達はそうじゃない、決して殺さない』って言っていたじゃないか」
「あれ、そうだったか?」
イビが首を傾げると、マルバスが「おい、無駄話はそれぐらいにしろ」と切り出した。
「四階層に進む前に休息を取る。早く手伝え」
「はいはい、わかりました」
「うん、わかった」
僕達は食事と休息を終えると、次の階層に続く扉を開けて光の中に足を踏み入れた。




