リッドの攻略、第三階層
二階層の門番を倒し、食事と交代で仮眠を取ることで休息を取った僕達は、三階層に足を踏み入れた。
三階層は暗雲が立ち込める荒れ果てた大地のど真ん中に忽然と立たされ、地面には草一本見当たらず、人の頭蓋骨や動物の骨らしきものがこれみよがしに散乱している。この牢宮に迷い込み、糧とされてしまった生き物のなれの果てなのかもしれない。
遠目にはとんがり帽子の形をした巨大な風車小屋が建ち並んでいるようだけど、どれもこれも風化しているのか崩れているようだ。さらにその奥では火事でも起きているのか、赤い灯りが揺らめいていた。
一階層の花畑、二階層の草原から一転して、おどろおどろしい雰囲気が立ち込めている。
牢宮から感じる魔力の気配も、今までよりも重苦しいというか、殺伐とした印象があった。
一階層、二階層は小手調べ。これからが本番ということだろうか。
今までと違う雰囲気で緊張感が高まり、息を飲んでいたその時、バキッと何かが砕け散った音が響きわたる。ビクッとして見やれば、イビが足下に転がっていた骨を踏み潰していた。
「ようやく牢宮らしくなってきたな。びびるなよ、温室育ちのがきんちょとぼんぼん眼鏡」
「私は兄上の覇道を共に歩んでいるのだ。この程度の屍で臆することなどない」
「……僕だって、こんな虚仮威しでたじろぐような教育は受けてないさ」
「はは、そうかい。二人とも周囲の光景を息を飲んで見つめていたからな。てっきり、びびったのかと思ったぜ」
イビがおどけながら肩を竦めると、マルバスが鼻を鳴らした。
「くだらん。確かに木偶は腰が引けていたようだが、私は今後の進むべき方角を見定めていただけだ」
「な……⁉ 僕だって状況を把握するべく見渡していただけだよ」
おどろおどろしく、殺伐となった雰囲気で緊張していたけど、それは決して臆病風に吹かれていたわけじゃない。咄嗟に声を荒らげると、マルバスは「さて、どうだかな」とそっぽを向いてしまった。
「まぁ、それだけ声を上げられれば大丈夫だろ」
イビが僕達のやり取りを横目に笑い出すと、僕は目付きを細めてジトッと見つめた。
言い出しっぺは君だろうに。
「イビ。ところでさ、君も骨をわざと踏み砕くのはどうかと思うよ」
「細かいことは気にすんなよ。そもそも本物かどうかも怪しいからな」
「怪しいって、どういうこと?」
聞き返すと、イビはしゃがみ込んで地面に転がっていた骨を拾った。
「牢宮ってのは、全部牢宮核が作り出すんだぜ。仮に牢宮で倒れて取り込まれたら、本来は骨も残らねぇんだ。全部喰われちまうからな」
「あ、そっか。つまり、ここに散らばっている骨は全部演出ということだね」
「まぁ、絶対とは言えねぇけどな。あんまり深く考えない方がいいぜ。余計なことを考えると、足下をすくわれるからな」
「わかった。ありがとう、イビ」
「良いってことよ。がきんちょは牢宮初心者だからな」
お礼を告げると、彼女は拾った骨を放り投げる。骨が地面を転がって乾いた音が響くと、マルバスが「おい、貴様達」と切り出した。
「無駄口はそこまでだ。これから攻略速度を上げていくぞ。目指すべきは、あの赤い灯りのはずだ」
「そうだね。フェイの仕掛けてきた遊戯【ゲーム】を考えれば、僕もあの赤い灯りの先に門番がいると思う」
「あいよ。あたしが先駆けを務めてやるから、考えるのは二人に任せたぜ」
とんがり帽子の風化した巨大な風車小屋、その先に揺らめく赤い灯りが見える方角にイビが槍を構えて駆け出した。その背後を僕とマルバスが追いかけ、第三階層の攻略の火蓋が切られる。
荒れ果てた大地を走って行くと、どこからともなく人の顔を模した顔面岩が跳びはねてこちらに向かってきた。訝しんで構えていると、それらは近寄るなり四肢と頭と尻尾が生えて、亀みたいな魔物となって襲いかかってくる。
僕は、とりあえず『顔面亀』と命名した。
イビは動じることなく槍を振り回して顔面亀達を返り討ちにしてしまい、討ち漏らして後方までやってきた分は僕とマルバスが的確に処理していく。
程なく、僕達はとんがり帽子の風化して崩れた巨大な風車小屋が建ち並ぶ場所へと辿り着いた。ここでは一部の大地が砂化していて、かつ近くに湖もあるのか、何やら流砂まである。
「木偶、鶏頭。あれに呑まれたらどうなるかわからん。決して近づくなよ」
「言われてなくても、それぐらい見たらわかるよ」
「空を飛べるあたしが呑まれるわけねぇだろ」
マルバスに強い口調で返事をしながら、風化して崩れたとんがり帽子の風車小屋に囲まれた道を進んでいくと、風車小屋の上から次々に顔面亀が飛び跳ねて襲ってきた。
おまけに僕ぐらいの大きさを持つ、でっかい蜻蛉まで飛んで襲ってくる。蜻蛉は複眼の目に大きな顎と牙を持っていて、噛まれたらその部位ごともっていかれそうだ。
この蜻蛉は『顎蜻蛉【あごとんぼ】』と呼ぶことにした。
顔面亀は飛び跳ねるだけだけど、顎蜻蛉は空を自由自在に飛んでくるから厄介だ。僕は視界内の対象には誘導弾となる『火槍弐式』を用いて、「落ちろ、蚊蜻蛉【かとんぼ】」と発して次々に撃墜していく。
「木偶、上ばかり夢中になるな」
「え……?」
ハッとすると、いつの間にか足下に小さな流砂ができていた。さっきまで、なかったはずなのに。
流砂に足が取られた瞬間、小さな流砂は一気に大きな渦となって僕を中心に引き込むように砂が流れていく。
「な、なんだこれ⁉」
驚いた瞬間、渦の中心から鋏のようなでっかい顎を持つ魔物が現れる。その瞬間、これは流砂ではなく、魔物の罠だと気付いた。
こんなの蟻地獄じゃないか⁉
慌てて砂に飲まれた足に魔力を込めて跳躍しようとするも、そもそも足下が流砂で踏み込むことができない。
こうなったら風魔法で飛ぶか、もしくは氷魔法で流砂を一時的に固めるしかないか。
そう思った瞬間、渦の中心にいる蟻地獄から思いっきり砂を掛けられた。
「うわ……⁉」
思わず目を瞑り咳き込んでいると、流砂の勢いが急激に強くなる。
ハッとして目を開ければ、蟻地獄のでっかい顎が間近に迫っていた。
こいつ、本当に蟻地獄じゃないか。
ちょっと、蟻地獄に囚われた蟻の気持ちがわかったよ。
こうなれば多少の自傷覚悟で魔法を放つしかない。幸い、両手は使えるからね。
魔法を放とうとしたその時、僕の真横を火弾が通り過ぎて蟻地獄を燃やした。
「キシャアアアアア⁉」
「だから木偶だというのだ」
「がきんちょ、こっちだ」
魔物の悲痛な叫びが響きわたり、マルバスの怒号が轟く。
頭上からイビの声が聞こえ、見上げれば彼女が手をこちらに差し出していた。
「ごめん」
謝りながら手を差し出すと、イビはその手をがっしり掴んで僕を流砂の渦から救い出し、地上に降ろしてくれた。
「魔物は私が引き付ける。木偶はそのうちに立て直せ」
マルバスは僕達の正面に立って舌打ちすると、襲いくる魔物達を次々に薙刀で返り討ちにしてくれている。
「ありがとう、イビ。それにマルバスも」
「礼などいらん。虫唾が走る」
マルバスから凄まじい怒号が返ってきてビクッとすると、イビは「はは」と笑みを噴き出して背中をポンポンと叩いてくれた。
「気にすんな。それよりも怪我はねぇか」
「……うん、大丈夫」
流砂に飲まれていた足を確認するも怪我はない。
「そうか。次から足下に気を付けろよ。空から見てたけどよ、顔面亀と顎蜻蛉が気を引き付けて、蟻地獄の奴等が狙ってくる感じみたいだぜ」
「わかった。それなら、僕に考えがあるよ」
「考え……?」
イビが首を捻ると、僕は近くにある流砂の前に立った。
本当は二人の前であんまり手の内を見せない方が良いんだろうけど、出し惜しみをして牢宮攻略に失敗するわけにもいかないからね。
両手に魔力を込めると、僕はその手を流砂の中に突っ込んだ。
「お、おい。がきんちょ、何をするつもりだよ」
「蟻地獄だけは先に倒しておいた方がいいと思ってね」
僕はそう告げると両手で氷槍を発動した。
「凍てつけ、大地凍結」
流砂ができるということは、牢宮が造り出したといっても、砂には水分が含まれているはずだ。
それを氷魔法で凍てつかせれば、蟻地獄達もただでは済まない。
氷槍を発動して間もなく、流砂が凄まじい勢いで凍り付いていく。
蟻地獄達が隠れている場所はわからないけど、流砂の行き着く先にいることは間違いない。
程なく、地響きと共に何体かの蟻地獄が地中から飛び出してきた。急激な温度変化と寒さに耐えきれず、逃げ出してきたんだろう。でも、流砂から追い出せればこっちのものだ。
「いまだ、止めを刺して」
僕が声を上げると、マルバスとイビがにやりと空を見上げた。
「木偶にしては上出来だ」
「はは、さすが悪役主人公【ダークヒーロー】だぜ」
マルバスは薙刀に火を纏わせ、蟻地獄達を薙ぎ払う。
イビは槍を構え、突進して次々に風穴を開けていった。
そして、残った蟻地獄に僕は右手を向けて微笑んだ。
「喧嘩を売る相手を間違えたね」
そう告げると同時に火槍を発動して蟻地獄を貫き、燃やし尽くした。
次いで、僕は自身の周囲に『小さめの火槍』を大量に展開し、周囲の顎蜻蛉と顔面亀達に視線を向ける。
「僕が一番弱いと思って狙ったんだとしたら、大間違いだということを教えてあげるよ。火槍弐式」
僕が指を鳴らした瞬間、視界内にいる全ての魔物が火槍に貫かれ、とんがり帽子の朽ちた風車小屋には、先に見える赤い灯り以上に赤い灯火が広がった。




