リッドのお願い、イビに歌ってほしい曲
「あっはは。君達、二階層の門番攻略おめでとう。これも最短記録を大幅に更新だよ」
「フェイ、残りは『もう』五階層だ。いつまでそうやって笑っていられるかな」
舞台に立つ僕達の上に忽然と姿を表した彼をじろりと睨むも、彼は笑顔を崩さない。
「リッドは気が早いねぇ。僕からすれば『まだ』五階層だよ。まだまだ門番達は強くなっていくからね。君達の活躍をこれからも楽しみにしているよ」
「あっそ。でも、一つだけ聞かせてほしい」
僕が呆れ顔で小さく息を吐くと、話頭を転じた。
「……一階層と二階層。翡翠の丸玉によって門番にされた冒険者達、彼等は無事なんだろうね」
「もちろんだよ。前も言ったでしょ、彼等は僕の友達なんだ。殺すなんて、もってのほかだよ。ふふ」
口元を緩めて笑うフェイの姿は、悪戯好き妖精そのものだ。
でも、彼からは悪意や敵意のようなものは感じない。
ただただ無邪気というか、まるで善悪のつかない子供みたいだ。
「さて、じゃあ三階層も攻略頑張ってね。ばっはは~い」
フェイはそう告げると手を振りながら光の泡となって霧散してしまった。
「……相変わらず言いたいことだけ言って消えやがった。まったく、気に入らねぇクソ蝶だぜ」
「鶏頭、貴様のことは気に入らんがその言葉には同意してやろう」
「てめぇのことも気に入らねぇけどな」
マルバスが相槌を打つと、イビは眉を顰めながら彼をじろりと睨む。
でも、マルバスは気にする様子もなくこちらに振り向いた。
「おい、木偶。次の階層へ進む前に休息を入れるぞ」
「わかった。そうしよう」
大きな痛手を負うことはなかったけど、だだっ広い草原が広がる二階層を魔物を倒しながら駆け巡り、門番との戦い。
フェイは『最短記録を大幅に更新だよ』なんて言っていたけど、僕達は見た目よりも消耗していることは間違いない。
今は戦闘を終えてすぐだし、興奮状態でその疲れが感じにくい状況だ。
短期決戦とか、時と場合によっては『興奮状態』を維持した方が良い場合もあるけど、最奥地まで五階層あることを考えればここは休息すべきだろう。
ただ、休息する前に一つだけすべきことがある。
僕は深呼吸して集中力を高め、電界を発動して広範囲に魔物がいないか確かめていく。
うん、周囲に魔物達はいないみたいだね。
「……木偶、何をやっている?」
「あ、えっと、周囲に魔物が発生していないか魔法で確認していたんだ。大丈夫、周囲に魔物は出現していないみたい」
「気配察知魔法か。兄上から聞いていたが、本当に使えるとはな。忌々しい奴だ」
マルバスが冷たく吐き捨てると、鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
兄上、ということはエルバから聞いていたということになる。
奴に直接話した記憶はないから、戦いの中で察していたということだろう。
ただ、出力を上げることで相手の感情から動きを先読みできることまでは気付かれていないみたい。
この場では、あえて『気配察知魔法』を肯定して、本質を誤魔化しておいたほうがよさそうだ。
「そっか、エルバはやっぱり僕の魔法に気付いていたのか」
「……少し口が滑ったな。答える義理はない」
マルバスは眉をぴくりとさせると、踵を返して舞台下に置いた背負い鞄を取りに歩いて行く。
その背中を見ていると、「おい」とイビが背中を軽く小突いてきた。
「気配察知魔法の件。あれ、アリア達から教わっただろ」
「え、あぁ、いや独学だよ、独学」
鋭い眼光に射貫かれ、ぞくりとする。
かといって簡単に頷くわけにもいかず、僕は決まりの悪い顔で頬を掻いた。
イビもパドグリー家の血筋を引いている。
牢宮で出会ってから彼女の動きを見ていると、相手の動きを先読みして動いているような時が何度かあった。
多分、大なり小なりイビも僕やアリア達のように『電界』が使えるんだろう。
彼女は目付きを細めてジトッと訝しむも、すぐに「まぁ、いいけどよ」と肩を竦めた。
「群れからはぐれた小鳥がどこで何をしようが、あたしの知ったこっちゃねぇからな」
「あはは。その点の回答は差し控えさせてもらうよ」
苦笑しながら答えると、彼女は「ところでよ」とにやりと笑った。
「悪役主人公【ダークヒーロー】は、口から火も吐けるんだな。こうなると、型破りじゃなくて人間離れだぜ」
「あぁ、あれは以前立ち会った相手から着想を得たんだよ」
「以前立ち会った相手……?」
イビが首を傾げると、お返しと言わんばかりに僕はにこりと目を細めた。
「実は、前に狐人族領内で鳥の嘴を模した仮面で顔を隠した鳥人族に襲われたことがあってね。その時の一人が発声、つまり、声に魔力付加した魔法を見せてくれたんだよ」
「……へぇ、世の中には奇特なことをする奴がいるもんだな」
彼女は決まりが悪そうに眉間に皺を寄せた。
その表情は『まずった』と言わんばかりだ。
それもそうだろう。
旧グランドーク派に属していた『ガリエル・サンタス』との戦いに、変装して横槍を入れてきたのは間違いなくイビ本人なんだから。
僕は笑顔のまま身を乗り出し、畳みかけるように続けた。
「そうでしょ。でも、その時に僕は閃いたんだ。『そうか、口でも魔法を放てるんだ』ってね。それからずっと色々試して、今では口からも魔法を発動できるんだ。まぁ、僕の場合はさっきみたいな魔法の連携に組み込むか、意表を突くぐらいしか使う利点はないけどね」
周囲に魔槍を幾つも展開するには予め魔力を手に込めるか、体内で魔力を練っておく必要がある。
口を利用すれば、新しく魔法を発動できる場所が増えるというわけだ。
ただし、口で発動する魔法はかなり慣れが必要だし、使用できる魔力量も手や体内と比べて少なくて調整も難しい。
ちなみに特訓時に使用した魔法は『水槍』で、失敗すると咳き込みながら大量の水を吐き出し、何度も鼻の奥がツーンとした激痛に襲われた。
ふと気付くと、彼女はきょとんとしていた。
「あ、ごめん。魔法のことになると、つい熱くなっちゃうんだよね」
バツが悪くて頬を掻くと、彼女は「ふふ……」と噴き出した。
「はは、本当に魔法が好きなんだな。悪役主人公は。良いと思うぜ、好きなものには熱くなるってのはな」
「そう言ってくれると嬉しいよ。でも、イビも歌が上手なんでしょ?」
「……まぁな」
彼女はどこか悲しそうに頷いた。
僕は小首を傾げつつも、ハッとする。
「ちなみに一度曲を聞いたら歌えたりするの?」
「できるか、と言われたらできるぜ。なんだ、歌ってほしい曲でもあるのか。気が向いたら、歌ってやってもいいぜ」
にやりと笑う彼女に、僕は「え、本当⁉」と前のめりになった。
「じゃあ、こんな曲なんだけど……」
僕はすぐさま前世の記憶を辿って『とある曲』を口ずさんだ。
この曲、絶対にイビの声に合っていると思うんだよね。
さっと歌い終えると、彼女は眉を顰めて首を捻った。
「なんだ、その曲。聞いたことねぇぜ」
「あ、そっか。これはね、困難を乗り越えた末の感謝や希望を歌っているんだよ。あと、過去の罪を悔い改める意味もあるらしいんだけど、何より曲調が綺麗でイビの声に合っていると思うんだ」
「……あたしに合っている」
イビは何やら複雑な表情を浮かべた。
「あれ、どうかした?」
顔を覗き込んで尋ねると、彼女はハッとしてそっぽを向いた。
「気が向いたらって言っただろ。そんなしみったれた曲、歌ってやんねぇよ」
「えぇ……⁉」
急に機嫌が悪くなって困惑していると、「おい、木偶。鶏頭」とマルバスの声が轟いた。
「いつまでぼさっとしているんだ。私の施しを受ける立場だろ。食事の準備ぐらい手伝わんか」
「おぉ、怖い怖い。ほら、とっとといくぞ。悪役主人公」
「う、うん。わかった」
イビは彼の声におどけるとすぐに走り出した。
僕もその後をすぐに追いかけたけど、何だか歌の件をはぐらかされたような気がする。
彼女の歌声、何でもいいから本当に聞いてみたかったんだけどな。




