残り時間
「残り時間があと七日だと?」
イビが眉を顰めて聞き返すと、マルバスは近くに転がっていた大きな背負い鞄を手に取った。
「この鞄の中には、私が牢宮【ダンジョン】攻略のために用意した水と食糧が詰め込んである。それを三頭分に分ければ持って七日ということだ」
「あ……⁉」
僕はその言葉にハッとして青ざめた。
初めての攻略で失念していたけど、牢宮内の魔物達は魔力で作られた存在で食糧にはなり得ないんだ。
探せば水はあるかもしれないけど、飲める品質の水かどうかまではわからない。
彼女もマルバスの言わんとしていることをすぐに理解したらしく、舌打ちをした。
「そうか、そっちの問題もあったんだったな。すぐ攻略できると考えて忘れてたぜ」
「あの蝶は七階層あると言っていた」
マルバスはそう言うと、牢宮内に咲き乱れる花畑の中にそびえ立つ次の階層に進む扉を見据えた。
「各階層で待ち受ける魔物を蹴散らしつつ門番を探し出し、倒すとなれば私達もそれなりに疲弊するだろう。補給もままならない今、長期戦は不利だ。万全の状態を維持して短期で攻略するしかない。だからこそ、私は貴様等と止むなく手を組んだのだ」
「……なるほどね」
僕とイビが意図せず突発的にここに誘われたけど、マルバスは予めここに来ることを想定したはずだ。
水や食糧という物資を可能な限り準備してやってきた、ということだろう。
マルバスは僕達を見やって眼鏡の山をくいっと上げた。
「稀に、牢宮内の魔物を倒すと食糧や水を戦利品として得られることもあると聞く。だが、仮に得たとしても、あの蝶の言動を鑑みれば罠の可能性も否定できん」
「フェイからすれば、僕達は遊戯【ゲーム】を攻略しようと最深部を目指してくる侵入者だからね。一服盛るぐらいのことは平気でやってくるか」
相槌を打つと、マルバスはこくりと頷いた。
「何を仕掛けてくるかわからん、得体の知れない奴だ。貴様達も牢宮内で得た食糧や水には一切口をつけるなよ」
「面倒くせぇけど、まぁ、しゃねぇな」
イビがやれやれと呆れ顔で肩を竦めると、マルバスは僕とイビをじろりと睨んできた。
「食糧と水の配分は私に任せてもらう。私を含め、ぎりぎりの量だ。泣き言は許さんぞ」
「はいはい、わかったわかった。そう睨むと老け込むぜ?」
「……お前は都度、余計な口を叩かないと気が済まないのか」
茶化しておどけるイビをマルバスが凄む。
またか、と呆れつつ、僕は二人の間に割って入った。
「まぁまぁ、落ち着いて。食糧と水はもともとマルバスが持ち込んだ物だし、配分は任せるよ。それから話は変わるんだけど……」
僕はそう告げると、マルバスの目を見やった。
「マルバス、複雑な思いがあるのはお互い様だ。せめて、協力する間だけは名前を呼ぶぐらいの配慮はあっていいんじゃない」
にこりと目を細めると、彼は眉間に皺を寄せてから鼻を鳴らした。
「攻略のために協力関係は結ぶが、馴れ合いはせん。特に貴様の名を呼ぶと考えるだけで虫唾が走り、吐き気がして著しく気分を害すのだ。従って、私はお前達を好きに呼ばせてもらうぞ、この木偶が」
「あ、あのねぇ……」
怒りのままに吐き捨ててきたマルバス。
彼の言葉に内心苛立つも、僕は何とか笑顔を崩さなかった。
こめかみはピクリとしているけど。
「はは、珍しく意見が合うな。あたしもその件はぼんぼん眼鏡に賛成だ。協力しても馴れ合う必要はねぇからな」
イビが頷くと、マルバスがしたり顔を浮かべて僕を見やった。
「意見はこれで二対一だ。好きに呼び合うことで決定だな」
「……わかったよ。もう好きにして」
言っても無駄だな、と思った僕はため息を吐いてがっくりと項垂れた。
この三人で牢宮が攻略できるのか、幸先不安だなぁ。
その後、僕達はマルバス提案で軽い食事と休憩を取ることにした。
「またいつ食事と休憩を取れるかわからんからな。ここで英気を養い、次の階層を一気に突破する覚悟でいくぞ」
そう言って彼が僕達にくれた食糧は、干し肉など日持ちする保存食だった。
普段、屋敷で食べているものに比べると味付けも質素だし、かなり歯ごたえもある。
でも、こうした保存食も僕はバルディアで食べているんだよね。
父上の『いかなる状況でも場所や味を好まず食事を食べられるように』という方針の訓練で、月に一回ぐらいの頻度で保存食だけで過ごす日がある。
辺境伯という立場上、遠征先で満足に食事が取れないこともあるらしいから、それを想定してのことらしい。
何にしても、これはこれで意外といけるんだよね。
「まぁ、バルディアの温室育ちには少々きつい食事かもしれんがな」
干し肉にかぶりついていると、何やらマルバスがにやりと口元を歪めていた。
「え、何が? これ結構おいしいよ」
僕が小首を傾げて答えると、マルバスは「な……⁉」と目を丸くし、決まりが悪そうにそっぽを向いてしまった。
はて、と僕がきょとんとする姿を見て、イビは「くっくく……⁉」と喉を鳴らしていた。
やがて食事と休憩を終えた僕達は、扉を開けて次の階層に足を踏み入れるのであった。




