イビの策略、リッド対門番
「ウガァアアアアアア⁉」
地上に薙刀戦士と一緒に花畑の中へ着地すると、僕は急いで立ち上がってイビと牛鬼を見やった。
牛鬼のあの苦しみよう、やっぱり丸玉が弱点で間違いなかったようだ。
イビが突き立てた槍の矛先が丸玉にめり込み、全体に罅が入る。
「よし、これで……」
勝ちを確信したその時、牛鬼が鬼の形相を浮かべた。
「ヌォオオオオオオオ!」
「このデカ牛野郎、まだこんな力を……⁉」
イビが顔を顰めた。
牛鬼の声が牢宮内に轟くが、今度は悲鳴ではなく怒り狂った雄叫びだ。
凄まじい魔波が吹き荒れ、イビは空へと吹き飛ばされてしまった。
魔波で生じた突風で咲き乱れていた花の花弁が花吹雪となって僕の視界を覆う。
「ぐ……⁉」
花弁が目に入らないよう腕を顔の前に出し、突風に吹き飛ばされないよう踏ん張っていると、「リッド、避けろ」とイビの声が聞こえた。
ハッとして正面に目を凝らすと、花吹雪の奥から回転しながら飛んでくる『巨大な斧』が見えた。
牛鬼が薙刀戦士と僕を倒すべく、巨大な斧を放り投げてきたのだ。
花吹雪で気付くのが一歩遅れた。
ここからでは牛鬼の様子が見えない。
安易に飛び上がれば、薙刀戦士のように狙われるか。
魔法は……いや、間に合わない。
こうなったら危険を承知で飛び上がって、後は魔法で何とかしよう。
咄嗟に考えを巡らせて跳躍しようとしたその時、薙刀戦士が迫り来る斧の前に躍り出た。
「判断が遅い」
「え……⁉」
彼が薙刀で縦一閃を繰り出すと、巨大な斧は真っ二つになって僕と薙刀戦士の横を通り過ぎ、遥か後方で爆音と土煙が立ち上がる。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「借りを返しただけだ。礼などいらん」
「は、はぁ……?」
透き通った声からして青年だろうけど、やたら口調に棘がある。
それにこの声、どこかで聞いたことがあるような気がするな。
僕の知っている人だろうか。
反応に困って首を捻っていると、「無事か、リッド」とイビが空から舞い降りてきた。
「うん、彼のおかげで助かったよ」
「あぁ、見てたぜ。薙刀野郎、結構強いじゃねぇか」
「……」
彼女が強い口調で声を掛けるも、薙刀戦士は何も言わずに僕達の前に出た。
「お前達と話すことなどない。奴を倒すのは私だ。邪魔をするな」
「はぁ。おい、てめぇ。あたし達に助けられた癖に、どの口が言ってんだ」
「誰も助けなど求めていないし、借りも目の前で返したはずだ。それに、あの状況は私一人でも対応できた。むしろ水を差された気分だよ」
「んだと……⁉」
イビは眉をぴくりとさせると、こちらに振り向いた。
「おい、リッド。こいつやっぱりボコろうぜ」
「いや、だから駄目だって」
僕は二人のやり取りに呆れ、深いため息を吐いた。
薙刀戦士は言葉こそ丁寧だけど、不機嫌な態度があからさまに過ぎる。
イビも口調が悪いし、どっちもどっちだけど。
「ヌゥガァアアアアアア!」
雄叫びが轟いて正面を見やれば、牛鬼は背中の大剣を抜いてこちらに歩み出している。
胸元の丸玉に罅は入っているようだけど、完全には壊せていないようだ。
「……さっきの一撃、手応えはあったんだけどな。間に合わせじゃ、ちょっと荷が重かったらしい」
イビは舌打ちすると、砕け散った槍の矛先を見せてくれた。
「おい、薙刀野郎。お前の得物、拾いものじゃねぇだろ。ちょっと貸せ」
「……残念だが、下品な女に得物を貸す気はない」
「は、言ってくれるぜ」
彼女は呆れ顔で肩を竦めると、「なら、奪うまでだ」と彼の顔面目掛けて拳を繰り出した。
でも、薙刀戦士はその手をあっさりと受け止めてしまう。
彼女は鬼の形相を浮かべ、薙刀戦士の兜の奥に光る黒い瞳を睨んでいる。
近くでよくよく見れば、薙刀戦士は兜の中で眼鏡を掛けているようだ。
「おい、てめぇも牢宮から出たいんだろ。だから、得物を貸せって言ってんだよ」
「お前のような下品な女に貸すぐらいなら、死んだ方がましだ」
「じゃあ死ねよ。そして、あたしが使ってやる」
「二人とも、言い争っている時じゃないでしょ」
仲裁すべく間に割って入ると、僕は咳払いをした。
「わかりました。じゃあ、僕と彼女で気を引きます。その隙を突いて、貴方には牛鬼の胸元にある丸玉に止めを刺してください。おそらく、それで奴を倒せますから。これなら、文句はありませんよね」
「……好きにしろ」
薙刀戦士は鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまった。
僕とは初対面のはずなのに、ついさっきまで言い争っていたイビよりも当たりが強い気がするのは気のせいだろうか。
「せいぜい、態度と口だけじゃねぇところは見せてほしいもんだな。薙刀眼鏡」
イビも彼が兜の奥でしていた眼鏡に気付いたらしく、にやりと笑って毒づいた。
でも、薙刀戦士は「くっくく……」と喉を鳴らして笑い始める。
「眼鏡を蔑称に使ってしたり顔とは恐れ入った。さすが鳥人族、鶏らしい些末な発想。下品で愚かな女だ」
「……てめぇ、クソ眼鏡。その眼鏡で耳の穴をほじって昇天させてやろうか」
「やれるものならやってみたまえ。鶏頭」
「いい加減にして!」
二人が睨み合って罵り合うのを止めるべく僕が大声で叫ぶと、「グゥオオオオオ⁉」と牛鬼が雄叫びを上げ、大剣を構えたまま急に駆け出した。
「おい、リッド。牛鬼を呼んでんじゃねぇよ」
「全くだ。挑発の如く叫ぶなど愚の骨頂」
「き、君達ねぇ……⁉」
僕が眉をぴくりとさせると、イビは気にする様子もなく飛び上がった。
「さて、あたしとリッドは囮役だったな。先に行ってるぜ」
「わかった。すぐに追いかける」
イビに返事をすると、僕は薙刀戦士に振り向いた。
「貴方がどんな経緯でここにいるかは知らない。でも、先に進むため、牢宮を出るためには牛鬼を倒す必要があるんだ。止めの一撃、任せたよ」
「……千載一遇の好機を逃すつもりはない」
「うん、それでお願い」
彼の言葉に相槌を打つと、僕はイビの後を追うように牛鬼へと駆け出した。
図体がでかい分だけ歩幅も大きく、牛鬼はすぐそこまで迫っている。
さて、問題はどうやってあいつの気を引くのか、だね。
考えを巡らせようとしたその時、イビが牛鬼の顔の前で止まって「おい、デカ牛野郎」と強い口調で吐き捨てた。
その声は牛鬼の雄叫びに負けず劣らず、牢宮に轟くような大声だ。
僕も思わず足を止めてしまった。
何をするつもりだろうか。
牛鬼も警戒して足を止め、大剣を構えている。
イビは不敵に口角をつり上げると、「おい……」と口火を切った。
「図体がでかいだけのうすのろが。木偶坊のうつけ者。クソ蝶の腰巾着が。身ぐるみそっくり剥がして、てめぇのその頭蓋骨を壁にかけてやんよ。叫ぶしか脳のねぇ舌は牛タン、肉はレアステーキ、皮はなめして鞄にしてやるぜ。門番のくせに、僕達を倒すことすらできねぇのか。あぁ、この脳筋が。おら、悔しかったら何とか言ってみろ」
彼女は大音声かつ流暢に淀みなく罵詈雑言を羅列した。
挙げ句、両手の親指を下に向け、とんでもない煽り顔を浮かべている。
気を引くって、いや、そもそも魔物に言葉が通じるわけが……。
「グゥオオオオオオオ⁉」
牛鬼が鼻息を荒くし、顔を真っ赤にした。
どうやら、言葉は一応通じるようだ。
もしくはイビのあからさまな態度で、言葉は通じなくても馬鹿にされたことを察したのかもしれない。
ま、まぁ、何にしても気を引けたなら良かったのかな。
僕が少し離れた場所で苦笑していると、イビはにやりと笑って再び口火を切った。
「……って、あのがきんちょが言ってたぜ」
彼女が高らかに告げ、こちらを指さした。
驚きのあまり、喜劇みたく転びそうになってしまう。
いやいや、いくら何でもそんなの通じないでしょ。
「ガァアアアアアア⁉」
「な……⁉」
牛鬼は激昂した様子で雄叫びを上げ、目の前にいるイビには目もくれずにこちらへ駆け出した。
「ちょ、ま……うそぉ⁉」
僕が慌てて走り出すと、イビの笑い声が聞こえていた。
「おら、悪役主人公【ダークヒーロー】。見せ場を作ってやったぜ。せいぜい頑張れ」
「イビ、あとで覚えてなよ⁉」
彼女の声に怒号で応えつつ、僕は迫り来る牛鬼から逃れるべく身体強化を発動して牢宮を駆けていった。




