リッドの提案
「……いや、冷静に考えれば聞くまでもないか。イビ、君も『あの声』に誘われたんでしょ?」
互いの出方を窺って睨み合うなかで僕が構えを解いて切り出すと、彼女は槍を構えたまま眉をぴくりとさせた。
「へぇ、これは驚きました。リッド様がまだ鳥人族領内をうろついておられたとは。いい加減、知りすぎることは命を縮めることを理解していただきたいものです」
「鳥人族領内って……」
僕が声を聞いたのは、間違いなくバルディア領内だった。
言い掛かりも甚だしい。
僕は目付きを鋭くし、イビを再び睨んだ。
「そっちこそバルディア領内に忍び込んでいたんだろう。一体、何を企んでいるのさ」
「はぁ? 言い掛かりはやめろよ。あたしがいつ、バルディアに忍び込んだ。そんな記憶はさらさらないね」
イビは槍を構えながら苛立ちを隠す様子もなく吐き捨てた。
言動こそ乱暴だけど、彼女からは『嘘』の気配を全く感じない。
僕はハッとすると「もしかして……」と切り出した。
「イビ、君は『あの声』を鳥人族領内で聞いたんだよね?」
「あぁ、よくわからねぇ薄気味悪い声だったぜ。つい返事をしちまったら、このザマさ」
彼女は槍を構えたまま自嘲気味に口元を緩めるも、すぐに目付きを鋭くした。
「だがよ、それがどうしたってんだ」
眉間に皺を寄せたイビは僕に対する敬語をやめ、口調がどんどん荒々しくなっている。
これが素の言葉遣いなんだろうけど、この程度で動揺していたらバルディアの嫡子を務まらない。
「僕が声を聞いたのは、間違いなくバルディア領内だった。つまり……」
「そうか、合点がいったぜ。牢宮は大陸の彼方此方に触手を伸ばしているってことだな」
僕の言わんとすることを察したらしく、イビは食い気味に頷いた。
「おそらくね。大陸全土に及んでいるのかはわからないけど、少なからずズベーラの鳥人族領からバルディア領はこの牢宮が対象者を誘う範囲内なんだと思う。あくまで現状からの仮説に過ぎないけどね」
そう告げると、僕はイビが構える槍の矛先の前に歩み出た。
「……何の真似だ」
「イビ。牢宮を出るまで、僕と手を組まないか」
「お前と……?」
彼女が首を捻って訝しむも、僕はこくりと頷いた。
「現状、君と僕の目的はこの牢宮から脱出することのはずだ。正直に話すけど、僕は牢宮に足を踏み入れるのは初めてでね。おまけに寝る寸前に誘われちゃったから、ほぼ丸腰なんだ。魔法があるから何とかなるけどね」
にこりと微笑んで指を鳴らすと、僕の周囲に十個の魔弾が生成される。
イビはぴくりと眉を動かし、程なく槍を引いた。
「……いいだろう。ただし、二つ条件がある」
「条件……?」
首を傾げて聞き返すと、彼女はこくりと頷いた。
「一つ目は、互いの立場や国のことに一切言及しないことだ。あれこれ質問されたくねぇからな」
「わかった。それは僕も同じだよ。それで、二つ目は?」
「二つ目はもっと簡単だぜ」
イビはそう告げると、にやりと不敵に笑った。
もしかして、無理難題を言って協力を断るつもりなのかもしれない。
何を言い出すつもりかと、僕は思わず身構えた。
「牢宮内では、あたしとお前の立場は同等だ。だから、あたしの口調はこのままだし、畏まることはしねぇ。それでも良いってんなら……」
「あ、そういうことね」
僕はほっと胸を撫で下ろすと、目を細めて頷いた。
「わかった、イビの楽にしてくれて構わないよ。それから、僕も楽に話させてもらうからね」
「は……?」
二つ返事で即答するとは思っていなかったのか、イビは鳩が豆鉄砲を食ったように唖然としてしまった。
「おい、お前は貴族なんだぜ。それも騎士や男爵じゃねぇ。帝国の剣と称される由緒正しきバルディア辺境伯家の嫡子だ。それなのに、本気であたしと同等の立場を受け容れるってのか」
「まぁ、貴族ってのは国が決めていることだからね。帝国の権威が及ばない牢宮で貴族もなにもないでしょ。僕も畏まられるより、遠慮なく言ってくれた方が気楽だしね」
僕の答えが意外だったのか、イビは肩を竦めてやれやれと頭を振った。
「さすが『型破りの風雲児』という異名を持つがきんちょだ。一般常識を突き抜けた考えをしてやがる」
「はは、よく言われるよ」
僕は頬を掻くと「でも……」と切り出した。
「がきんちょとお前はやめてよ。せめて、リッドって名前で呼んでくれないかな」
「まぁ、それぐらいならいいぜ」
イビはそう告げると、僕の前にやってきて片手を差し出した。
「じゃあ、牢宮を出るまでは手を組んでやる。よろしく頼むぜ、リッド」
「こちらこそ。よろしくね、イビ」
僕達は握手を交わし、牢宮脱出まで文字通り手を組むことになった。




