牢宮【ダンジョン】での邂逅
「どうやら君は『魔力を分け与える』ことが、どれだけ貴重で有用なことなのか。よくわかっているようだね」
「本当にそれが可能なら、是が非でもご教授願いたいぐらいだよ」
前のめりで答えると、蝶の羽を持つ自称妖精のフェイはにこりと頷いた。
「もちろん、構わないよ。僕はお助け魔物だからね」
彼は可愛らしくウィンクすると、自らの周囲に五個の小さな淡く温かい光を放つ魔力弾を生成した。
「さぁ、試しに僕の魔力を受け取ってみて。話はそれからさ」
「……わかった」
好奇心と可能性に惹かれて頷きはしたけど、彼の浮かべる笑顔に何かとても嫌なものを感じる。
だけど、『他人に魔力を分け与える術』を知れる唯一の機会かもしれない以上、断るという選択肢は僕の中に出てこなかった。
「君は素直でとっても良い子だね。君みたいな子、だいだいだ~い好きだよ」
フェイが慈愛に満ちた表情を浮かべると、五個の魔力弾がゆっくりとこちらに向けて飛ばした。
魔力弾が近付いてくると、胸がどきどきしてくる。
興味、好奇、期待、不安……様々な感情が渦巻くなかで五個の魔力弾が間近に迫ったその時、温かい淡い光が禍々しい暗黒を放つ黒球に変わった。
「な……⁉」
愕然として目を見開いた直後、黒球は大爆発を起こして爆音を轟かせ、色とりどりの花が咲き乱れる幻想的な花畑に真っ黒な爆煙が立ち上がった。
「あっはは。悪い魔物じゃない、なんてのたまう奴が『良い奴』なわけないだろ。牢宮【ダンジョン】は奪うか、奪われるかだ。こんな千載一遇の好機を逃すわけないだろ。僕の糧になってもらうよ。素直でとってもよい子の愚かな少年ちゃん」
フェイの勝ち誇った下卑た笑い声が響きわたるなか、僕はため息を吐いて指を鳴らした。
瞬時に突風が周囲の爆煙を掻き消し、フェイと僕の視界の間を遮るものをなくす。
「な……⁉」
無傷な僕の姿を見て、彼は愕然と目を見開いていた。
なんてことはない。
淡い光を放つ光弾が黒球に変わった瞬間、魔障壁を展開したまでだ。
いくら何でも、怪しすぎたからね。いつでも咄嗟に展開できるように構えていたわけだ。
ただ、虚仮にされて黙っていられるほど『よい子』じゃない。
身体強化烈火を発動し、魔圧を発しながら僕はにこりと微笑んだ。
「……藁にも縋る思いで、少しでも可能性があるならと、期待した僕は君からしたら本当に愚かな少年なんだろうね。ただ、時にそれは人の逆鱗に触れることもあると知っておいたほうがいいよ」
「はは、あっはは。そっか、そうだよねぇ」
笑顔で凄むも、フェイは戦くどころか急に大声で笑い出した。
「此処に居ると言うことは、君も声を聞いて誘われたんだ。ただの少年なわけがないよねぇ」
彼は口元を大きく歪めた。
その表情は当初にあったあどけなさは微塵もない。
彼が当初発していた温かい光は鳴りを潜め、今はとても禍々しい暗黒の光が漂っている。
「それが君の本性か」
「はは、猫を被っていたのはお互い様でしょ。でも、絶対的な違いが一つだけあるよ」
「絶対的な違い……?」
身構えて訝しむと、フェイはおちょくるように「君の真似」と呟いて指を鳴らした。
次の瞬間、周囲の花が次々とフェイと同じ容姿の姿に変わっていき、瞬く間に僕は彼等に囲まれてしまった。
「君がいかに優れた少年であっても全方位からさっきの攻撃を受けたら、果たして無傷でいられるのかな」
「……やってみればいいさ。でも、爆発に君も巻き込まれて無事じゃ済まないよ」
さっきの魔弾。
五発程度なら魔障壁で耐えられた。
ただ、これだけの数となれば大量の魔力消費と多少のダメージは覚悟しないといけない。
この場を乗り切ることが最優先だけど、わけもわからず牢宮に迷い込み、右も左も分からない状況だ。
出来る限り消耗は避けたい。
かまをかけてみるも、フェイはわざとらしく畏まって頭を深く下げた。
「心配してくれてありがとう。だけど、僕は牢宮から生まれた妖精だからね。いくら傷ついても復活できるから安心して僕の糧になってよ」
「そうかい。でも、糧になるのは御免被るね」
僕は頷きながら周囲を見渡した。
全方位を円状に囲まれて逃げ道はないけど、見方を変えれば壁は薄いということにもなる。
全ての攻撃を耐えるよりも、一点集中で突破したほうが魔力消費は抑えられるはずだ。
どんなに傷をつけてもフェイは復活できるらしいから、彼が生み出した分身体を各個撃破。
その後、フェイを捕縛できれば情報を得ることもできるかもしれない。
「ふふ、何か考えているみたいだけど無駄さ」
「さて。何事もやってみないとわからないだろ」
「いや、無駄さ。これで終わりだよ、少年君」
フェイが勝ち誇ったように告げると、周囲の分身体が一気に魔弾を生み出していく。
できるかできないじゃない。
この場を生き抜くために、やるしかないんだ。
ぐっと拳に力を入れて魔槍を放とうとしたその時、「しゃがめ、がきんちょ」と力強く勢いのある凜とした声が轟く。
ハッとして振り向けば、大きな赤い二つの横髪を靡かせた女性が槍を構えてこちらに猛烈な勢いで駆け走ってくる姿が目に飛び込んできた。
「なんだ……?」
フェイが眉を顰めると、僕は咄嗟に言われた通りにその場に伏せるようにしゃがみこんだ。
「上出来だ、がきんちょ。『風刃横一閃【ふうじんよこいっせん】』」
再び力強く勢いのある凜とした声が聞こえると、槍が空を切る音が響きわたる。
直後、フェイの分身体が全て真っ二つに薙ぎ払われていた。
「ちぇ、邪魔が入っちゃったな。まぁ、いいや。此処に居る以上、君達は僕のところに来るしかないからね。ばっはは~い」
フェイは舌打ちをするが、すぐに笑顔を浮かべ、こちらに手を振りながら淡い光となって霧散してしまった。
逃げたのか、消えたのか。
どちらにしても、この場を去ったと言うことだろう。
「くそ蝶が。次に会ったら真っ二つにしてやるぜ」
大きな赤い二つの横髪を持つ女性は背中を見せたまま悪態を突くと、「大丈夫だったか、がきんちょ」と言ってこちらに振り返り、手を差し出してくれた。
「ありがとうございます、助かりました」
何者か分からないけど、こうして助けてくれたんだ。
味方になってくれる存在であることは間違いないだろう。
お礼を告げながら彼女の手を掴もうとしたその時、「お、おまえは……⁉」と彼女がたじろいだ。
はて、どうしたんだろう。
首を捻るも、彼女と目が合った瞬間「き、君は……⁉」と僕も驚愕して飛び退いた。
「リッド・バルディア⁉」
「イビ・パドグリー⁉」
僕は間合いを取って互いに身構え、大声で問いかけた。
「どうしてお前がここにいる⁉」
「どうして君がここにいるんだ⁉」
偶然、僕達が同時に発した声は幻想的な花畑に木霊するも、周囲はしんとした静寂に包まれたままだった。




