誘いの呼び声
修行を終えると、日が暮れる前に皆で晩ご飯を食べることになった。
メニューは、タンパク質豊富な鳥肉中心のバーベキューだ。
普段、食堂での食事には礼儀を重んじるけど、この時ばかりは『遠慮せず、好きなように食べて良いからね』と言って、皆で火を囲んでわいわい楽しく食べた。
「……ところで、リッド様。バルディアに帰ってきて、妙な話を耳にしたんですけど聞きました?」
食事中、オヴェリアが何やら意味深な言い方で口火を切った。
「なんだい、妙な話って?」
「へへ、いやね。バルディアのこうした山岳地帯や草原で、身ぐるみ剥がされた冒険者が気絶しているのが最近よく見かけるそうなんですよ」
「身ぐるみ剥がされたって、バルディアの治安が悪くなっているって言いたいの?」
バルディアが発展することで、富を狙って悪巧みする輩が増えたのは事実だ。
でも、バルディア騎士団の活躍によって、そのほとんどは事前に防がれている。
僕がむっとして凄むと、オヴェリアは「いやいや、そうじゃありませんって」と慌てた様子で頭を振った。
「彼等は目を覚ますと、一様に同じようなことを語るらしいんですよ」
「同じようなこと?」
聞き返すと、オヴェリアはにやりと口元を緩めた。
「『気付いたら牢宮【ダンジョン】の中にいて、出口を求めて彷徨い歩いていたら魔物に襲われて気を失った。そして、目が覚めたらここにいて持ち物を全部失っていた』ってね」
「何それ。牢宮に自分から入り込んで、命からがら出てきたとかじゃないの?」
父上やルーベンスを始め、いろんな人の話を聞く限り、牢宮には必ず出入口があるそうだ。
牢宮内には各魔石や珍しい防具なんかもあって、一攫千金を夢見て入り込む冒険者が後を絶たない。
牢宮の目的は魔石や珍しい防具で人をおびき寄せ、自らの糧とすることだ。
牢宮内では無限に魔物が湧き出て、入り込んだ人に襲いかかってくるらしい。
らしい、というのは僕がまだ牢宮に入ったことがないからだ。
興味はあるんだけどね。
「その話なら、私もよく聞いておりますぞ」
会話に参加してきたのは、カーティスだ。
彼は第二騎士団の指揮官を任せているから報告を受けているんだろう。
「何でも彼等は、迷い込む前に『助けを求める声』を聞いたそうでございます」
「助けを求める声……?」
首を傾げると、カーティスはこくりと頷いて怖い顔を浮かべた。
「何でも『タスケテ、タスケテ、タスケテ……』と底深い絶望に染まったような、それはそれは悲痛で弱々しい声が聞こえたそうでございます」
あまりにおどろおどろしい口調に、僕はごくりと喉を鳴らして息を飲んだ。
カーティスの語りに呑まれて皆揃って食事の手が止まるも、少しの間を置いて、ぱっと彼は破顔した。
「それに答えたら、いつの間にか牢宮内にいたとか何とか。まぁ、詳細はわかりませんがな」
「……もう、冗談は止めてよね。ただでさえ、この辺りは暗いんだからさ」
僕はやれやれと肩を竦め、辺りを見渡した。
周辺はバーベキューと天幕の明かりで照らされているけど、光の届かない先は真っ暗闇で覆われている。
怪談話には丁度良い場所だ。
別に、怖くなんかないけどね。
「……そういえば、ディアナも言ってましたね」
思い出すように切り出したのはティンクだ。
「ルーベンスが冒険者達の証言を元に牢宮を探しているけど見つからないって」
「え、じゃあ、冒険者達が話していた牢宮は本当にあるってことなの」
「被害者が多数出ているので、実在する可能性は高いとみているのでしょう。それから、ディアナはこうも言ってましたよ」
ティンクは目を細めると、すっと顔を寄せてきた。
「リッド様は好奇心旺盛ですから、この件を知って無茶をしないよう、くれぐれも注意してください、だそうです」
「……あ、あはは。肝に銘じておくよ」
僕が決まり悪く頬を掻くと、その様子に皆が「ふふ」と噴き出した。
ちょっと、皆揃って失礼じゃないかな。
まぁ、いいけどね。
談笑しながらの食事が終わると、水の属性魔法と火の属性魔法を掛け合わせたシャワーで体を洗い流した。
自分が寝る天幕に移動した僕は、寝間着に着替えたいからと、カペラとティンクに外で待っててほしいと伝える。
ちなみに、僕が用意した天幕はちょっとした家みたいになる大きいものだ。
当然、エレンとアレックスに設計を伝えて作ってもらったものだけどね。
二人が「畏まりました」と天幕を出ると、僕は欠伸をしながら着替えようと服のボタンに手を掛けた。
『……? テ……?』
「ん……?」
ふと誰かの声が聞こえた気がして、天幕内を見渡すが誰もいない。
「気のせいかな?」
『ネェ、ダレカキコエル? タスケテ、タスケテ、タスケテ……』
首を捻ったその時、悲痛で弱々しい声が聞こえて僕はハッとした。
「だ……⁉」
返事を仕掛けたその時、カーティスの言葉が脳裏に蘇る。
『弱々しい声に答えたら、いつの間にか牢宮内にいたとか』
まずい、と慌てて口を押さえたその時、体がふわっとした感覚に襲われる。
ハッとして視線を落とすと、背筋がゾッとした。
足下に黒い渦ができ、体が宙に浮いていたのだ。
咄嗟に魔障壁を発動するも、僕は黒渦から現れた数多の黒い手に掴まれ、音もなく黒い渦に沈められて意識を失った。
◇
「う、うん……?」
目を覚まして上半身を起こすと、僕は赤、黄色、緑、青、紫と見たことのない色鮮やかな花が咲き乱れるお花畑の中にいた。
日差しも明るくて、空気も朝焼けのように澄んでいる。
幻想的な光景にぼうっと見蕩れるが、僕はすぐに我に返って気を失う前の出来事を思い返した。
「えっと、僕は天幕の中にいたはずだ。そう、それで聞こえてきた声に返事をしたら黒い渦が足下に現れて……」
「ねぇ、そこの君」
「……⁉」
突然に聞こえてきた声にびっくりして振り返ると、そこには30cmに満たない蝶の羽を背中に生やした少年。
いや、妖精が空を飛んでこちらを見つめていた。
妖精は白金色の短い髪、可愛らしくあどけない顔、目尻の下がった目には緑の瞳が浮かんでいる。
背中の黒い羽には淡く青みがかった緑の線が入っている。
訝しんでいると、妖精はにこりと微笑んだ。
「初めまして、僕の名前はフェイ。花と蝶の妖精フェイさ」
「……妖精、だって。魔物の間違いじゃないのかな」
聞き返すと、彼はこくりと頷いた。
「そう、僕は魔物だ。だけど、悪い魔物じゃないから安心していいよ。ここは君達人間が牢宮と呼んでいるところでね。地下世界、別世界とか好きなように考えればいいよ」
「なるほど、やっぱりここは牢宮の中なのか……」
どうやら、身ぐるみ剥がされた冒険者達が気付いたら牢宮にいたというのは本当だったらしい。
こんなことになるんだったら、もう少しちゃんと話を聞いておくべきだったなぁ。
まさに、後悔先に立たず、だ。
がっくり項垂れると、フェイと名乗る妖精が「ただし……」と続けた。
「この世界では牢宮核が生み出した魔物達が君達の魔力を狙ってくるから気をつけて。でもね、僕みたいに『魔力を分け与える』ことができるお助け魔物もいるんだ」
「魔力を分け与える、だって⁉」
現状、他人に魔力を分け与える魔法はどの文献にも存在していない。
サンドラが創造した『魔力変換強制自覚』は似て非なるもので、魔力を分け与えることは不可能だ。
もし、本当に誰にでも魔力を分け与えることができるなら、母上の治療を始め、魔法の新しい可能性が開けるだろう。
驚愕と好奇心で身を乗り出すと、フェイは「ふふ」と口元を緩めた。




