リッドの帰郷と家族団欒
ズベーラ外遊の報告、グレアスの日誌と著者不明の聖本を父上とサンドラに確認してもらい、一通りの打ち合わせが終わると時間は正午を少し過ぎていた。
「今日はこれぐらいでよかろう。リッドも長旅で疲れているだろうからな」
「畏まりました。ですが父上、僕はまだまだ大丈夫ですよ」
張り切って答えると、父上は口元を緩めて苦笑した。
「その体力は、この後のために取っておくんだな」
「この後、ですか?」
「部屋を出ればわかることだ。さぁ、それよりも食堂で昼にしよう。皆、お前のことを首を長くして待っているはずだ」
「あ、そういうことですね」
『皆』とは、ファラやメル達のことだろう。
皆、揃いも揃って好奇心が強いから、ズベーラのことを根掘り葉掘り聞かれそうだ。
父上が食堂に向かうべく席を立って執務室から出ると、僕とティンクは後を追うように退室した。
著者不明の聖本とグレアスの日誌は元の箱に丁寧にしまわれ、カペラとサンドラがバルディアでもっとも警備が厳重な研究室の最奥で持っていき管理することが決定。
二人は僕達とは別行動することになった。
屋敷の廊下を歩いていると顔馴染みのメイドや給仕達が笑顔で会釈してくれて、僕も笑顔で返事をしていく。
改めて、バルディアに帰ってきたんだな。
心なしか足取りが軽くなるなかで食堂に到着すると、そこには車椅子に乗った母上をはじめ、ファラやメル達が集まって食卓を囲んで談笑していた。
ただ、食卓の上に食事は並んでいない。
「あれ、皆、どうしてここに?」
僕が首を傾げて尋ねると、ファラが皆を代表するように切り出した。
「皆でリッド様をお待ちしておりました。お義父様から正午には『打ち合わせを切り上げる』と伺っておりましたので」
「……そうなんですか?」
僕が尋ねると、父上は少し気恥ずかしそうに咳払いをした。
「皆、リッドの帰りを待っていたんだ。故郷の食事も久しぶりだろうし、皆で食べたほうが良いだろうと思ってな」
「は、はい。お気遣いありがとうございます」
優しい心遣いが嬉しくて、つい顔が綻んでしまう。
すると僕達のやり取りを見ていた母上が目を細めて「ふふ……」と噴き出した。
「皆で正午過ぎに食卓を囲もうと、最初に言いだしたのはライナーなのですよ。久しぶりに家族皆で食事をしようって」
「え……?」
母上の言葉にきょとんとして目をやると、父上は決まりが悪そうに視線を泳がせた。
「ナナリー、茶化すのはやめてくれ。皆、それぞれに話したいことがあるだろうと考え、一番良い方法を選んだまでだ」
「そうですね。皆、リッドの帰りを待っていましたから」
二人のやり取りにメルやキールから笑みが溢れると、この場にいる皆に伝わっていき、食堂全体がとても心温まる柔らかい雰囲気となっていった。
アモンがズベーラで僕のことを『愛妻家を超えた妻馬鹿』なんて言っていたけど、本当に愛妻家というか、バルディア家で家族愛が一番強いのは父上のような気がする。
僕はその血を受け継いでいるし、背中を追っているから似た者親子になるのは当然なのかもしれない。
「ふふ、情の深さは親譲り、なんてね」
「……? リッド様、どうかされましたか」
小声で呟いたつもりが背後にいたティンクには聞こえていたらしい。
「あ、いやね。父上と母上のやり取りを見ていると、僕って似た者親子だったりするのかなって」
「あぁ、それは仰せの通りでございます。リッド様は間違いなく、ライナー様とナナリー様のご子息でございます」
「ありがとう。でも、そう面と向かって言われると嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいね」
照れ隠しに頬を掻いていると、「リッド兄様」とメルの可愛らしい声が聞こえてきた。
「いつまでそこで立ってるの。早く姫姉様の横に座って、ズベーラの話を聞かせてよ」
「そうですね。それと、リッド義兄さんの話に興味はつきませんが、さすがにそろそろお腹が減ってきましたよ」
「ごめん、待たせちゃったね」
メルに次ぐキールの言葉にハッとすると、僕は軽く頭を下げながらファラの隣に腰掛けた。
「リッド様、改めてお帰りなさいませ」
「ただいま、ファラ」
間近で顔を合わせると、どちらともなくはにかんでしまった。
僕の両隣にメルとファラがいて、メルの隣にはキールがいる。
机を挟んだ正面には父上と母上が並んで座り、母上の隣にはティスとシトリーがいてはにかんでいた。
食堂の壁際にはティンク、アスナ、ディアナ、ジェシカ、ネルス、ダナエが控え、少し空いた窓のところには子猫姿のクッキーとビスケットがいる。
「クリスティ商会のクリスティ様、エマ様をご案内いたしました」
メイドの声が食堂に響くと、クリスとエマが何やら申し訳なそうにやってきた。
「えっと、ライナー様、リッド様。私達がこの場にいてもよろしいのでしょうか」
クリスが切り出すと、父上が「あぁ、もちろんだ」と頷いた。
「二人には大変世話になっているからな。リッドと一緒にズベーラの話を聞かせてくれ」
「わ、私もクリス様とエマ様のお話を聞きたいです」
「私も、お二人にズベーラがどのように見えたのか。教えてほしいです」
ティスとシトリーが目を輝かせて前のめりになった。
クリスとエマは顔を見合わせてから「で、では、失礼いたします」と、ティス達の隣に腰掛ける。
ふいにクリスとエマと目が合って「ふふ」と笑みが溢れたその時、父上が咳払いをして耳目を集めた。
「では、食事にするぞ」
その一言で給仕とメイド達が動き出し、食卓の上に次から次に料理が並べられていく。
ズベーラの各部族領で様々な料理を見てきた。
だけど、こうして見ると、僕はやっぱりバルディアの、故郷の料理が一番好きかな。
そんなことを思いながら、僕は食事と皆との談話を心いくまで楽しんだ。
なお、食後に屋敷をファラに案内され、熊人族に依頼していた木彫りの僕とファラの立派すぎる彫刻を目の前に唖然としてしまう。
驚いたことに、母上が以前言っていた『招福のファラの木彫像』を来訪した熊人族達にその場で製作を依頼したらしい。
ただ、『ファラだけでは勿体ない』と、木彫像は僕とファラが並んだものを作成。
それを元にして、いまやバルディアのお土産に並んでいるそうだ。
「……その、現地で色んな思惑があったかと存じますが、事前に一言相談してほしかったです。すっごく恥ずかしかったんですからね」
「ご、ごめん」
ファラはつんとそっぽを向いてしまい、僕は暫く頭を下げ続けることになったのは言うまでもない。
また、その日のうちにズベーラの各部族領で購入して送っていた『数々の民族衣装』を母上と父上はもちろん、皆の前で着こなしていくことにもなった。
後で聞いた話だと、母上宛に送った父上用の民族衣装は大変好評だったようだ。
でも、父上には『無駄な気を遣いすぎだ』と苦言を呈されてしまった。
多分、母上から着てと言われて断れなかったんだろう。
まぁ、これは予想通りだったけどね。
本当は獣王戦に向けて訓練をしないといけないんだけど、帰郷した今日と明日だけは皆との時間を満喫しようと、僕はそう思って心から皆との再会を楽しみ、喜んだ。




