帝国の双剣
「……なるほど。概ね、通信魔法による報告通りだな。改めて長旅ご苦労だった」
父上は僕が提出した『ズベーラ外遊に関する報告書』という表題が表紙に書かれた書類を読み終え、おもむろに切り出した。
今、僕達がいるのは新バルディア邸にある父上の執務室だ。
僕と父上は備え付けられたソファーに腰掛け、机を挟んで向かい合っている。
部屋の中にはティンクとカペラもいて、二人は僕の背後に控えている状況だ。
父上の言葉にあった『通信魔法による報告』というのは、ズベーラ外遊中、僕が同行していた鼠人族のアリーナによる通信魔法で定期的に会談内容を報告していたことを差している。
当然、旅先では何度か彼女を通して父上から叱られた。
父上は通信魔法を使えないので、第二騎士団所属の鼠人族シルビアを介し、アリーナを通じて僕と会話している。
そうしたやり取りで、特に印象に残っているのは三回だ。
一つ目は、鼠人族を中心とした獣人族留学受け容れの件。
鼠人族部族長ルヴァ・ガンダルシカの申し入れを引き受けた事を報告した時、『バルディアが人材不足に悩んでいることは事実で、解決策としては一考の余地がある。しかし、様々なリスクが伴うことだ。事前に報告して進めるべき事案であることは明白だぞ』と、強く叱られた。
二つ目は、鳥人族領で守護十翼【ブルートリッター】の実力を調べようと偵察した際、部族長ホルスト・パドグリーと接触したことだ。
彼が部族長会議の場で何かしら催眠を仕掛けてきたことは報告していたから、『可能な限り単独で近づくな、会談の場では必ずティンクとカペラを側に置け』……そう強く釘を刺されていたのに、僕はアリアと共にホルストに接触してしまった。
『貴重な情報を得られる機会だったことは認めるが、持ち帰られなければ意味がない。運が良かっただけだ。そう肝に銘じろ』
アリーナが父上の口調を真似て怒号を発した時は驚いたけど、それだけ父上を心配させてしまったのだと、僕は反省した。
三つ目は、馬人族部族長アステカ・ゼブラートから、ズベーラ国内で口減らしされた子供達受け容れの件。
『また、お前は。火中の栗を自ら掴みおって……⁉』と、これは先の二回と違って、叱られたというよりも呆れられたという感じだった。
でも、父上は今に至るまで『そんな話は無効だ。受け容れるな』ということは一言も発していない。
こういうところが、僕は大好きだったりする。
父上が報告書を机の上に置いて、ソファーの背もたれにゆったり体を預けると、張り詰めていた部屋の空気が緩んでいく。
僕は胸を撫で下ろして会釈した。
「ありがとうございます。父上の名代が務められるか内心不安でしたが、そう仰っていただけてほっとしました」
「その年でこれだけのことができれば、上出来すぎるぐらいだ。今後、ズベーラもおいそれとバルディア、ひいては帝国に弓を引くことはなかろう」
父上は不敵に口元を緩めたけど、僕はきょとんと首を傾げた。
「えっと、上出来だとお褒め頂けたことは嬉しいのですが、どうしてズベーラが弓を引かないことに通じるのでしょうか」
「自覚は薄いようだが、リッドがズベーラ外遊をしたことで、その存在は国内外で大きくなっているのだ」
そう告げると、父上は立ち上がって執務机の上から新聞を手に取り、再びソファーに腰掛けてその新聞を机の上に置いた。
「帝都で配られた新聞だ。この見出しを見てみろ」
「は、はい……?」
僕は言われるがまま、新聞に大きく書かれた見出しに目を落とした。
『帝国最強の剣は双剣と成った。
帝国最強の剣と言えば、誰もがバルディア辺境伯家を思い浮かべることは間違いない。
しかし、昨今のバルディア家の活躍を見るに、もはや『剣』という言葉では物足りないのではないかと、一部の貴族関係筋や皇族関係筋では囁かれているという。
バルディア家当主ライナー・バルディア辺境伯が帝国の剣であることは然る事ながら、狭間砦の戦いで一騎当千の活躍を果たした嫡男リッド・バルディア卿もまた、すでに帝国の剣に数えて差し支えない。
周辺諸国においても、帝国の剣は今や二振りある、と囁かれているそうだ。
帝国の剣改め、帝国の双剣と呼ばれる日も近いだろう。
次に、リッド・バルディア卿が史上最年少にて当主の名代を務め、ズベーラ外遊を任されている状況について、保守派筆頭バーンズ・エラセニーゼ公爵と革新派ベルルッティ・ジャンポール侯爵の見解は……』
新聞にはその後も淡々と色々な主張が書かれているが、僕は『帝国の双剣』という文字に目が点となっていた。
「ぼ、僕が二振り目の剣なんて、買い被り過ぎですよ」
「リッドがどう思うかではない。世間ではそう見られ始めていることを自覚しておくことだ」
僕がハッとして頭を振ると、父上はにやりと笑った。
でも、父上の表情はどこか誇らしげというか、心なしか嬉しそうに見える。




