リッドの雰囲気
「父上、リッド・バルディア。ただいまズベーラの外遊から戻りました」
木炭車がバルディア邸の玄関前に到着すると、父上と母上をはじめとした皆が勢揃いして出迎えてくれた。
皆の顔を見られて嬉しいけど、被牽引車から降りると僕は畏まったまま父上の前に歩み出て一礼する。
家族だけど公務から帰ってきたわけだし、周囲の目もあるからこういうことはちゃんとしておかないとね。
「……うむ、ご苦労だったな」
父上が何やら少し間を置いてこくりと頷いた。
どうしたんだろうと思いつつも、僕は視線を母上に向けて一礼する。
「母上、お変わりなくお過ごしのようで安心いたしました。徐々に快復していると定期連絡で聞き及んでおりましたが、道中はずっと心配しておりました」
「え、えぇ、ありがとう。リッドのこともずっと心配していましたから、こうして顔を見られて安心しました」
「私もです、母上」
にこりと目を細めると、次いでメルとキールに振り向いた。
何故か、メルは僕を見て目を丸くしている。キールは何やら興味深そうにこちらを見つめていた。
何にしても、二人の顔から察するに何か問題が起きたわけじゃなさそうだ。
「二人も元気そうで良かった。また無断で鉢巻き戦とか、はちゃめちゃなことはしてないだろうね?」
前回、狐人族領から戻ってきた時のことを話題にして肩を竦めておどけると、メルがハッとして頭を振って頬を膨らませた。
「す、するわけないでしょ。兄様じゃあるまいし……」
「そうですよ、リッド義兄さん。僕とメルは、怒られたらしっかり反省します。似たようなことでお叱りを受けるような真似はしませんよ」
「はは、そう言われると何も言い返せないね」
僕は噴き出すと、二人の横に並び立っていたティスとシトリーに視線を移す。
「二人も変わりなさそうだね。いや、ちょっと顔付きが凜々しくなったかな」
「そ、そうでしょうか……?」
「ありがとうございます、リッド兄様」
ティスとシトリーは顔を見合わせると、揃って頬を少し赤く染めてこくりと頷いた。
「あ、それとこれを渡しておくね」
僕はハッとする。
忘れない内にと、懐にしまっていたアモンから預かった手紙を取り出して二人に手渡した。
「アモンからの手紙だよ。彼、二人のことをとても気にしていたからね。今度でいいから、返事を書いてあげて。きっと喜ぶだろうから」
「はい、読み終えましたら必ずアモン様に返事をお書きします」
「私もアモン兄様に絶対お返事します」
「うん、そうしてあげて」
二人が嬉しそうに頷くと、僕はにこりと微笑んだ。
そして一番、心の中で会いたかった『彼女』の前に歩み出た。
「……ただいま、ファラ」
ずっと会いたかったのに、いざ彼女の前に立つと急に気恥ずかしくなって、僕は照れ隠しに頬を掻いてしまった。
「は、はい。おかえりなさいませ、リッド様」
ファラは何やらハッとした様子で俯くも、頬は少し赤く染まって耳がぴくりと上下に動いた。
あ、良かった。
久しぶりに会えて、彼女も嬉しいと思ってくれたみたい。
僕はほっと胸を撫で下ろした。ファラは耳が感情に呼応して動いてしまう体質の持ち主で、上下に動くのは好意的な感情を現している。
この体質はダークエルフの中でも希有らしく、レナルーテではその希少性から『招福の象徴』とされているそうだ。
ちなみに、耳が上下に動くファラはとても愛らしい。
ふと、彼女が俯きながらも上目遣いでずっと僕の顔を見ていることに気付いた。
「えっと、どうかした?」
恐る恐る切り出すと、ファラは「あ、えっと、その……」と消えそうな声を発していく。
どうしたんだろうと首を傾げていると、彼女の背後に立つアスナが咳払いをした。
「リッド様の雰囲気が以前にも増して自信に溢れて逞しく、勇ましくなっておられたので、ファラ様をはじめ、皆驚いているのでございます」
「え……?」
僕は呆気に取られるも、「ふふ、あはは」とすぐに噴き出してしまった。
「そんなことないよ。だって、ズベーラの外遊に出てたのは一ヶ月ぐらいじゃないか」
長旅だったからバルディアで過ごしていた時よりも、多少は日に焼けてるかもしれない。
でも、それで自信に溢れて逞しいとか、勇ましいだなんて、アスナも意外と冗談が上手いじゃないか。
「いえいえ、リッド様を間近で見ていると『後生畏るべし』という言葉の重みをひしひしと感じる次第です」
「大袈裟だなぁ。以前の僕とそんなに変わらないですよね、父上」
頭を振るアスナから視線を変えると、父上は「まぁ、そうだな」と相槌を打った。
「可愛い子には旅をさせよ、という言葉もある。リッドに自覚はなくても、周囲から見ればこの外遊で顔付きが少し変わったということだ」
「え……?」
予想に反した言葉に唖然とするも、父上はにやりと口元を緩めた。
「もっとも、それはこの後の報告で否応なしにわかることだがな。リッド、このまま執務室にはいけそうか」
「はい。道中はずっと眠っておりましたので問題ありません」
「わかった。では、行くぞ」
父上は踵を返し、玄関前の広場から屋敷内へと向かって颯爽と歩き出す。
僕はすかさずその背中を追いかけようとするも、ハッとしてファラに駆け寄った。
「えっと、ね。ズベーラのことでファラに話したいことが沢山あるんだ。あとで、時間をもらってもいいかな」
「あ……⁉ はい、もちろんです。私も、私も沢山お伝えしたいことがありますし、リッド様のお話も聞きたいです」
ファラがぱぁっと明るい表情を浮かべたその時、僕は感情の赴くままに彼女の手を取って自分の胸の中で抱きしめた。
「え……⁉」
ファラがきょとんとするも、僕はそのまま彼女の耳元に顔を寄せて優しく囁いた。
「はは、ごめんね。ずっと会いたかったから、つい抱きしめちゃったんだ」
「い、いえ、私もずっと会いたかったですから」
彼女の答えを聞くと、僕は彼女を胸の中から解放するようにすっと離れて微笑んだ。
「じゃあ、あとで一杯話そうね」
「は、はい。お待ちしております」
顔を赤らめるファラの返事を聞くと、僕はこの場にいる皆をぐるりと見回した。
「皆にも伝えたいことが沢山あるんだ。楽しみにしててね」
「うん、兄様の土産話楽しみにしているね」
「貴重な帝国外の話だからね。楽しみにしているよ」
「リッドお兄様、楽しみにしております」
「私も楽しみです、リッド兄様」
メル、キール、ティス、シトリーが返事をしてくれるなかで、「リッド」と母上が僕の名を呼んだ。
「父上を待たせてはいけません。急ぎなさい」
「あ、申し訳ありません」
慌てて駆け出そうとしたその時、「あ、そうでした」と母上が切り出した。
「リッドがズベーラ外遊で見つけて送ってくれた沢山の衣装ですけれど、後日、父上と一緒に着てもらいますからね」
「え……⁉」
僕は思いがけず足が止まってしまう。
確かに、各地の衣装は父上、母上、メル達の分は送った。
でも、『僕が着る分』は送っていないはずだ。
まさか……⁉ と思って木炭車の最後列に並んでいたクリスティ商会の一団を見やると、クリスと目が合った。
彼女は何やら決まりが悪そうな表情を浮かべ、遠目からでも分かるほどに目を泳がせた後、程なくぺこりと頭を下げる。
クリス、母上と通じて謀ったな⁉
全てを察して愕然とするも、「リッド」と母上の強い口調が聞こえてきた。
「父上がお待ちですよ」
「は、はい。畏まりました」
僕は急いで父上が向かった執務室に駆け出すも、心の中で『クリス、この謀りは忘れないからね』と呪詛の如く呟くのであった。




