リッド、外遊からの帰郷
「……リッド様、リッド様、起きてください。もうすぐバルディアお屋敷に到着いたします」
「う……ん?」
バルディアに向かう被牽引車の中、座席を倒して寝ているとティンクが僕の体を丁寧に摩ってくる。
彼女の声にうっすらと目を開け、僕は欠伸して目を擦りながらゆっくり体を起こした。
「ふわぁ。あれ、もう着いたの?」
寝る前に覚えているのは、アモン達に見送られてバルディアに向けて木炭車で出発した時の光景だ。
グレアスが隠していた日誌と古代マーテル語で書かれた著者不明の聖本をアモンにも確認してもらい、バルディアに持ち帰る許可を得たその日の夜。
僕、ティンク、カペラを中心としたバルディア組とクリスを始めとしたクリスティ商会の面々は狐人族領を立った。
騎士団長のダイナスには、引き続き狐人族領に残ってアモン達との連携をお願いしている
『あら、もう帰るの? つまらないわねぇ、もう少し遊んでいきなさいよ』
別れ際のラファは肩を竦めてそう言っていたけど、丁重かつ毅然と断った。
外遊が終わってもバルディアの命運が掛かっていると評しても過言ではない獣王戦が控えている。
いち早く外遊の報告を父上に済まし、対ヨハンに向けた鍛錬を積む時間を確保しなければならないからだ。
おまけに『著者不明の聖本』を翻訳の組織編成も同時進行で進めていかないといけない。
今は一時でも時間が惜しい状況だったからだ。
狐人族領を出発して間もなく、アモン達の姿が見えなくなると僕は睡眠の質を上げるべく目隠しを付けて眠ったんだけど、まさかバルディアに到着するまで眠ってしまうとは思わなかったな。
両腕を上げて体を伸ばすと、ティンクが目を細めた。
「外遊中、気を張ってお疲れだったのだと存じます。よくお眠りになっておられましたので、ぎりぎりまでお声は掛けないようにしておりました」
「そうなんだ。気遣ってくれてありがとう。あ、いけない」
僕はハッとして自分の周囲を見渡すと、近くの席にカペラが『とある四角い箱』を大事そうに抱えていた。
「ごめん、カペラ。僕が交代で管理しようと言ったのに」
「いえいえ、こうした業務は私の得意分です。気になさらないでください」
彼が大事に抱えている箱の中には『グレアスの日誌と著者不明の聖本が入った箱』が入れてある。
これだけは貴重すぎて荷台に入れる訳にもいかず、僕が乗る車両に運び込んだのだ。
本当なら僕、ティンク、カペラの三人で交代しながら箱を抱える予定だった。
「途中でティンクさんとも交代しましたからご安心ください」
「そっか。二人ともありがとう」
二人にお礼を告げたその時、ふいに車窓の外にバルディアの町並みや景色が目に飛び込んでくる。
「あ……」
僕は思わず声が漏れ、車窓から外を眺めた。
バルディアの町並みは、新しい技術が使われた新築の建物と古い作りの建物が混在している。
今この時も、少しずつバルディアは発展しているのだ。
遠くを見やれば、バルディアの新屋敷がうっすらと見えた。
ズベーラで外遊していたのは一ヶ月ぐらいなのに、まるで数年ぶりに帰ってきたような感覚に襲われる。
「……早く皆に会いたいな」
無意識に呟くと、ティンクが「ふふ」と噴き出した。
「お屋敷で待つ皆様も、首を長くしてリッド様の帰りを待っているかと存じます」
「そ、そうかな。そうだと嬉しいな」
ハッとして照れ隠しに頬を掻くと、ティンクは瞳に慈愛の色を宿した。
「ライナー様、ナナリー様、メルディ様。そして、ファラ様。皆様はリッド様とお会いしたら、とても驚きになると思いますよ」
「え、どうして?」
「私達大人にとっても一ヶ月というのは長くて貴重な時間ですが、リッド様のように幼い時の一ヶ月というのはもっと長く、貴重な時間でございますから。お会いになればわかるかと存じます」
「あはは、大袈裟だなぁ。身長が極端に伸びて見てくれが変わったわけでもないんだから、そんなに驚かれることはないでしょ」
僕は噴き出すと、自分の体を見回した。
ズベーラにいる時間は確かに長かったけど、見た目が変わるほどじゃない。
「ふふ、そうですね。では、ライナー様達の反応を楽しみにしておいてください」
「う、うん……?」
ティンクの笑みに、僕はきょとんとしながら頷くのであった。




