アモンとグレアスの遺品
「こちらでございます」
カペラはすぐに机の上に例の箱を置き、手袋をして中から一通の手紙と二冊の本を丁寧に取り出した。
「悪いけど、内容は先にこちらで改めさせてもらったよ。アモンにも確認してもらって、問題なければ二冊ともバルディアに持ち帰るつもりなんだ」
「伯父上の性格上、あってもおかしくはないと思っていたけど、まさか本当にあるとはね。よく見つけたね、リッド」
「偶然だよ。それに屋敷を貸してくれた時に一度は部屋を隅々調べたけど、その時は見つけられなかった。アモンの助言がなければ、きっと今も隠されたままだったよ」
「はは、そうか。私の言葉が役に立ったなら幸いだ」
アモンが笑みを浮かべると、僕は手紙に目を落とした。
「じゃあ、まずはこの手紙から読んでみて」
「わかった。読ませてもらうよ」
「アモン様、古い書物のためこちらをお使いください」
「了解だ」
カペラが手袋を手渡すと、アモンは素早く身に着けて手紙を手に取り、目を通していく。
だんだんとアモンの目が潤み、程なく涙が頬を伝った。
一枚目を読み終えると、アモンは鼻を啜りながら天を仰いだ。
「……これを書いた伯父上の狐人族と家族に対する想い、察するに余りあるな」
「そうだね。僕も読んだときに心にずんときたよ」
同じ領地を守る立場に立つ者として、家族を守る者として、グレアスの言葉は僕の胸にも刺さった。
でも、アモンはグレアスと血の繋がった親戚だし、面識もあったからより深く胸に刺さったんだろう。
控えていたティンクがさっとハンカチを手渡すと、アモンは「かたじけない」とお礼を言いながら自らの涙を拭き取った。
「アモン。感慨に耽っているところに水を差して悪いんだけど、二通目も読んでみてほしい。僕達が訪れた本題は、実はそっちなんだ」
「二通目に本題……?」
彼は首を傾げると、手に持っていた一枚目を机の上に置いて二枚目に目を通していく。
瞬く間に潤んでいた彼の目がみるみる乾き、顔から血の気が引いていった。
この部屋にやってきた時と同等、いや、それ以上にやつれたように見える。
「……これが本題ということは、二冊目の内容はトーガとズベーラ。いや、現在の国家間の関係にまで影響を及ぼす可能性があるということか?」
「そうだね。でも、それは自分の目で確かめてみるといいよ」
真っ青な表情で尋ねてくるアモンに、僕はにこりと微笑んだ。
そして、二冊目こと著者不明の聖本を彼の前に差し出した。
「リッド、嫌な予感しかしないんだが。あえて、私は知らないままでいるというのはどうだろうか。世の中には、知らない方が良いこともあるだろう?」
「そう言う訳にはいかないよ。これは君の伯父であるグレアスが見つけたものだ。手紙にも書いてあるでしょ。アモンに渡してほしいってね」
「いや、しかし……」
「グレアスの遺志を考えれば、筋は通すべきでしょ。バルディアには持ち帰らせてもらうつもりだけど、アモンにもその理由はちゃんと理解してほしいからね」
僕が目を細めたまま告げると、アモンは真っ青なまま唖然として、がっくりと肩を落として俯いてしまった。
僕がこうなったら一歩も引かないことを、彼は理解してくれているんだろう。
ややあって、彼はため息を吐いて顔を上げた。
「……わかった。私も覚悟を決めよう」
「うん、お願い」
僕の返事を聞くと、アモンは著者不明の聖本を前にして、ごくりと喉を鳴らして息を呑んだ。
次いで、震える手でゆっくりと表紙を開いた。
「これは……」
アモンは古代マーテル語を見て眉を顰めるも、すぐに側にグレアスの翻訳が書いてあることに気付いたようだ。
その瞬間、彼の表情が真っ青を通り過ぎて真っ白になる。
『パタン』と本が閉じられ、アモンは自らの顔を両手で覆い隠して俯いてしまった。
「その反応、僕が初めて見た時と全く同じだよ」
同じ秘密を共有できたせいか、声が少し弾んでしまう。
アモンは顔を両手で隠したまま、深い、それは深いため息を吐いた。
「……まさかトーガが神聖視している古代マーテル語で『女神ミスティナ・マーテルは虚構である』なんて書いてあるとはね。予想の遥か上をいったよ」
彼はそう告げると、顔を上げてティンクとカペラを見やった。
「この場に二人がいるということは、この内容を知っているということかな」
「そうだね。その本の内容を知っているのは僕、カペラ、ティンク。そして、たった今アモンが加わったよ」
「……できれば、知らずにいたかったね。これが事実なら私の手に余るよ。伯父上もとんでもない本を隠し持っていたものだ」
アモンは肩を竦めると、真剣な顔付きになって再び著者不明の聖本を開き、読み進めていく。
グレアスが翻訳できている頁【ページ】は僅かだから、程なくして彼は読み終えた様子で本を丁寧に閉じた。
「実に興味深い内容だよ。伯父上の翻訳が正しければ、だけどね。その点はどうなんだろうか。リッド達は古代マーテル語を翻訳できるのかい?」
「いや、僕達にも翻訳はできないよ。ただ、バルディアに持って帰れば多少時間はかかるだろうけど、翻訳はできると思う」
ちなみに、僕の魔法の先生でもあるサンドラが、翻訳可能な有力者の筆頭だ。
でも、例え彼女が無理だとしても、バルディアには優秀な研究員や学者が大勢いる。
皆の力を借りられれば、時間は掛かっても翻訳はできるはずだ。
「そうか。でも、人が関われば、その分だけ情報漏洩のリスクが高まる。リッドとライナー殿であれば大丈夫だと思うが、くれぐれもその点は気をつけてくれよ」
「うん、その点は十分に配慮するよ。下手に漏れてトーガに知られたら大変だからね」
バルディアに仕えてくれている誰かが裏切るなんて考えたくないけど、残念ながら『絶対に有り得ないことなんて、絶対に有り得ない』のが現実だ。
父上は僕よりもその点を重々理解しているからか、情報管理にはとても厳しいところがあるんだよね。
アモンは僕の返事に少しほっとした様子を見せると、グレアスの日誌に手を伸ばした。
「次はこっちを読ませてもらっていいかい?」
「もちろんだよ」
僕が頷くと、アモンはグレアスの日誌を手に取った。
「……間違いなく伯父上の字だ。久しぶりに見たよ」
彼は懐かしそうに日誌の表紙をじっと見つめ、ややあってから表紙を丁寧にめくって目を通しはじめた。
アモンの目が徐々に潤み、鼻を啜る音が何度も響く。
グレアスが記したガレスやエルバ達、彼等に従った豪族達の所業が書き記されたところまで読み終えると、アモンは小さく息を吐いた。
「……民なくして、長は務まらない。伯父上はその信念を貫いていたんだな。立派な人だ」
「そうだね。僕はグレアスに会ったことはないけど、手紙や日誌を読んだだけでも、高潔な人だったことが伝わってくる。アモンを支持する豪族達が、彼のことを今でも慕っている理由がよくわかるよ」
「その言葉、伯父上も聞いたら喜ぶよ。リッドと会えたら、もっと喜んだと思うけどね」
アモンは笑みを溢すと、再び日誌に目を落とす。
彼が頁をめくっていくと『ここからは妻と子に送る内容だ』と書かれたところに辿り着いたらしく、「妻子に送る、か」と呟いた。
「アモン様、恐れながら、それより先を読み進めるのはお控えください」
「え……?」
アモンの頁をめくろうとする手を、ティンクが軽く掴んで制止した。
「私が拝見したところ、内容は故人の私生活に触れる部分のみでした。どうか、故人の尊厳のために読むのはお控えください」
「そ、そうか。それもそうだな」
目を細めたまま発する彼女の圧に、アモンはごくりと喉を鳴らして頷いた。
そして、日誌を机の上に置いて咳払いをする。
「内容は承知した。どちらもバルディアに持ち帰ってくれて大丈夫だ」
「ありがとう、アモン」
僕がお礼を告げると、彼は「ところで……」と切り出した。
「バルディアにはいつ帰るつもりなんだ」
「今日の夜に出発して、明日の午前中には着きたいと思っているよ」
こうして、僕はグレアスの日誌と著者不明の聖本を持って、バルディアに帰ることになった。
それにしても、外遊の報告だけでなく、この二つの本についても話したら、父上はどんな顔になるんだろうか。
間違いなく、眉間に皺が寄ることになるだろうなぁ。




