アモンへの報告
「……ひょっとしてパドグリー家が強化血統に拘る理由は、この事実を知っているからだったりするのかな」
「リッド様、それはどういう意味でしょうか」
僕の発した言葉にティンクが首を傾げた。
「いやね、獣人族誕生の起源がミスティナ・マーテルにあるというのなら、獣人族の血を濃くすることでミスティナと同等の力を得られる、とか考えたりもするのかなってさ」
現在、ミスティナ教が配布する聖書ではミスティナが女神ミスティナ・マーテルになるまでの英雄譚が語られている。
物語だからある程度脚色されていると思っていたけど、著者不明の聖本では『力を得たミスティナが全て滅ぼした』とあった。
『獣人族誕生の起源』や『天翔る竜』を生み出したという記述から察するに、ミスティナが『人知の及ばぬ力』を持っていたことは間違いない。
「……つまり、強化血統は新たな『ミスティナ』を生み出す手段だということですか」
ティンクが眉を顰めると、僕はこくりと頷いた。
「現段階じゃ憶測の範囲は出ないけどね。だけど、パドグリー家が知っていると仮定すれば、イビが僕に囁いた『獣人族に深入りするな』という言葉に繋がってくるのかなって」
獣人族誕生の起源は聖女ミスティナ。
女神ミスティナ・マーテルと聖女ミスティナの中身は全くの別人。
ミスティナの力は人知を超えたものであり、ミスティナ教の聖書で語られる数多の国を天の息吹で葬ったとされる天翔る竜は実在していた。
これだけの情報だけでも、知っているだけでトーガに命を狙われかねない。
特に『獣人族誕生の起源が聖女ミスティナ』というのは、政治的にもかなり扱いに注意が必要な内容だ。
『深入りするな』という言葉を当てはめてもおかしくはない。
ただ、いまいちしっくりはこないけど。
「まぁ、何にしても断定はできないけどね」
僕は肩を竦めると『著者不明の聖本』を一瞥してから、カペラとティンクを見やった。
「ところで、二人は古代マーテル語を読めたりできるの?」
バルディアで色んな授業を受けているし、狐人族領と外遊で留守にしている間は先生達から大量の宿題を出された。
こう見えて毎日勉強もしているんだけど、古代マーテル語なんて習ったことはない。
「いえ、残念ながら私は読めません。ティンクさんはどうでしょうか」
カペラが頭を振って投げかけると、彼女も小さく頭を振った。
「私もです。そもそも、古代マーテル語は一般的ではありません。トーガでも教皇に近い枢機卿や大司教になってようやく習得が許される言語と申します。グレアス様は歴史研究がご趣味ということですから、おそらく独学で学ばれたのではないかと」
独学で学んだ、か。グレアスは本当に歴史研究が好きな人だったんだろうな。
「そっか。じゃあ、これはバルディアに持ち帰ってサンドラ達に翻訳をお願いするしかないか。あ、もちろん、父上の了承を得てからだけどね」
「それがよろしいかと存じます」
ティンクが会釈すると、僕はカペラに視線を向けた。
「悪いけど、暗部出身のカペラにはこの日誌と聖本の管理方法を考えてもらってもいいかな」
「畏まりました。バルディアに戻りましたら、エレンとアレックスにからくり箱を作らせましょう。それまではグレアス様が保管していた箱に入れ、厳重に管理するのがよろしいかと存じます」
「わかった。それでお願いするよ」
返事に頷くと、僕は日誌と著者不明の聖本を包んであった布で覆い、箱の中に戻した。
それにしても、歴史認識からくる領土問題で小競り合いを続けるトーガとズベーラ。
両国の主張を根底から覆しかねない著者不明の聖本とは、グレアスもとんでもないものを隠していたものだ。
でも、イビが『深入りするな』と言っていたことは、このことに関わりがあるのかな。
もしくは、またこれとは別の闇がズベーラにあるのか。
僕は箱を見つめながら、しっくりこない違和感で眉間に力が入るのであった。
◇
グレアスの日誌と著者不明の聖本が見つかったその日のうちに、僕は『急用がある』と連絡をして、アモンが部族長として過ごす屋敷を訪れた。
いつもは執務室に通されるんだけど、僕達は来賓室に通される。
何でも執務室は空の一升瓶と書類の山に囲まれ、とても人を通せる状態ではないそうだ。
部屋に案内され、程なくしてやってきたアモンは目の下にくまを作り、頬が少しやつれて髪はぼさぼさ。
いつもの爽やかさはなりをひそめ、陰気な雰囲気を纏ってげっそりとしていた。
「……リッド、待たせてすまない。ちょっと寝不足気味でね」
「あはは。大丈夫だよ、気にしないで」
アモンが僕と外遊でズベーラ国内を回っている間、狐人族領内の事務処理は部族長名代を任せたラファが行うはずだった。
ところが彼女は『緊急かつ重要』な仕事以外は全て放り投げ、執務室に溜められて積み上がっていく書類の山の景色を肴にずっと酒盛りをしていたそうだ。
おまけにその酒盛りで飲まれたのが、僕が送った『清酒』らしく、アモンの疲弊した姿を見ると僕にも責任があるような気がして心が痛い。
少しでも彼の気晴らしになればと考え、本題を提示する前に話を聞いてみた。
すると、アモンはがっくりと肩を落として深いため息を吐き、珍しく愚痴を漏らしはじめた。
さすがにこれは酷すぎると、激昂したアモンがラファを問い詰めたところ、彼女はさも当然のようにこう答えたらしい。
『馬鹿ねぇ。部族長名代をちゃんとやったら、やっぱり私を部族長にするべきって言い出す輩がまた出てこないとも限らないじゃないの。だ、か、ら、これはアモンの部族長という立場を盤石とする最後の必要悪だったのよ。頑張ってね、アモン。私は貴方を遠くの陰から応援しているわ』
こう聞かされてはアモンも返す言葉がなかったそうだ。
止むなく、彼は長旅の疲れを癒やす間もなく、側近のバルバロッサ達と共に交代で仮眠を取りながら事務処理を続けているらしい。
「……というわけでね。リッドが訪ねてくる直前まで執務室に籠もりっぱなしだったんだよ。全く、姉上にも困ったものだ」
「ごめんね。忙しいときにお邪魔して」
「いや、気にしないでくれ。丁度、息抜きで一服しようと思っていたところだったんだ」
アモンは軽く首を横に振ると、「ところで……」と切り出した。
「今日はどうしたんだい」
「……ちょっとアモンにだけ話したいことがあってね。悪いけど、護衛の人達にも席を外してもらえないかな」
「はは、また厄介ごとかな。わかったよ」
彼は冗談交じりに噴き出すと、来賓室内にいた狐人族戦士に目配せして退室させる。
扉の閉まる音が響くと、室内には僕、アモン、ティンク、カペラだけとなった。
「さぁ、これでいいかな。さて、今日はどんな厄介ごとを持ってきたんだ」
「厄介ごとって、アモンは僕のことを何だと思っているんだい?」
頬を膨らませて目付きを細くしてじっと睨むと、アモンは肩を竦めておどけた。
「何って『超愛妻家な型破りの風雲児』に決まっているじゃないか。それにこう言ってはなんだが、外遊で一緒に過ごしているうちに、私もリッドの言動に少し慣れたみたいでね。何が起きても、相談されても、もう驚かないよ」
「そっか、それなら良かった。じゃあ、僕も気遣いなく安心して話せるよ」
事務処理に追われてやつれている彼に、新しい問題を話すのは正直なところ心苦しかった。
でも、こう言ってくれるなら、僕も心置きなく話すことができるというものだ。
「実は駐屯地として使わせてもらっている屋敷の執務室で、グレアスが隠していた日誌と本を見つけたんだ」
「な……⁉」
アモンが目を見開いて身を乗り出すと、僕は側に控えていたカペラに目配せした。




