隠されていたもの
「ま、まさか本当に爆発するの……?」
ぎょっとして恐る恐る尋ねると、カペラは「いえ……」と頭を振ってゆっくりと木箱の蓋を開けた。
箱の中には白い布で丁寧に覆われた四角いものが入っている。
大きさと隠し場所からして本のような気がした。
「爆発はしませんが、どうやら蓋を開けると中の火焔石【かえんせき】が熱を発して書類が読めなくなる仕組みだったようです」
火焔石とは火属性の魔力を宿した魔石だ。魔力を使い果たすと石ころになってしまうけど、これさえあれば火属性魔力を多少なりとも扱うことができる。
ただ、込められている魔力はわずかだから単体で使うことはほとんどなくて、武具の素材に使用されるのが一般的だ。
でも、まさかこんな使い方をするなんて。
グレアスも狐人族だし、手先が器用だったのかもしれない。
「……レナルーテでも似たような方法で重要文書を保管する場合があります。余程に知られたくないことがあったのかもしれません」
カペラはそう言いながら箱の内部を隅々まで確認し、布に覆われた四角いものを箱の中から丁重に取り出して机の上にゆっくり置いた。
前世で見た分厚い辞書ぐらいの大きさだろうか。
「もう仕掛けはないようです。リッド様、どうぞご確認ください」
「うん、ありがとう」
部屋の隅でティンクの腕に抱かれて護られていた僕は、返事をすると彼女の腕を抜け出してソファーに腰掛ける。
近くで見ると白い布には黄ばみがあって、埃にまみれていた。
グレアスの決起から十年近くの時が経過しているはずだから、そのせいだろう。
手を伸ばそうとすると、ティンクが「お待ちください」と懐からハンカチを取り出した。
「リッド様、念のため、喉を痛めないように、これで口と鼻を覆ってください」
「あ、そうだね。わかった」
言われるがまま口と鼻をハンカチで覆うと、カペラが「こちらもお使いください」と懐から白い手袋を取り出した。
「貴重な資料かもしれません。今後の保管を考えると、身につけておいたほうがよろしいかと存じます」
「う、うん。ありがとう」
受け取った白い手袋を身につけると、『今から手術を始めます』という気分になった。
でも、これはやり過ぎじゃなかろうか。
仕切り直しに深呼吸すると、僕は覆われた布を丁寧に外していった。
何重にも厳重に巻かれた布に胸が何故かどきどきして、指先に緊張が走る。
布が解かれると、中から出て来たのはやっぱり『本』だった。
ただ、二冊の本が重ねて置いてあって、一番上には封筒が置いてある。
「……まず、これを開けてみようか」
僕が封筒を手に取ると、カペラがこくりと頷いて十徳ナイフを取り出した。
彼は封筒の封を丁寧に外していき、何とも言えない緊張感が部屋に漂っている。
『パリ……』という封が切られた乾いた音が静かに響いた。
「リッド様、中身を改めてください」
「うん」
相槌を打って封筒を受け取ると、中に入っていた三つ折りに折られた手紙を取り出した。
手紙は二通あって、古びた紙には力強い太めのキリッとした文字が横文字で書かれていた。
『誰かがこの手紙を読んでいるということであれば、私グレアス・グランドークはこの世にいないのであろう。
そうであれば、この手紙がガレスやエルバの息の掛かった者ではなく、狐人族領の未来を憂う者に見つかることを祈っている。
これを見つけた者が狐人族領の未来を憂う者であれば、どうかこの手紙を私の甥であるアモン・グランドークに届けてほしい。
もし、アモンに渡すのが難しい場合はラファ・グランドークでも良い。
この二人であれば、私が隠していた書類の重要性を理解してくれるだろう。
私が隠していた二つの書物だが、一つは万が一に備えた私の日誌だ。
この日誌にはガレス、エルバ、マルバスが主導した数々の悪事についてと、関わった豪族達の名を連ねている。
どうか有効に活用してほしい。
また、日誌の後半には妻マリチェルとまだ見ぬ我が子についての遺言を書き記している。
妻と子が生きていれば、どうか渡してくれることを切に、切実に願うばかりだ』
一通目はここで終わっている。
終盤の文面における『また、日誌の後半には……』という箇所以降は文字が少し滲んで震えているというか、グレアスの複雑な感情が伝わってくるような気がした。
決起日の当日か、決起すると決断した日か。
どちらにしても、様々な覚悟をしてこの手紙を書いたはずだ。
アモンやラファから当時の状況を聞いた話では、グレアスの決起をエルバ達は察していたらしく、むしろ軍拡反対派の豪族達を粛清すべく利用していた節もあったらしい。
手紙が隠されていたことから察するに、グレアスも勝算が低いことは理解していたんだろう。
それでも勝利を信じ、彼は豪族を率いて決起した。
僕の脳裏に『狭間砦の戦い』が蘇る。
あの戦いも何かが間違えば、僕達が敗北していた。
薄氷の勝利であり、九死に一生を得たともいえる内容だったことは否めない。
亡くなったグレアスの心中を考えると、つまされる思いで胸が一杯になって目が潤んでしまう。
しょぼしょぼする目で瞬きして服の袖で涙を拭うと、ティンクが心配そうに「大丈夫ですか?」と切り出した。
「……うん、大丈夫だよ。これを書いたグレアスのことを考えると同情の念が湧き上がってきちゃってね」
「そうですか。ですが、きっとグレアス様もリッド様が見つけたことを喜んでおられると存じます」
「はは、それなら嬉しいけどね」
鼻を啜ると、僕は一通目を机に置いて二通目に視線を落とした。
『二つ目の本は、私が趣味としている歴史研究の中で見つけた貴重な資料だ。
教国トーガの古代マーテル語で書かれた著者不明の資料であるが、ミスティナ教の教典にあるような神聖、信仰化された物語や教えではない。
現在、ミスティナ教で女神と崇められているミスティナ・マーテルの人物像が記載されているものだ。
彼女が現実に何を成し、何をもたらし、何をしたのか……それらが脚色なく一人の人間として書かれ……』
「リッド様。これが本当ならとんでもない発見ですよ」
「え、どうして?」
手紙を読んでいる途中にもかかわらず、珍しくティンクが身を乗り出して目を丸くした。
「まず、トーガの国教であるミスティナ教ですが、女神と讃えているミスティナ・マーテルの出生や人物像っていうのは教典の中で僅かしか語られておりません。実際、ミスティナがどんな人物だったのか。それを記した資料というのは、ほとんど見つかってないんです」
「ティンクさんの仰る通りです。おそらく、トーガがミスティナを神格化して信仰とし、布教するにあたって彼女の人物像が邪魔だったのでしょう。『長い年月と共に彼女の人物像が記された資料は秘密裏に尽く処分された』。そんな説が有力視されるほどです」
二人の言葉に僕はごくりと喉を鳴らし、机の上に置いてある本を見やった。
言われてみれば、ミスティナ教のことを調べた時、ミスティナの『人物像』が詳しく記載されていたものはなかった。
ミスティナ教の聖典だってミスティナ・マーテルがいかに素晴らしい人物で、どう女神になったかということが脚色されたであろう英雄譚で語られているだけだ。
『一人の人間だったミスティナの人物像』が記された資料なんて、確かに見た記憶がない。
「じゃ、じゃあ、これってすっごく歴史的価値の高い本ってこと?」
「……はい」
カペラが真剣な表情でこくりと頷いた。
「著者不明ということですが、古代マーテル語で書かれている点から信憑性は高いかと思われます。下手をすれば国宝級、場合によってはトーガと政治的交渉に使えるやもしれません」
「こ、国宝級で政治交渉に使える……⁉」
僕は驚愕の余りに目を瞬き、あんぐりと口を開けてしまった。




