グレアス・グランドークの部屋
ズベーラ外遊から狐人族領に戻ってきた僕達とクリスティ商会の一団は、アモンと別れてバルディアの駐屯地で使用させてもらっている屋敷に移動した。
屋敷に到着して間もなく、被牽引車【トレーラーハウス】から僕が降りると大柄でスキンヘッドの騎士が足音を轟かせてやってくる。
「リッド様、お帰りなさいませ!」
「ダイナス、ただいま」
彼は、僕の狐人族領不在となる間の管理と業務代行を任せていたバルディア第一騎士団の団長だ。
ダイナスは僕をひょいっと抱きかかえながら、目を細めて口を大きく開いた。
「万事何事もございませんでしたぞ。それよりもリッド様。少し大きくなりましたかな」
「まさか、一か月で大きくなるわけないでしょ」
「いえいえ、顔付きが些か逞しくなっております。心が鍛えられたのでしょうなぁ」
「はは、それはあるかもしれないね」
微笑み返すと、彼は抱きかかえていた僕をゆっくりと下ろしてくれる。
その後、執務室兼僕の自室に場所を変え、留守中の狐人族領について簡単な報告を彼から受けた。
曰く、僕達が留守にしていた約一か月で狐人族領内の混乱はかなり回復し、治安も大分良くなったという。
アモンの支持を表明しつつも、どちらかといえば消極的だった豪族達も、ここ最近は積極的に新政権を支える意思表示をしているそうだ。
多分、そうした豪族達が主にラファの嫌がらせ対象になったんだろう。
ご愁傷様としか言えない。
長旅の疲れもあったから簡単な確認と事務処理だけ済まし、僕は残りの報告は明日にしてほしいとダイナスにお願いした。
「そうですな。難しい話は明日以降にいたしましょう」
「ありがとう、助かるよ」
僕がお礼を告げると、ダイナスはぺこりと一礼して退室。
警護でずっと側に付き添ってくれていたカペラとティンクにも休むように声をかけると、二人は揃って会釈した。
「ご配慮ありがとうございます。では、お言葉に甘えてカペラさんと交代で休ませていただきます」
「そうですね。では、私が先に少し休ませていただきます」
「うん、二人とも一緒の長旅で疲れているから無理しないでね」
ティンクが部屋の扉前の廊下で待機し、カペラは別室に移動する。
部屋に一人になって寝間着に着替えると、僕は自室のベッドに飛び込み、うつ伏せで枕に顔を埋めた。
不在中の間もずっと綺麗にしてくれていたんだろう。すべすべのシーツがとても肌触りが良くて心地よい。
加えてお日様の香りが鼻を擽って、ほっとする。
いろんな土地、様々な部族長屋敷の豪華な来賓室で休んだけど、結局の所は心の緊張がない場所が一番休めるよなぁ。
緊張の糸が切れたのか。今までにない眠気に襲われ、僕は残った意識で仰向けになって掛け布団を羽織ると、ゆっくり目を瞑った。
◇
「んー……。やっぱり、これといって新しい情報が書いてある本はないなぁ」
僕は自室の部屋に備え付けられていた本棚に並んでいた書物に目を全て通し終え、最後の一冊をぱたんと閉じた。
狐人族領に帰ってきた翌日。ダイナスからの報告と事務処理を午前中に片付けた僕は、自室に戻って部屋の中に置かれていた書物を順番に確認していた。
室内にはティンクとカペラもいて、二人にも確認作業を手伝ってもらっている。
どうしてこんなどこぞの『勇者』みたいなことをしているのかというと、イビが僕に囁いた『獣人国に深入りするな』という言葉の真意を探る手掛かりがあるかもしれないからだ。
バルディアの駐屯地として使用しているこの屋敷。
元を辿ればアモンの伯父『グレアス・グランドーク』が所有していた屋敷で、僕が自室に使っているこの部屋に至っては彼が亡くなる前日まで過ごしていたらしい。
グレアスは前部族長ガレスの弟であり、彼とエルバの押し進める軍拡に強く反対した人物だったそうだ。
最終的にグレアスは飢えに苦しむ民を救うため、ガレス達と袂を分かつ決断を下して決起に至るも失敗。
エルバに決起した戦場でそのまま断罪されたと聞いている。
断罪された……そう聞いた時は、ちょっと他人事に思えず身震いしたけどね。
そうして亡くなったグレアスだけど、アモン曰く彼は趣味でズベーラの歴史研究をしていたそうだ。
だから、何か貴重な資料とかが残っているんじゃないかと思ったんだけどね。
「リッド様、こちらにもそれらしいもの見当たりません」
別の本棚を調べてくれていたカペラがそう言うと、ティンクも「こっちもです」と頭を振った。
「どれもこれも良く知られているものばかりですし、これならバルディアでも手に入るかと」
「そっか。もしかしたらと思ったけど、やっぱりそう都合良くはいかないよね」
手に持っていた本を棚に戻すと、本の埃のせいか「へ、くしゅん」と思わずくしゃみが出てしまった。
「リッド様、大丈夫ですか?」
指先で鼻を擦りながら啜っていると、ティンクが心配そうに駆け寄ってきた。
「うん、ちょっと鼻が痒くなっちゃって」
「旅の疲れもありますので、ご自愛ください」
彼女はそう告げると、部屋の窓に歩いて行った。
「リッド様。一旦、空気の入れ換えをしましょう」
「わかった。お願い」
ティンクは僕の返事を聞くと、鍵を開けて窓を全開にした。
外の空気が入り込み、部屋の中でそよ風が流れていく。
どうやら、本の確認作業で思った以上に空気が淀んでいたみたい。
鼻のむず痒さが軽くなりはじめたその時、風でカーテンがふわりとして日の光が僕の顔に当たる。
眩しくて光から顔を逸らして視線を下に向けると、照らされた本棚の真下に極小さな隙間があることに気付いた。
「なんだろう、これ」
その場にしゃがみ込んで自分の爪先を引っかけてみるも、上手くいかない。
これはあれだ、獣人族みたく爪先が尖っていないと駄目な感じがする。
「リッド様、どうされました?」
声を掛けてきたのはカペラだ。
「いや、ここにわかりにくいけど隙間があるんだよ」
「……本当ですね。私が見てもよろしいですか」
「うん、お願い」
僕が場所を変わると、彼は懐から十徳ナイフを取り出してナイフの切っ先を隙間に充てた。
カペラがナイフを器用に動かすと『かこ……』と、小さな乾いた音が鳴って床の一部が外れる。
「あ……⁉」
僕は目を瞬いた。
そこには古めかしいけど、装飾が彫られた気品ある木箱が隠されていたからだ。
カペラは険しい顔のまま木箱をゆっくりと取り出し、僕の前に置いた。
「リッド様、よく気付かれましたね。おそらく、生前のグレアス様が誰にも見つからないように保管していたものかと存じます」
「いやいや、ティンクが窓を開けてくれたおかげだよ」
首を横に振って見やると、彼女はにこりと微笑んだ。
「それでしたら、くしゃみをしたリッド様が切っ掛けでございます」
「そういうことなら僕にくしゃみをさせた本の埃が原因だね。もしかしたら、グレアスさんが気付かせてくれたのかな」
「意外とそうかもしれません」
「え……?」
冗談のつもりが、カペラが無表情のままこくり頷いた。
「グレアス様は狐人族の未来を憂いていたお方と聞いております。エルバに勝利し、狐人族の未来を切り開いたリッド様に感謝の意を表した、ということかもしれません」
「あはは、カペラはロマンチストだね。でも、そうだね。そういうことにしておこうか」
僕はそう言って微笑むと、咳払いをして木箱を両手で丁寧に持った。
次いで、部屋の中央に備え付けられた机の上に置き、ソファーに腰掛ける。
「さて、何が入っているのかな」
蓋を開けようと手を伸ばすが「お待ちください」とカペラに制止された。
「どうしたの?」
「何かしら罠が仕掛けられている可能性もあります。最初に開けるのは私に任せてください。ティンクさんは万が一に備え、リッド様と部屋の隅でいてください」
「わかりました。リッド様、こちらに」
「えぇ……⁉ そんな大袈裟な」
呆れつつも僕はティンクに言われるまま、部屋の隅に移動した。
カペラは僕達が離れたことを確認すると、箱全体を念入りに確認していく。
「これは……」
カペラは眉を顰めると、先程の十徳ナイフを取り出した。次いで、木箱の蓋と箱の隙間をナイフの切っ先でなぞっていく。
何をやっているんだろうか。
首を捻っていると、程なくナイフの切っ先が箱の中に入り込んで『カチリ』と小さな音が鳴った気がした。




