狐人族領の帰途
「達者でな、リッドにアモン。 お前らと話せて良かったぜ」
「こちらこそ。手厚い歓迎をありがとうございました、アステカ」
「隣領同士、今後ともよろしくお願いします」
馬人族部族長屋敷の前、出発準備で整列した木炭車を背景に僕、アモン、アステカは別れの握手を交わす。
馬人族領での外遊日程を終えた僕達一行は、いよいよ狐人族領の帰途に就く日を迎えていた。
握手を終えると、アステカはにやりと口元を緩めて顔を寄せてくる。
「……共同出資金免除と子供【ガキ】共引き受けの件、しっかりライナーに伝えるよう頼んだぜ」
「承知しております。 ですが、今後におけるアステカの言動もバルディアが注視していることをお忘れなく」
「あぁ、肝に銘じておくよ」
彼は肩を竦めて少し下がると、誰かを探すように周囲を見渡した。
「ところで、あのゲディングとかいう奴はどこにいるんだ」
「彼は後方で木炭車の荷積みと出発準備を手伝っていると思いますよ」
そう答えて後列の木炭車を見やれば、他の騎士達と一緒に作業をしているゲディングの姿があった。
ただし、とある理由で彼の格好はアステカが着ている馬人族の礼服と同じものだ。
「くく、そうか。 折角だから挨拶してやろうかと思ったが、仕事中なら止めておくかな」
「……あまり揶揄わないでください。彼、意外と繊細なんですから」
喉を鳴らして笑うアステカを、僕は目付きを鋭くして凄んだ。
実はゲディングが『獣化の状態変化』を学んだ後、ちょっとした問題が発生した。
獣化を解いて馬の状態から人の姿に戻ると、ゲディングの着ていた第二騎士団の制服が破れて跡形もなくなっていたのである。
日が沈み行く夕暮れの明かりに、彼の幼いながら鍛えられた薄褐色の素肌が照らされてしまったのだ。
思いがけず、僕が唖然としてしまったのは言うまでもない。
第二騎士団の子達が着ている制服は、獣化の体格変化に耐えられるように特別な素材を使用しているエレンとアレックスの特別な逸品だ。
そのため、制服が破れてしまうなんて想像もしていなかった。
ゲディングは最初こそきょとんと首を傾げるが、すぐに自らの状態を察して顔を真っ赤にして『うわぁあああ⁉』と叫んでその場にへたり込んでしまう。
僕が慌てて上着を脱いでゲディングに被せると、すぐにカペラも自らの上着を脱いで彼に被せてくれた。
その様子にアステカが喉を鳴らしながら肩を震わせていていたので、僕は『アステカ、こうなるとわかっていましたね』とすかさず詰め寄った。
『くっくく、悪い悪い。 通常の獣化には耐えていたんでな。形態変化にも大丈夫だろうと思っていたんだ。すまんなぁ』
彼は素知らぬ顔で肩を竦めると、形態変化について補足し始めた。
曰く、通常の獣化よりも術者から発せられる魔力量が多いため、服にはより特殊な素材や加工が必要になるそうだ。
『まぁ、せめてもの詫びだ。獣化と形態変化に耐えられる馬人族の礼服をくれてやる。持ち帰って、研究でも何でもしてくれ』
アステカは説明を終えるとそう言って、ゲディング用の礼服を見繕ってくれた。
その礼服が今現在の彼が着ているものというわけだ。
ただ事故の当日は、気落ちしてしまったゲディングを一晩かけて励まし続けるのは大変だった。
第二騎士団の皆で温泉に入ったりしたことは何度もあるんだけど、さすがに人前で裸体を意図せず晒せば誰だってしばらくは気落ちするだろう。
いくらゲディングが大人びているとはいえ、まだ子供だからね。
「そう睨むなよ、リッド。お詫びに俺たちの礼服をやっただろ? あれは中々外に出せない品物なんだぜ」
「お心遣いは感謝していますが『それはそれ、これはこれ』です」
「手厳しいなぁ」
アステカはやれやれと肩を竦めるが、すっと真顔になった。
「次に顔を合わせるときは、おそらく獣王戦だな。リッドとヨハンの前哨戦、楽しみにしているぜ。何せ、ズベーラの未来に大きくかかわる勝敗だからな」
未来に大きくかかわる勝敗、という言葉に胸がどきりとした。
彼等にとっては『ズベーラの未来』だろうけど、僕にとっては『バルディアの未来』と『断罪回避』に大きな影響を及ぼす試合だ。
この件はマグノリア帝国の皇后ことマチルダ陛下、レナルーテ王国の側室エルティア義母様の二人からもとんでもない圧で釘を刺されている。
下手すれば未来を待たずに断罪直行だ。
絶対に負けは許されない。
「……そうですね。私も気を引き締め、獣王戦まで鍛錬に励むつもりです」
「へへ、そうかい。『男子、三日会わざれば刮目して見よ』って言葉もあるからな。リッドの成長、楽しみにしているぜ」
アステカはそう告げると、アモンに視線を向けた。
「もちろん、獣王戦の本戦となれば部族長もしくは部族代表者での試合が行われる。ただ、狐人族の場合は新部族長のアモンがでてこないと、締まらねぇよな」
「言われずとも、私が獣王戦の舞台に立つつもりです。そして、舞台に上がるからには誰にも負けるつもりはありません。全力を尽くす所存です」
アモンが丁寧かつ力強い口調で答えると、アステカはにやりと笑った。
「青いなぁ。だが、そういう覚悟は嫌いじゃねぇ。獣王戦で二人と会えるのを楽しみにしてるぜ」
こうして、僕達はアステカと豪族達に見送られながら狐人族領の帰途に就いたのである。
狐人族領への道中、僕は木炭車の車窓から外の景色を眺めながらこれまでのことを思い返していた。
狸人族から始まって牛人族、熊人族、鼠人族、猫人族、狼人族、猿人族、兎人族、鳥人族、馬人族……どの領地も独特の文化を持ち、部族長はやっぱり一癖も二癖もある人物ばかりだった。
でも、やっぱり気掛かりなのは鳥人族。
『守護十翼【ブルートリッター】』に所属するイビを始めとした戦士達は、各部族長に勝るとも劣らない異様な強さを秘めていた。
あれだけの強さを秘めた戦士達を生み出した『強化血統』に対する執念も凄まじいけど、問題はその先に何を求めているのかがよくわからない。
鳥人族部族長ホルスト・パドグリー。
守護十翼が束になっても彼に勝てない、というのであれば、ホルストが獣王になっていてもおかしくないはずだ。
だけど、彼は獣王になっていない。
強化血統の始まりは『獣王』を部族から輩出しやすくするためだったはずなのに。
それに、鳥人族領を去る時にイビが僕の耳元で囁いた『これ以上、獣人国に深入りしないことをお勧めします』という言葉の真意も気になるんだよね。
どうして彼女は『鳥人族』ではなく『獣人国』という言い方をしたのか。
特に意味がないのかもしれないけど、何か真意が隠されているような気もする。
もしかして『獣人国』には、何か特別な秘密でも隠されているんだろうか。
「リッド。さっきから難しい顔で外を眺めているけど、何を見てるんだい?」
「え、あぁ、ごめん。何かを見ているわけじゃなくて、ちょっと考えごとをね」
隣の席から覗き込んできたアモンにそう答えると、僕はハッとして「ところで……」と切り出した。
「ズベーラの歴史とか、獣人国の成り立ちの資料とかって狐人族領にあったりするのかな」
「歴史の資料か。それなら確か……」
アモンはそう呟くも、すぐにハッとして申し訳なさそうに頭を振った。
「すまない、リッド。あるにはあったけど、前の部族長屋敷が火事になった時に焼失してしまったと思う」
「そっか。それじゃあしょうがないね」
他の部族領に行けばあるかもしれないけど、獣王戦に向けた鍛錬の時間も確保しなければならない。
ズベーラの歴史を調べるのは、またの機会にするしかないか。
「あ、いや、でも、もしかしたら……」
その時、アモンが自らの口元を押さえながら考え込むように俯いた。
「もしかしたら……?」
僕が聞き返すと、アモンはゆっくりと顔を上げた。
「いま、狐人族領でリッドに過ごしてもらっている屋敷があるだろう?」
「うん。以前は、グレアス・グランドークという方が過ごしていたんだよね」
狐人族領でバルディア家の駐屯所となっているのが、元グレアス・グランドークが過ごしていた屋敷だそうだ。
アモンを支持する豪族達は、今もグレアスの事を慕っている人が多いらしい。
「あぁ、その通りだ。彼は私の伯父なんだが、趣味で歴史を調べるのが好きな人でもあったんだ。もしかすると、部屋の本棚にズベーラの歴史資料が残っているかもしれないと思ってね」
「なるほど、それはあるかもしれないね」
言われてみれば、僕が過ごす部屋の本棚には埃の被った本が沢山置いてあった。
ぱっと見は大した内容は書かれてなかったように思えたけど、今なら違った角度の情報を得られる資料になるかもしれない。
「じゃあ、ちょっと気が引けるけど、戻ったら本棚を見させてもらおうかな」
「そんなこと気にせず、好きにしてくれて構わないよ。多分、伯父もそのほうが喜ぶだろうからね」
「わかった。ありがとう、アモン」
僕はグレアスが遺したかもしれないまだ見ぬ資料に、イビが囁いた言葉の真意を探る手掛かりになるかもと、淡い期待を抱くのであった。




