二日酔いの獣化
「あぁ、頭がいてぇ」
「昨夜、あれだけ浴びるように清酒を呑めばそうなりますよ」
アステカが頭を押さえながら首を鳴らして漏らすと、僕は呆れ顔で苦笑した。
今いる場所は、馬人族部族長屋敷の敷地内にある訓練場だ。
僕の背後には第二騎士団所属で分隊長の馬人族ことゲディングが制服姿で姿勢を正して立っている。
彼は薄褐色肌に栗色がかった黒い長髪、鋭い目付きに意思の強い黒い瞳を浮かべ、どちらかといえば寡黙な少年だ。
口数が少ないと言っても、言うべきことはしっかり言ってくれるし、分隊長の中でも冷静沈着な性格をしている。
ただし、『マリス』という馬人族の女の子のことになると、ちょっと目付きと言動が怖くなる部分があるから、その点だけ注意だね。
訓練場の外にはカペラとティンクも控えているけど、アモンとクリス達の姿はない。
この場に居ない二人は、馬人族の豪族達と馬人族領内を見て回っている。
僕達だけ訓練場にいるのは、アステカに『獣化訓練』をゲディングに施してもらうためだ。
ちなみに、今のアステカは普段の服装でいつも以上に無造作な髪をおろし、無精髭が濃くなっている。
昨夜の懇親会で『無礼講だ』と叫んだ彼は、僕達が会談にあたって三十本は贈呈した『清酒』を一本残らず封を開けて次から次に豪族達と飲み干してしまった。
当然、一番お酒を呑んだのはアステカだ。
『強いお酒だからその飲み方は体に触りますよ』
『気にすんな。この程度で酔う俺様じゃねぇよ』
アステカはそう豪語して忠告を聞かずに飲み続け、最終的には懇親会の会場で清酒の空瓶を枕にして大の字となっていびきを掻き、そのまま寝てしまったのだ。
給仕や豪族達に抱えられ、会場を後にした彼の姿には唖然としてしまった。
特に懇親会でのアステカは、帝国式の礼服を着て悪目立ちをしていたせいで余計に記憶が残っている。
『前世の記憶持ち』という生い立ちが特殊で寛容な僕だから良かったけど、これって相手の帝国貴族次第では『帝国の威信を揺るがした』と見なして外交問題になりかねない。
保守派のタカ派で純血主義のグレーズ・ラザヴィル公爵とかは『やはり、獣人族は下賎な輩。お里がしれましたわね、無礼者』とか言ってアステカに平手打ちでもかましそうだ。
悪役令嬢ことヴァレリの父親。保守派筆頭でハト派のバーンズ・エラセニーゼ公爵は何も言わず目を細め、その場はやり過ごすだろうけど、多分『出入り禁止』とかの処分を下すんじゃなかろうか。
ときレラの主人公ことマローネ。彼女の義父こと革新派の筆頭ベルルッティ・ジャンポール侯爵とかは平静を装いながらも、弱みを握ったとほくそ笑みそうだ。
僕の父上は……ため息を吐きながら肩を貸して抱き起こし、『これは貸しですよ』と囁いて友好に結びつけるだろうか。
想像の中で父上だけちょっと優しい気もするけど、バルディアはズベーラと国境を構えているし、あまり事を大袈裟にするわけにもいかないからだろう。
決して、父上が他の人と比べて『甘い』というわけではないはずだ……多分だけど。
何にしても会談の場でのアステカは、飄々とした切れ者という感じだったのに、僕は驚きながらも『お酒の飲み過ぎは前世に引き続き、今世も気をつけよう』と肝に銘じた。
まぁ、お酒を飲めるのはまだ当分先の話なんだけどね。
「二日酔いなんぞ、生まれてこのかた初めてだぜ」
「その頭痛と気分の悪さは、体にお酒が残っている限り続きますよ。そうなってしまったら水分を沢山とって体の中に残ったお酒を薄めるしかないですね。利尿作用のあるお茶と水を交互に呑むのがお勧めです」
頭痛で顰め面のアステカに対処法を伝えると、彼は眉をぴくりとさせ「ほう……?」と頷いた。
「なんだ、リッド。経験したことがあるような物言いじゃねぇか。酒、飲んだことがあるんじゃねぇか?」
「あ、あはは。嫌だなぁ、そんなことあるわけないじゃないですか。本や先生達から得た知識ですよ。それにほら、清酒を作り出す工程でアステカと同じように二日酔いで苦しむ人達も続出しましたから。対処法だけは知っているんですよ」
相変わらず鋭いというか、目ざとい指摘をしてくるなぁ。
僕は内心でどきりとしながら、それらしく答えた。
本当のところは『前世』で何度も取引先や会社の飲み会による実体験の記憶によるところが大きい。
あと清酒が完成した直後の試飲で『このお酒は美味しすぎます』と、バルディアに仕える『酒に強いと豪語する大人達』が軒並み潰れてしまい、翌日に給仕たちのほとんどが二日酔いで倒れ、バルディア邸の運営管理にちょっとした支障が生じたという事件もあるから、決して全てが嘘という訳じゃない。
「なるほどな。まぁ、そういうことで納得しておいてやるよ」
アステカは肩を竦めると、「それで……」と切り出した。
「そいつに馬人族の獣化を教えればいいんだな?」
「……バルディア第二騎士団所属、分隊長のゲディングです。よろしくお願いします」
ゲディングはアステカに凄まれるも、動じずに畏まって淡々と頭を下げた。
「はは、俺に睨まれても動じねぇか。なかなか良い面構えだな」
アステカがにやりと口元を緩めると、僕は「あの、ところで……」と話頭を転じる。
「獣化って術者の実力に応じて段階が上がっていきますよね」
「そうだな。それがどうした?」
「いえ、実はこの間、とある馬人族と思しき獣人族が自らを馬の姿に変えた瞬間を見たんです。あれも、獣化の一種なんでしょうか」
とある馬人族、というのはパドグリー家に仕える『守護十翼【ブルートリッター】』に属する『セロイ・パドグリー』のことだ。
牢宮【だんじょん】から溢れ出たという魔物群れと彼等が対峙したその様子を双眼鏡で観察した時、セロイだけが他の面々と違う、馬を模した姿になっていた。
馬人族だけに伝わる獣化の一種なのか、それとも獣化の新しい形なのか。
とても気になっていたのだ。
「そりゃ獣化の形態変化を使える奴だな」
「形態変化、ですか」
平静を装いながら僕は食いつき気味に身を乗り出した。
今までズベーラ国内を見て回り、事前に様々な情報を集めていていたけど『獣化の形態変化』なんて聞いたことがなかったからだ。
「そうだ。獣化は術者の実力に応じて体格、毛色や毛並み、尻尾数。いわば身体的変化が現れることはリッドも知っているだろう?」
「はい。体格の変化で言えば熊人族や牛人族、毛色や毛並みは各部族、尻尾数は狐人族がわかりやすいですね」
「さすが獣人族のことを良く知ってんな。いま、リッドが言ったことを『獣化における状態変化』と、俺達は呼んでいる」
「獣化の状態変化。なるほど、勉強になります」
僕が相槌を打つと、アステカはきょとんとしてにやりと笑った。
「リッドみたいに俺たちの獣化に興味がある他種族は珍しいぜ。こんな話が面白れぇのか?」
「はい、とっても面白いです。僕……あ、いえ、私は魔法が大好きなので」
勢い余って口調が崩れてしまい、僕はハッとして誤魔化すように頬を掻いた。
「はは、そうかそうか。まぁ、美味い酒をくれた礼に教えてやるよ。獣化にはもう一つの変化があってな。それが部族に応じた姿に自らを変える『形態変化』って奴だ」
「形態変化。つまり、馬人族であるなら馬を模した姿に。狐人族であれば狐を模した姿になるということでしょうか」
目を輝かせて聞き返すと、アステカはこくりと頷いた。
「そんなところだな。ただ、形態変化は誰にでもできることじゃないらしくてな。馬人族は比較的できる奴は多いが、逆に他部族だとできる奴はほとんどいねぇんだ。リッドが今まで知らなかったのも、それが原因だろうよ」
「なるほど。でも、どうして誰にもできないんでしょうか?」
「さぁな、俺にもその辺はよくわからん。獣化をある程度使いこなせることが発動条件なのは間違いねぇんだろうがな」
アステカは肩すくめると、にやりと笑った。
「百聞は一見にしかず、だ。特別に俺様の形態変化を見せてやるよ」
「え、本当ですか⁉」
「言っただろ、酒の礼だ」
そう告げるとアステカは、ゲディングを見やった。
「それから、そこのお前。形態変化を使いこなしたいなら、よく見てその目に焼き付けておくことだ」
「畏まりました」
ゲディングが一礼すると、アステカは鼻を鳴らして「さて、やるか」と深呼吸する。
そして間もなく、彼を中心に魔波が吹き荒れ、みるみる体の形が変わっていく。
僕とゲディングは驚嘆して後ずさりするも、目を皿にしてその変化を刮目していた。




