馬人族領での懇親会
「リッド様。こちらの奥でアステカ様をはじめ豪族の皆様がお待ちでございます」
来賓室から先導してくれた馬人族のメイドが大きな両開き扉の前で足を止め、こちらに振り返って一礼した。
茶褐色の二枚の扉には、馬が前足を上げて嘶く絵が彫られていて荘厳な印象を受ける作りだ。
扉の両端には、武装をした馬人族の戦士が一人ずつ帯剣をして畏まっている。
僕の隣にはアモンが並び、背後にはクリス、カペラ、ティンク、エマが立っている状況だ。
「わかりました。案内ありがとうございます」
「とんでもないことでございます。私めはこれで失礼いたします」
メイドが畏まって下がると、馬人族の戦士が扉の取っ手に手を掛けた。
「それでは、会場へご案内いたします」
「お願いします」
僕とアモンがこくりと頷くと、ゆっくり丁寧に扉が奥に開かれていく。
同時に隙間から光が僕達のいる廊下に差し込み、陽気で和気あいあいとした声が喧噪となって聞こえてきた。
扉が開くと、会場内の様子が目に飛び込んでくる。
馬人族の豪族達とその家族と思しき夫人と令嬢、子息達がすでに集まっているようだ。
馬人族は男女ともに頭にぴんとした二つの耳が立ち、長身の人が多い。
部族長のアステカは褐色肌だけど、この場にいる馬人族の肌色は僕達と似ていたり、白や薄褐色、褐色肌など様々だ。
第二騎士団所属の馬人族の子達にも褐色肌のゲディング、白い肌のマリスやアリス、僕達と同じ肌をしたディオがいる。
どうやら馬人族は色んな肌を持つ部族らしい。
成人男性の顔付きは理知的で整っているけど、会議で見た豪族達同様、顔に切り傷の跡を持つ人が散見される。
美男というよりは、精悍で屈強な顔付きという印象が強い。
一方、若い子息達に目を向ければ、誰も彼もが長身かつ綺麗な顔立ちで雰囲気も紳士的だ。
多分、前世なら彼等のほとんどがアイドルになれるんじゃなかろうか。
夫人や令嬢達も肌の色は十人十色だ。
顔立ちは目鼻立ちがはっきりした人が多く、長身も相まってすらっとした美人と美少女ばかりだ。
彼女達も世が世なら、誰も彼もがモデルや女優になる金の卵と言ったところだろうか。
「リッド様、アモン様御一行が入場いたします」
馬人族の戦士が声高らかに告げると、会場に集まっていた馬人族が一斉にこちらに視線を向けた。
「おぉ、リッド様とアモン様が来られたぞ」
「お二人とも、やはり良い面構えをしておられる」
「今後の事を踏まえ、二家とはお近づきにならなくてはな」
豪族の当主と思しき男性陣は歓喜、感嘆、好機、野心、欲望などの光を瞳に浮かべている。
「リッド様とアモン様か。私達と年齢が変わらず部族長や名代を務めるなんて、どんな人なんだろうな」
「はは、意外と大したことないかもよ」
「俺はお二人と駆けっこか鬼ごっこしてみたいな」
会場に集まった子息達は僕達と年齢が近いか、少し年上に見受けられる。
彼等の眼差しには野心や欲望は感じられず、好奇心や興味が強いようだ。
「お母様、あちらのお二人が『愛妻家で型破りな風雲児』と噂されるリッド様と至上最年少で部族長となったアモン様ですか。お二人とも、聞いていたよりも可愛らしいお方ですね」
「そうですね。しかし、人は見た目で判断してはなりません。あのお二人は狭間砦の戦いで狐人族の前部族長ガレスを討ち果たし、次期獣王に最も近いとされたエルバを敗走させたのです。当家と馬人族領のため、駄目元でも必ず声をかけるのですよ」
「はい、畏まりました。お母様」
会場のとある令嬢と夫人の声が聞こえ、僕は『いや、それは当人達に聞こえないように話そうよ』と心の中で突っ込みながら苦笑した。
周囲を見渡せば、どの夫人と令嬢も似たようなことを考えているらしく、僕とアモンを獲物を見つけたような視線を向けてきている。
彼女達の立場もわかるけど、僕にはファラがいるからね。
ここでも丁重に断るだけなんだけど、『愛妻家で型破りな風雲児』って異名が一つ増えているのは、絶対に熊人族領であった『木彫の件』が広まったせいだ。
会場に様々な思惑が渦巻いていることがありありと伝わってくるが、異名が増えたことが一番精神的にくる。
いや、事実だから否定をするつもりはないけど、事実だからこそ言われると小っ恥ずかしいというか、どきりとしてしまうんだよなぁ。
馬人族から注目を一身に浴びる中、平静を装って会場に足を踏み入れると「よぉ、リッドにアモン。ようやく来たか」と崩れた口調で勢いのある声が轟いた。
声が聞こえてきた方向に振り向くと、馬人族達が一斉に道を開き、会場の奥からアステカがグラス片手にやってくる。
ただ、僕は彼の姿に呆気に取られてしまう。
「どうした、リッド。そんなに目を丸くしちまってよ」
アステカはしたり顔でにやりと笑う。
これは確信犯だ、と理解した僕は畏まってにこりと目を細めた。
「アステカの格好を見たら驚きもしますよ。まさか帝国式の礼服に着替えるなんて、思いもしませんでしたから」
「はは、結構似合うだろ? 文化交流だからな。リッドとアモンだけ着替えさせて、俺だけそのままというのも面白くねぇだろ」
アステカはそう告げると、これ見よがしに帝国式の礼服を見せつけてドヤ顔を浮かべた。
さっきの会談では馬人族の服装だった彼だが、今は父上や帝国貴族が着ている服とよく似た帝国式の礼服に身を包んでいる。
おまけに伸ばしっぱなしだった髪を綺麗にまとめており、最初と全然違った印象を与えてくる姿だ。
「さて、面倒くせぇ挨拶は抜きにしよう。皆の衆、今日は無礼講だ」
アステカが呼びかけるように大声を発すると、「おぉ!」と勢いのある返事が起こる。
会場が浮き足立つなか、馬人族の給仕達がすっと飲み物が入ったグラスを持ってきてくれた。
カペラとティンクが受け取って香りと色をさりげなく確認してから僕とアモン、クリスとエマに渡してくれる。
ふとその時、会場の大きな食卓に並べられた料理が目に入った。
馬人族だから『野菜』や『果物』が多いのかな、なんて思ったけどそんなことはなかった。
並べられている料理は『魚』や『肉』を中心に『野菜』や『果物』など色とりどりだ。
これまで訪れた部族領の中で、一番種類が多くて鮮やかなように思える。
輸送業をしているから、食材の幅も広いのかもしれない。
僕達にグラスが行き渡ると、アステカがその手に持っていたグラスを掲げた。
「リッドもといバルディア家。アモンもとい新政グランドーク家。両家と馬人族の友好と発展を願い、乾杯だ」
「おぉ、乾杯」
豪族達は大声で返事すると、手に持っていたグラスに漂う飲み物。
おそらく、お酒を一気に煽っていく。
会場のあちこちで和気あいあいとした喧噪が響き始める。
アステカはその様子を見渡すと、僕とアモンに振り向いてグラスを差し出してきた。
「リッド、アモン。乾杯だ。これからもよろしく頼むぜ」
「えぇ、こちらこそ」
「アステカ。同じ部族長としてよろしくお願いします」
僕達三人が乾杯をしてグラスに口を付けて程なく、周囲にいた豪族の当主と子息、夫人と令嬢達がこの機を待ちわびていたと言わんばかりに攻め寄せてくる。
僕とアモンは平静を装い、心の中で苦笑しながら丁寧に対応して懇親会で馬人族の豪族達との親交を深めていった。




